投稿日:2025年10月22日

製造業が消費者に選ばれるための「機能×感性」プロダクトデザイン戦略

はじめに:機能重視から「機能×感性」への転換点

日本の製造業は、これまで「品質第一」「高性能」「耐久性」など、いわゆる“機能美”の追求を根幹として発展してきました。
昭和から続くモノづくり文化では、消費者が“良い物”を選ぶ基準はスペックや実用性が最重要と広く信じられてきました。
この価値観は、多くの工場や現場、調達バイヤー、サプライヤーとの商談の現場でも、いまだ根強く生きているのが現実です。

しかし今、急速に変化する市場環境の中で、消費者が製品を選ぶ基準は大きく変わりつつあります。
企業に求められるのは“機能×感性”──すなわち、「高い機能や品質」に加え、「心が動くデザイン」「使うよろこび」「共感するストーリー」といった感性価値への対応です。
この記事では、実際の現場経験と業界動向を踏まえつつ、「機能×感性」プロダクトデザイン戦略の実践的アプローチを解説します。

なぜ今、「感性」が必要なのか?~市場要求の根本的変化~

消費者ニーズの多様化と商品選択のパラダイムシフト

高度経済成長期、日本のものづくりは「とにかく丈夫で長持ち」が正義でした。
しかし現代では、単なる機能やスペックの訴求だけではモノが売れにくくなっています。

たとえば家電。
高機能で低価格な海外メーカーとの競争が激化する中で、「他にはない色や手触り」「家に置いたときの収まりの良さ」「簡単に操作できて心地よい」など、感覚的な価値が新しい差別化要素になっています。
これは事務用品から住宅設備、BtoB向け工業部品までもが同じく、購買担当者・バイヤーから「意外とおしゃれ」「つかっていて楽しい」「問い合わせたとき細やかな対応だった」など、感情や体験への共感が重視され始めています。

感性価値がブランド力と単価を押し上げる

機能美だけでなく、デザインやストーリーに共感した結果、「ちょっと高いけどこれにしよう」という心理的付加価値が生まれます。
国内外の有名メーカーを例にとっても、ロゴや外観、包装設計、カスタマイズ性などで“選ばれる理由”を築く企業が増えています。

また、「サステナビリティ」「地域発」「ストーリーある原材料」といった新しい感性価値へのシフトは、消費者だけでなく調達・購買バイヤーにも重要な選定指標となっています。
スペックや単価の競争から早く卒業したい企業やバイヤーこそ、「感性」に目を向け始めているのです。

製造業がはまる“機能至上主義”の罠

現場感覚と顧客体験のギャップ

多くの工場やサプライヤーは「良いものなのにどうして売れないんだ?」という悩みを持ちます。
これは、製造現場が重視している“機能的な良さ”と、消費者が感じる“良さ”のギャップが根底にあります。

実際、工場で働く担当者や購買バイヤーもプライベートでは感性でモノを選ぶことがあります。
しかし自社の製品となると、「設計図通りで問題ない」「不具合がなければ十分」という目線に偏りがちです。
このギャップこそが、“機能至上主義”の落とし穴です。

従来型の生産体制とブランド価値のジレンマ

標準化・大量生産はコスト競争力の源泉ですが、均一化が行き過ぎると「どこのメーカーも同じ」に見えてしまい、ブランド力が埋没しやすくなります。
また、JISやISO基準の遵守、クレーム削減などが現場のKPI(評価指標)となるため、「壊れにくくてあたりまえ」から先の発想や挑戦が生まれにくくなりやすい状況があります。

この構造的な問題を突破するためにも、“機能×感性”という新たなものづくり軸の導入が求められています。

「機能×感性」プロダクトデザイン戦略の実践ステップ

1. 現場から顧客視点へのトランスフォーム

まず重要なのは、設計や生産部門、調達部門それぞれが「自分だったら選びたいか?」を問い直し、エンドユーザー体験に立ち返ることです。
購買バイヤーも、最終的にモノを手にする人の「気持ち」や「驚き」「満足感」に目を向けることで、選定基準に新しい軸を加えることができます。

<実践例>
– エンドユーザーに対するインタビューやユーザビリティ調査の定期的実施
– 営業やカスタマーサポートとの現場交流の仕組み化
– サプライヤー提案会での“共感ポイント”明文化

2. 現場×デザイナー連携プロジェクトの立ち上げ

製品開発の初期段階から、製造担当、設計者、調達、そして外部または社内のデザイナーがワンチームになることが「感性あるものづくり」には不可欠です。
単なる外観デザインだけでなく、パッケージや同梱物、サービスオプション、マーキングの有無など、

顧客が最初に手に取る瞬間~使い終わるまでの一連の体験を“物語”として設計します。

<現場の落とし穴>
– 現場側の「こんなの無理だ」「コストが高い」というアレルギー
– デザイナー側の「現場実情への無理解」や理想論

これらを突破するには、製造現場の問題意識や工夫をデザインに反映する「逆提案型」の文化が大切です。
たとえば現場の工程短縮や不良対策ノウハウを、製品デザインのユニークポイントとして訴求することで、ユーザーの共感や信頼を勝ち取る事例も生まれています。

3. 感性評価の数値化とフィードバック

「デザイン」と「手間」「原価」はしばしば対立しがちですが、感性価値が定性的(感覚的)だけでは社内合意を得にくいのが現実です。
そこで、アンケートやA/Bテスト、リピート率やSNS分析などを使い、感性評価を数値化して社内報告やバイヤー向け提案書に織り込む仕組みが有効です。

<指標例>
– 初見で「使いたい」と思ったユーザー率
– SNSや口コミでの感情分析(ポジ・ネガ文脈の比率)
– 希望小売価格と実売価格のギャップ
– 返品/再購入の比率

これを内外のバイヤーや調達先にも共有することで「なるほど、これが“選ばれる理由”なんだ」と納得を引き出しやすくなります。

アナログな業界でも活かせる“機能×感性”の導入ポイント

1. ルーティン製造部品でも“感性”工夫を加える

たとえB2B用ボルトや端子、配管部品であっても、「傷みにくい梱包」「現場作業者が開けやすい説明書」「工具になじむ独自マーキング」「使えば使うほど味が出るコーティング」など、感性価値の余地は必ずあります。

物流業者、設備業者、中小サプライヤーも製品とサービスの境目にこそ新たな付加価値を見出すことができる時代です。
特に現場代理人や購買担当者は、「自分の現場が少し楽になる」製品・サービスへの評価が高い傾向があります。

2. サプライヤーがバイヤーに“感性”提案を伝える方法

サプライヤーから提案・プレゼンする際に、「自社製品はここが高性能です」という“機能型”だけでなく、
– 「現場作業者が手袋でも滑りにくいカラー」
– 「倉庫で探しやすいよう色違いパッケージ」
– 「災害時でも情報が伝わるピクトグラム採用」

など実用×感性の両面で“現場目線”の提案ポイントを付加することで、バイヤーの印象や選定理由に大きな差を生むことができます。

バイヤーとしても、「現場の声に応えてくれるサプライヤーだ」と感じれば、仕様書以上の信頼関係を構築できます。
この“共創志向”がいま多くの現場で求められています。

機能×感性で差別化する具体的なアクションプラン

1. 開発・生産・営業が一体となる仕組みづくり

製造業の多くは縦割り組織が定着していますが、「製品を使う人」「買う人」「サポートする人」の声を集約し“共感”を軸に小さなPDCA(改善)を回すことが肝要です。
週次カンファレンス、情報共有ポータル、現場体験会など、部門・立場を超えた対話の仕組みが有力です。

2. バイヤー・サプライヤー間での“感性対話”強化

調達会議や提案商談の際に、必ず「どんな体験価値を提供できるか」を一言添える、“感性フック”を持つことを推奨します。

また、具体的な現場課題(例:作業ミス防止、現場の負荷低減、現場での視認性向上など)が改善される仕掛けを盛り込むことで、お互いの現場力アップに貢献し合うパートナーシップを作る契機になります。

3. 感性デザイン人材の育成と投入

経理や開発系だけでなく、「顧客体験」「色彩感覚」「現場の工夫」に関心が高い人材を発掘し、「感性価値推進チーム」としてリーダーシップを持たせることも、プロダクトデザイン革新の起爆剤になります。

まとめ:選ばれる製造業の新たな条件

ものづくりは「良いものを、ただ作る時代」から、「良い体験・共感を届ける時代」へと進化しています。
製造現場やバイヤー、サプライヤー全ての立場が、「機能」と「感性」の掛け算で顧客体験を設計しなおすことで、
コモディティ化から抜け出し、持続的なブランド・利益性の両立が可能になります。

製造業の強みである設計力や現場改善力を、「心が動く価値創造」として市場に発信すること。
これこそが、今後選ばれるためのプロダクトデザイン戦略の本質です。

まずは一歩、小さな“感性価値”の創出から始めてみてはいかがでしょうか。
現場、バイヤー、サプライヤーが手を取り合い、強い製造業をともに築きましょう。

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