投稿日:2025年9月28日

担当者の経験に依存した調達が価格競争に負ける問題

はじめに

製造業において調達は、モノづくりの現場を根底から支える極めて重要な機能です。
しかし、現在もなお多くの企業では「担当者の経験」や「勘」に強く依存した調達が行われています。
この伝統的な手法は、時代の変化やグローバル競争の波に対応しきれず、結果的に価格競争で大きなハンデを負う一因となっているのです。

本記事では、製造業の調達の現状から、なぜ属人的な調達がリスクとなるのか、どのような産業構造や業界慣習が背景にあるのか、そして競争に勝つための新たなアプローチについて、私自身の現場経験と最新トレンドを交えて詳しく解説していきます。

調達の“属人化”の実態とその功罪

属人化とは何か?

属人化とは、調達業務が一部のベテラン担当者のスキル・経験・人脈に依存し、標準化やシステム化が進まない状態を指します。
日本の製造業では、長年にわたりこの属人化が美徳とされ、「あの人にしかできない」「あの取引先は○○さんしか話を聞かない」といった慣習が現在も根強く残っています。

属人的調達の“強み”と“限界”

属人化が強みとなる場面も確かにあります。
たとえば、長年の取引で培った信頼関係、現場に即した的確な判断、ちょっとした仕様変更にもフレキシブルに対応できる臨機応変さ。
こうした“暗黙知”は、マニュアル化やシステム化だけでは再現が難しい貴重なノウハウです。

一方で、担当者の退職や異動によってノウハウや人脈が断絶するリスク、属人化ゆえの情報伝達遅延、不透明な意思決定といった課題も露呈しています。
特に、価格決定やサプライヤー選定が“過去の事例”や“担当者の主観”に偏りがちで、競争力の源泉となるべき「合理性」や「透明性」が損なわれるのです。

属人的調達が招く価格競争の“敗北”

グローバル競争下での日本型調達システムの課題

海外メーカーや新興国サプライヤーは、調達業務も徹底してデータドリブン、そしてサプライチェーンマネジメントを標準化、効率化しています。
材料コスト、輸送費、為替レート、納期、品質トラブル…あらゆる要素がデータベース化され、戦略的なパートナーシップ形成やダイナミックな価格交渉につなげています。

対して日本のアナログ調達は、業者名簿やエクセルに個人の知識が詰め込まれ、過去の「しがらみ」が優先。
“勘と経験”頼みで新規サプライヤー探索は消極的、交渉術も保守的…その結果、本来なら得られるはずのコストダウン機会を“逃して”いる実態が少なくありません。

意思決定の硬直化が価格競争力を削ぐ

属人化による最大の問題は、“価格決定プロセスの硬直化”です。
伝統的な付き合いから「この業者なら間違いない」と根拠なく価格上昇を受容したり、逆にサプライヤーの立場が強く降られてしまうため、十分な競争原理が働きません。
調達単価の見直しや、複数サプライヤーの公正な比較・評価が困難となり、市場価格から乖離した“高止まり調達”になりがちです。

これに対し、IT活用やデータ分析が進む企業は、常に新規サプライヤーのリサーチやe-オークションを駆使し、単価交渉や品質監査を定量評価できます。
結果、同じ製品・同じ品質であっても、圧倒的な価格競争力を持つのです。

“サプライヤーロックイン”の罠

属人化された調達現場でありがちなのが、「いつもの取引先」「付き合いのある商社」からしか購入しない“閉じたネットワーク”です。
サプライヤーが「この担当者なら甘い」「競合と比較される心配がない」「緩やかな値上げも通る」と見抜いてしまえば、価格競争の構図自体が崩れていきます。
これがいわゆる「サプライヤーロックイン」という現象です。

また、過去のトラブルや失敗の記憶に引きずられて新規取引を避ける「リスク回避志向」も、調達の新陳代謝を妨げます。
こうした外部環境の変化に鈍感な状態が、世界規模でのサプライチェーン変化に全く太刀打ちできない根本原因となっています。

なぜ属人化が抜け出せないのか?業界の根本的課題

昭和的体質と“紙文化”の負の遺産

調達作業は今も「FAX注文」「手書き伝票」「電話口座」…といったアナログ文化が支配的です。
帳票様式の統一、電子申請やEDI化、クラウド活用といったデジタル化は一部先進工場を除き“道半ば”。
なぜなら、こうした昭和的体質には、会社として“変化を恐れる”固定観念や、不透明で属人的な権限配分、そして縦割り組織による情報伝達の鈍さが根強く残っているからです。

「ノウハウ継承」への誤った思い込み

「現場にしか分からないことがある」という、自省を超えた思い込みが“デジタル導入アレルギー”を生み出します。
現場のベテラン担当者も、「自分が去れば現場が回らない」という誤った自負と不安から、標準化や自動化への転換に消極的になりがちです。
一方で新人担当者にとってはブラックボックスだらけで、正しいスキルアップやノウハウ共有が進まない…という悪循環が生まれています。

日系バイヤーの特異な“調達思想”

日本型製造業では「QCD(品質・コスト・納期)」の“品質”が絶対優先され、ときにコストや納期、またはサプライチェーンのリスク分散よりも長期的信用や“顔が見える関係”が重視されがちです。
これは決して悪いことだけではありませんが、激変する外部環境、原材料価格変動、新興国メーカーの台頭に対抗するには極めてリスクが高いアプローチとなっています。

未来の調達に求められる“ラテラルシンキング”

調達の“脱・属人化”は待ったなし

これからの調達部門に求められるのは「大胆な脱属人化」です。
属人的な“感覚”に頼らず、調達業務全体を見渡し、
– 調達条件の標準化
– データ・ナレッジの可視化、システム化
– 公正なサプライヤー評価指標
– リアルタイムな価格・品質情報の共有
などを推進する必要があります。

たとえば、サプライヤーポータルやオンライン調達プラットフォームを活用することで、全担当者が“数字”に基づいた意思決定を下せる環境が整います。
このとき初めて、「“あの人”がいなければ交渉できない」という属人的ボトルネックから解放され、本来の競争力を発揮できるのです。

ラテラルシンキングで開拓すべき新たな地平

属人化から脱皮するためには、常識を打ち破るような発想転換(ラテラルシンキング)が不可欠です。
– サプライヤーとの関係性を“長期的信頼”から“データ主導の協働”へ
– 調達担当者の役割を“交渉者”から“サプライチェーン・データプランナー”へ
– 単なるコスト比較から、ライフサイクルコストやレジリエンス(供給安定性)、カーボンフットプリント(脱炭素)まで考慮する多次元調達へ

そして、AIやIoT、ブロックチェーンなどの最先端技術とも連携し、サプライチェーン全体の最適化に取り組むことが“21世紀型の調達”には求められるのです。

サプライヤー・バイヤー双方の視点から考えるべきこと

バイヤーを目指す人へのアドバイス

これからバイヤーを目指す方には、“調達のプロ”としての「数字と論理」と「現場感覚」の両立が不可欠です。
新しい調達手法やITツールを積極的に学びつつ、職場のアナログ的な知見や人間関係もクリティカルに活かしていく。
時代のイノベーションを恐れず、変革の旗振り役になってください。

サプライヤーの立場でバイヤーの思考を読み解く

バイヤーが“脱属人化”に踏み出し始めると、従来の“情”や“しがらみ”よりも「合理性」「情報の透明化」「競争入札での優位性」が重視されます。
サプライヤー側も自社の強みや弱みをデータで示し、単なる価格競争だけでなく、
– 技術力
– 品質安定性
– サステナビリティへの取り組み
– 提案型の連携
など、多面的な価値提供でバイヤーの意思決定に影響を与える視点が重要です。

まとめ:属人化の殻を破り、価格競争で勝つ調達戦略とは

担当者の経験や勘に依存した調達は、確かに長年の知恵や信頼を築いてきたという“成果”をもたらしてきました。
しかし、グローバル化とデジタル化の時代、すでに粘り強い「経験」だけでは価格競争に勝てないことも明白です。

調達担当者と経営層が一体となって、属人化からの脱却と標準化・データ活用への大転換を図ることで、はじめて真の意味での「選ばれる製造業」となれるのです。

「現場の知恵」と「最新技術」、そして「ラテラルシンキング」を融合した調達改革…これこそがこれから必要な、新たな地平線です。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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