調達の属人化でベテラン退職後に業務継続が危うくなる課題

調達の属人化でベテラン退職後に業務継続が危うくなる課題

はじめに ― 製造現場における調達のリアル

製造現場で長年働いていると、「あの人じゃないと分からない」「誰がやるかによって成果が全然違う」という場面に何度も直面します。
特に調達部門は、材料選定や価格交渉、納期調整といった業務が密接に結びついており、長年の経験や人脈によって成り立っています。
それゆえに、ベテラン社員が辞めてしまった後、業務が回らなくなり、トラブルに発展するケースが後を絶ちません。
本稿では、「調達の属人化」が引き起こす課題とリスク、そしてその克服に向けた実践的な対策について、現場目線で深く掘り下げて解説します。

属人化とは何か － 調達分野でよく見られる現象

調達の属人化とは、特定の担当者が持つノウハウや人脈、交渉術などが業務プロセス全体に根付いてしまい、属人依存が進行している状態を指します。
例えば、
– 「この原材料はAさんじゃないと最安値で取れない」
– 「あのサプライヤーはBさんとの関係がなければ無理」
– 「発注のタイミングや手順を知っているのはCさんだけ」
こうした状況は、日々の業務では「効率的」あるいは「安心感がある」と映るかもしれません。
しかし、ベテラン退職という非連続イベントが起きた瞬間、その安心感は一転、不安と混乱に変わってしまうのです。

なぜ属人化が深刻化するのか ― 昭和的企業文化の呪縛

調達の属人化を招く最大要因は、根深い昭和的企業文化にあります。
「職人の勘と経験」「口約束が信頼の証」「長年の関係が最優先」…。
こういった価値観はモノづくり日本の原動力でしたが、デジタル化やグローバル化が進む現代ではリスク要因に転じています。
現場では、
– 業務マニュアルがない
– システムでのデータ蓄積ができていない
– 毎年の交渉や契約条件を紙や記憶に頼る
– 人間同士の「根回し」が必要不可欠
といったアナログな運用がいまだに根強いのが現状です。

属人化が引き起こす具体的な問題

属人化が進んだ調達部門では、次のようなリスクや課題が発生します。

1. 業務のブラックボックス化
いつ、誰が、どこに、何を、どんな条件で発注したのか。
担当者以外誰も分からず、業務の透明性が極度に損なわれます。

2. サプライヤーとの信頼関係喪失
ベテラン担当者の交替により、サプライヤー側も安心して取り引きできず、条件悪化や取引停止に発展する場合があります。

3. コスト増大・納期遅延
ノウハウや価格情報の伝承が不十分だと、購買ミスや交渉力低下が生産計画全体に波及し、コストや納期に悪影響を与えます。

4. 突発的なトラブル対応力の低下
急な仕様変更、自然災害、品質クレームといった突発事案にも、ベテランならではの臨機応変な判断が失われます。

実際に起こった“属人化崩壊”事例

筆者が現場で体験した事例をご紹介します。
30年以上同じ部材調達を担っていたベテラン社員が退職した直後、次のような問題が噴出しました。

– 仕入れ先リストが紙と担当者の記憶にしかなく、すぐに代替先を見つけられなかった
– 過去の価格交渉履歴や購買戦略が一切不明で、コストダウン活動がストップ
– 契約書締結や月次の調整業務ですら後任が迷走し、社内外に混乱が広がった

企業にとって、その人的損失は年間数千万円規模の利益減少に直結することも珍しくありません。

業務継続のために求められる「見える化」と「標準化」

属人化の呪縛から脱却するには、まず業務の「見える化」「標準化」が不可欠です。
具体的には、

– 全発注フローのプロセスチャート作成
– サプライヤー情報、交渉履歴、契約条件のデータベース化
– 年間スケジュール、発注基準、緊急時の対応フローの文書化
– 業務ごとの担当範囲と責任分担の明確化

これらを実現すれば、「誰が辞めても業務が継続できる仕組み」が完成します。

デジタル化活用の具体的ステップ

属人化解消を推進する最大の武器はデジタル技術の活用です。
例えば、
– サプライヤー管理や発注履歴をERPや調達システムで一元管理する
– クラウドを活用し、発注データや書類を共有
– EDI（電子データ交換）を導入し、アナログなやり取りを削減

実際に私の現場でも、紙やエクセルで管理していた発注業務をクラウド型調達システムに置き換えた結果、新人でも即戦力化し属人リスクが大幅に減りました。
アナログ文化の壁は厚いものの、業務効率やトラブル回避の観点からもデジタル化は待ったなしの課題です。

現場の抵抗を減らすための工夫

ベテラン世代は「自分のノウハウを明文化したくない」「システムなんて面倒だ」と抵抗感を示しがちです。
ここを乗り越えるためには、
– ノウハウを引き出す「インタビュー形式」のマニュアル作成
– 失敗事例を共有し、属人リスク削減の必要性を丁寧に説明
– 一度デジタル化を体験してもらい作業の手軽さ・可視化のメリットを実感
など、現場に寄り添ったアプローチが不可欠です。

サプライヤーとの関係再構築も重要

調達の属人化脱却は、サプライヤー側にも大きな変化を強います。
「担当者が変わると取引も途絶える」ような旧来的な慣習から、
「会社対会社」の関係へ進化するのが望ましい姿です。
具体的には、
– サプライヤーと定期的に面談し、関係の幅を組織対組織に広げる
– 担当者が複数人で引き継ぎ可能な体制を持つ
– トラブル時も会社として公式に対応できるしくみに改める

属人化解消が生み出すプラスの連鎖

調達業務が「チームで運用」「全体最適化」できるようになると、さまざまな好循環が生まれます。

– 若手や中途人材が即戦力として活躍できる
– サプライヤー選定の透明性・公正性が向上
– 価格や納期で有利な交渉が可能
– 監査やBCP（事業継続計画）面でも優位
– 工場全体の生産プロセス最適化につなげられる

変化を恐れず、小さな一歩から属人化解消に取り組むことが、会社全体の競争力強化に直結するのです。

これからバイヤーを目指す方・サプライヤー担当者へのアドバイス

これからバイヤーを目指す方へは、「自分だけのやり方」から一歩踏み出し、「誰とでも共有できる調達のしくみ作り」を常に意識してほしいと思います。
また、サプライヤー担当者にとってもバイヤーの「属人リスク」「業務の透明性」への取り組みは自社の取引安定・信頼構築に大きく影響します。

まとめ ― 製造業の持続的成長には“脱・属人化”が必要です

製造業の現場はデジタル化、グローバル化の渦中にあります。
人頼み、勘と経験至上主義に頼りきったアナログな調達・購買は、いずれ大きな経営リスクとなって跳ね返ってきます。
自分の仕事が会社の財産となるように、現場主義で“誰でもできる・継続できる”仕組み作りに、ぜひチャレンジし続けてください。
それが製造業の未来を支える真の力になるのです。