投稿日:2025年9月23日

数字で語るだけの提案が「また机上の空論」と言われる問題

はじめに:数字で提案することの落とし穴

製造業の現場では、コスト削減や生産効率向上のための「提案」が日々求められています。

とりわけ、調達購買や生産管理、そして工場の自動化といったテーマでは、数値データを根拠にしたロジカルな説明が重視される傾向があります。

しかし、せっかくデータを集めて緻密にまとめた提案が、現場の管理者やベテラン社員によって「また机上の空論だ」「数字遊びだ」と跳ね返される経験を持つ方も多いはずです。

この現象はなぜ起こるのでしょうか。

単にアナログ思考が強いからという表面的な理由だけではありません。

そこには、数字の「正しさ」と「リアリティ」が乖離しやすい、日本の製造業特有の現場風土や思考パターンが深く関わっています。

本記事では、“なぜ数字だけの提案が響かないのか”という本質に、現場目線で深く切り込みます。

バイヤーやサプライヤーの方はもちろん、現場でこれから新しい価値を生み出したい方の参考になれば幸いです。

「また机上の空論」現象のリアルな構造

数字を武器にしても現場に届かない理由

多くの製造業で、提案プレゼンを行う際には、「利益率○%向上」「年間○千万円のコストダウン」といった数字を提示するのが通例です。

特に近年では、DXやIoT推進の波に乗り、データ分析やシミュレーションが重宝されています。

しかし、それにもかかわらず現場では「それは理屈でしょ?」「紙の上の理想」と一蹴されてしまうことが少なくありません。

その理由は、以下のような複合要因に起因しています。

  1. 数字を生み出す“前提条件”が現実と乖離している
  2. 想定外やトラブルへの“現場知”が加味されていない
  3. 既存の流れやしがらみ(人的ネットワーク、商習慣)を無視した提案
  4. 「誰が困るか」「誰の仕事が増えるか」の視点が抜けている

それぞれについて、さらに掘り下げていきます。

前提条件の落とし穴

Excelやパワーポイントで作成したシミュレーションの多くは、「AとBがこの順番でスムーズに動く」「C工程が○秒で終わる」といった理想的な流れを前提としています。

しかし工場現場、特に設備が古かったり多品種少量生産が混在する現場では、「理屈通りいかない」ことの連続です。

たとえば、「検査工程の自動化導入で人件費を△円削減できます」という提案があったとします。

しかし実際は、段取り時間や小さな不具合対応で、予定通り自動化機械が稼働しないケースも多発します。

現場のベテランは、その「グレーゾーン」を肌感覚で理解しています。

そのため、「それ、本当にうち現場でできるの?」という声が上がりやすいのです。

トラブルへの現場知が加味できていない

工場では、想定外のトラブルが必ず起こります。

設備の突然の故障、材料のロット差、作業者のちょっとしたミス。

提案資料で描かれる「理想状態」は、こうした普段は見えにくい“ノイズ”をなかったことにしています。

現場リーダーや工場長からすると、「一番時間も手間もかかるのはその緊急時対応なんだよな」となります。

数字の根拠が10回のうち9回“うまくいく”前提で作られていれば、「残り1回」が現場負担を数倍にしてしまうこともあるのです。

現場の人間関係や慣習への無理解

数字の話をするとき、多くの人は「合理性」で話を進めがちです。

しかし、製造業の現場では“こうやって回してきた”という長年の経験や“あの部品屋さんじゃなきゃ任せられない”というしがらみが根強く残っています。

サプライヤー選定や発注・納品スケジュールも、単なるコストや理屈で決められないことが多いのです。

ここを無視した提案は、いくら数字が正論でも「現場を見ていない」と切り捨てられます。

「業務が本当に楽になるか?」という共感なき数字

現場で一番気にしているのは、「この施策で自分たちの業務が本当に楽になるのか」という直観的な感覚です。

数字上の効果が出ても、現場負担や管理工数がむしろ増えることがあります。

「ペーパーレス化で事務コストが下がります」といっても、現場ではPC入力や管理ソフトの習得負担が増えるだけ、という声も多いです。

「誰が、何を、いつ、どんな手間をかけなければならないか」。

そのストレスや不安を解消できる提案でなければ、単なる数字の羅列でしかありません。

「数字+現場実感」が響く現場提案の作り方

1. 小さな試行で“前提”の妥当性を検証する

紙の上で作った前提条件が、実際の現場でどれだけ再現できるか。

これを「小さな実証実験」で検証することが有効です。

一部工程だけ、あるいは一部署限定でも良いので、現場でのトライアルから得た気付きや修正点を提案に盛り込みましょう。

「実際やってみたら、ここは想定通り/ここはズレた」といった現場の生声が、数字の“リアリティ”を劇的に増します。

2. 誰のどんな不満や苦労を減らすのか明文化する

どんな改善案にも、何らかの「現場での困りごと解消」が本質的な目的です。

数字の裏に隠れた「現場目線での痛み/負担」が何かを深掘りしましょう。

「毎朝10分間手書きしていた温度管理シートが、ボタン一つで済む」「機械が止まったとき、〇〇さんが現場を走り回らずに済む」など、具体的な現場恩恵をストーリーとして語りましょう。

これがない提案は、結局のところ「あんたの会社の都合だろ」と受け止められてしまいます。

3. 現場の暗黙知・非公式ルールも可視化する

数字になりにくい現場ノウハウ、いわゆる「属人的作業」や「職人技」の要素も見逃せません。

本当は数値化しづらいけれど省人化や自動化が難しい領域を、きちんと盛り込んだ提案こそが、信頼を勝ち取ります。

ベテラン社員や現場リーダーへの聞き取り調査を積極的に行い、「ここの工程は、実は△△さんの勘と経験に頼っています」と明記することで、共感と洞察が生まれます。

機上の空論から現場の実践へ:数字を“現実の言葉”に翻訳する

数字遊びから脱却するカギは「エピソード」と「ストーリー化」

最終的に数字による効果を説明する場合でも、現場のエピソードや具体的な“誰がどんな風に困っているか”というストーリーがあるほど、説得力は増します。

たとえば「自動搬送ロボを入れることでAさんが1日に歩く距離が9000歩減った」「材料待ちで10分手待ちしていたBさんが、好きなときに部品を取りにいけるようになった」など。

数値化した裏にある生活感覚を伝えることで、上司や現場スタッフの納得感は飛躍的に高まります。

バイヤー視点とサプライヤー視点の“溝”を埋めるヒント

調達や購買では、バイヤー・サプライヤーともに数字を重んじます。

しかし、バイヤーは「取引先をどう変え、現場にどんな影響が生まれるか」を想像できず、サプライヤー側も「それなら数字的に問題ありません」としか返せないことがよくあります。

提案時には、サプライヤーも「御社の〇〇現場なら、こういう非定常な工程が発生しがちですよね?」という現場共感の投げかけを加えましょう。

一方、バイヤー側も本当に解決したい現場課題(たとえば購買と現場管理部門の板ばさみ問題など)を意識し、双方が腹を割って話す場となれば、今まで“水掛け論”で終わっていたテーマでも突破口が見えてきます。

現場目線から生み出す、次世代の提案力とは

「数字で語るだけ」では、もはや現場を動かすことができません。

これはデジタル化・DX化が進む今でも変わらぬ現場の現実です。

むしろ、データ重視の風潮が進めば進むほど、「現場感覚」と「リアリティあるストーリー」の重要性は高まっています。

これからの製造業の提案力とは、「理屈の正しさ」と「現場の幸せ」をつなぐクリエイティブな翻訳作業だとも言えるでしょう。

数字や事例の裏にある“リアルな声”を拾い、小さな工夫と改善を積み重ねていく。

業界がどんなにデジタルに変わっても、この地道な“現場目線”が、日本ものづくりの真価を支えます。

製造業で生きるすべての方の提案活動が、数字だけで終わらない「現場改革」につながることを心から願っています。

You cannot copy content of this page