投稿日:2025年6月28日

マルチフィジックス計算科学で加速する製品開発応用ケース

はじめに:マルチフィジックス計算科学が製造業にもたらす革新

製造業の現場では、常に「より良い製品を、より短期間で、より低コストで」という大きな命題に直面しています。
近年、この命題を根本から変革するキーテクノロジーとして注目を集めているのが「マルチフィジックス計算科学」です。
本記事では、20年以上の現場経験を持つ筆者の立場から、マルチフィジックス計算科学とは何か、どのように製品開発の現場で活用されているのか、そして調達やバイヤー業務、生産管理、工場自動化など幅広い観点で応用事例を解説します。

マルチフィジックス計算科学とは何か

従来のシミュレーションとの違い

従来の製品開発においては、「構造解析」「熱解析」「流体解析」など、単一現象ごとのシミュレーションが主流でした。
しかし、現実の製造現場においては、複数の物理現象(熱・応力・流体・電磁場など)が複雑に絡み合っています。
そのため、単一のシミュレーションだけでは不十分で、現実とのギャップが生まれていました。

マルチフィジックス計算科学は、こういった異なる物理分野を組み合わせて同時に解析する技術です。
最新のCAE(Computer Aided Engineering)ツールやハードウェアの飛躍的な進化により、かつては難しかった「複合現象の同時解析」が現実的になりました。

なぜ今、マルチフィジックスなのか

製品の高性能化や小型化、軽量化への要求が年々高まっています。
また、設計の初期段階から様々な観点(例:信頼性や省エネ、耐久性、安全性など)で最適解を導き出す必要が出てきました。
こうした中、「現実に近いシミュレーション」は製品競争力を大きく左右します。

工程の上流で問題点を抽出し、現場での手戻りやトライ&エラーを最小限に抑える。
その意味で、マルチフィジックス計算科学は製造業の根本を変えつつある技術と言えるのです。

マルチフィジックス計算科学の製品開発現場での応用ケース

自動車業界の事例:短納期・高性能化への挑戦

自動車業界は「軽量化」「省エネ」「安全性」など、相反する要件を同時に満たさねばなりません。
例えば、ボディ設計においては「クラッシュ時のエネルギー吸収」と「車体剛性確保」「軽量化」という三つ巴の課題が常にあります。

ここにマルチフィジックス解析を導入した事例では、衝撃時の応力分布だけでなく、「熱影響による材料強度低下」「シートベルトが体に及ぼす圧力と人体への影響」など、多様な現象を同時に再現。
この結果、従来比2割以上の設計工数削減、および複数部品の同時最適化が実現しました。

電子機器業界の事例:小型化と熱課題の克服

電子機器分野では昨今「パワー半導体の実装」「多層プリント基板の発熱」など、高密度実装化に伴う“熱問題”が大きな壁となっています。

マルチフィジックス計算科学では、発熱量(電気回路シミュレーション)、熱伝導(熱解析)、そして周辺部品や筐体間で生じる応力(構造解析)を一体で評価。
冷却ファンやヒートシンクの配置、通風経路設計にも直結するデータが設計段階で得られるため、『量産前の試作回数を3分の1に削減』といった成果も出始めています。

化学・素材メーカーの事例:反応工程の最適化

化学反応槽や素材の焼成炉では、「温度分布」「濃度勾配」「流体の動き」「析出・沈殿」などが複雑に連関します。
従来は現場の熟練者による経験則やトライ&エラーが多用されていました。

しかし、マルチフィジックス計算科学を活用することで、温度制御の最適化や反応効率の向上に寄与。
たとえば、高機能樹脂の反応釜制御において、分子レベル、マクロレベル、工場全体の流れまでを“つなげて”シミュレーション。
生産性向上、不良率低減といった現場課題の解決力が飛躍的に増しています。

昭和のアナログ現場がマルチフィジックス導入で変わる理由

長く「勘」「経験」「度胸」—いわゆる“KKD”が物を言ってきた製造現場ですが、いわゆる昭和型のアナログ手法にも限界が見えてきています。
ベテランの引退や若手人材の不足、グローバル競争の激化により、『再現性の高い現場力』が強く求められるようになりました。

マルチフィジックス計算科学は、従来ブラックボックスになりがちな現象を『データと理論』で見える化します。
定量データとして現象を説明できることで、現場での“勘ピュータ”に頼らずに設計変更や工程改善を推進できます。

現場で起きやすい導入障壁とは

一方で、昭和型マインドが強い現場ほど「難しそう」「現場には合わないのでは」といった心理的障壁も根強く残っています。
たとえば、「3Dモデルの作成や物理パラメータの入力」「ツールの操作教育」など、当初の導入工数が課題視されがちです。

こうした現場では『まずは応力と温度の連成解析を1工程だけやってみる』『ベンダーと一緒にPoC(概念実証)から始める』といったステップ導入が成功のカギです。
実際に「トラブルレスの実現」「省エネや歩留り改善」といった目に見える成果が出ることで、現場全体の導入機運が高まります。

組織のサイロ化を打破するマルチフィジックス活用

マルチフィジックス計算科学は、設計部門だけでなく、調達・生産技術・品質・現場オペレーションまで一気通貫で価値を生み出します。
“縦割り組織”が根強く残る昭和型メーカーでは、こうした「壁を越えた連携」が最も大きなインパクトをもたらします。
全工程を俯瞰したシミュレーションデータが、設計―製造―品質保証の共通言語となるためです。

調達/バイヤー視点で見るマルチフィジックスの利点と交渉力

部品選定とサプライヤー評価の高度化

バイヤーとして部品や材料を選定する際、従来は「カタログデータ」や「過去の使用実績」「コストダウン要求」ばかりが先行しがちでした。
しかし、設計段階からマルチフィジックスシミュレーションを活用することで、実際の製品機能に直結した「パラメータ(熱膨張係数、耐圧強度、導電率、流体抵抗など)」の影響度を数値で評価できます。

これにより、「なぜこの素材が最適か」「なぜこの部品が必要か」をサプライヤーと科学的根拠を持って議論でき、結果として無理・無駄のない調達交渉に進化します。
不必要なスペック過剰要求もしなくて済みますし、逆にリスク要素も設計段階から洗い出せます。

サプライヤー側として知っておきたい現場バイヤーの本音

サプライヤーとしては、「きっと御社でないとできない難しい機能を要求しているはずだ」「とにかく安く納めてくれ」という目線になりがちです。
しかし、現場の細かい実装・運用リスクや、『設計変更に伴う調達リードタイム短縮』など、バイヤーが悩んでいる本質はもっと多層的です。

マルチフィジックス計算科学で可視化・共有できる現象データは、サプライヤー−バイヤー間の信頼関係を強くし、余計な摩擦を減らせます。
さらに、共同シミュレーションやデータ共有を前提とした「共創型調達」が主流となれば、お互いに競争力を高めたサプライチェーン構築が可能です。

今後の製造業が抱える課題と新たな地平線

人材育成とアナログ現場のアップグレード

マルチフィジックス計算科学が普及すればするほど、「道具や手法の高度化」に現場がついていけるかが問われます。
若手人材への教育や、ベテランの知見のデジタル化(ナレッジ継承)、社内データ基盤の整備などが不可欠です。

一方、現場での“最後のひと押し”はやはり「現場の感覚」と「根拠ある判断力」の融合にあります。
単にツールを導入して終わりではなく、現場と設計、調達、品質保証が“同じ地図”の上で議論し意思決定する。
そこにこそ、アナログ現場がデジタルで強く生まれ変わる新たな地平線があります。

AI・IoTとの連携でさらに拡がる応用範囲

IoTセンサーデータや現場のMES(製造実行システム)情報を、マルチフィジックスシミュレーションにリアルタイム反映させる事例も増えています。
AIによるパラメータ探索や最適条件提示も組み合わせることで、「現場でしか起きない異常」「今まで見えなかった潜在的不良」などへの対応力も飛躍的に高まります。

つまり、マルチフィジックス計算科学はいまや単なる設計ツールではなく、「現場の知恵」「設計現場」「調達管理」をつなぐ製造業DXの中核となろうとしています。

まとめ:製造業の根本力を鍛え直す「デジタル × 現場」思考へ

昭和から続いたアナログ重視のものづくりも、いよいよ“データ”や“理論”に裏打ちされた新しいステージに移行しつつあります。
マルチフィジックス計算科学は「過去の経験」や「現場の直感」、さらに「最新のデジタル技術」までも融合させ、真に現場力ある製造業への進化をもたらします。

読者の皆様がバイヤーを目指す際、あるいはサプライヤーとして現場ニーズを捉える際、ぜひ根っこまで現象を分解・統合できるラテラルシンキングと現実志向の“問い直し”を忘れずに。
新しい挑戦と現場との対話こそが、製造業をもう一段上へ引き上げる力になるはずです。

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