投稿日:2025年7月22日

心理音響評価技術音質設計サウンドデザイン具体的アプローチ

心理音響評価技術とは何か

心理音響評価技術とは、人間が「音」をどのように感じるか、人間の心理に基づく音質評価の科学的な手法です。

従来の製造業、とくに自動車や家電、医療機器など“音”が製品価値に直結する業界において、物理的な音圧レベルや周波数解析だけではお客様の“満足”を十分に表現しきれないという課題がありました。

たとえば、自動車のドアを閉めたときの「バタン」という音一つとっても、その音が「上質だ」と感じるか「安っぽい」と感じるかは数値化しにくいものです。

心理音響評価技術は、音の物理量だけでなく、人間の“感じ方(主観評価)”を定量的に測定し、これを音質設計やサウンドデザインへ活かすための枠組みです。

古くはヨーロッパの自動車メーカーが先行し、いまやあらゆる「音」に関わる製品づくりの現場で注目されています。

昭和から抜け出せないアナログ業界の実態

一方、日本の製造業では“ベテラン職人の耳”や“感覚”に依存した方法も根強く残っています。

特に中小企業や、社内に音響専門家が不在の現場では「○○さんが良いと言った音=良い音」といったトップダウン型評価が観察されがちです。

その一方、グローバル競争は一層激化し、海外サプライヤーやバイヤーは「商品の音質性能を客観的に説明しろ」と求めます。

例えば、取引先がヨーロッパ系企業の場合「自動車の静粛性」や「操作音の快適性」について、心理音響指標(ラウドネス・シャープネス・ラフネスなど)の具体的数値や、官能評価試験の実施結果をエビデンスとして提示しなければ信頼を失うリスクすら増えています。

製造現場と開発部門・営業部門の意識ギャップも相当大きく、現場で感じた「不満」がエンジニアリングに反映されない、逆にエンジニアが設計したパラメータが現場ノウハウにうまく伝わらない、といった課題も表面化しています。

サウンドデザインの現場における具体的アプローチ

心理音響評価技術とサウンドデザインは、互いに切っても切れない関係です。

ここからは、製造業現場の視点で「音質設計」や「サウンドデザイン」を推進するための具体的アプローチを紹介します。

1.製品仕様策定時に「音質目標」を明文化する

多くの工場、特に昭和的な現場では「これくらい静かなら問題ない」という曖昧な基準で意思決定がなされがちです。

しかしグローバルで戦うためには“音のゴール”を数値と心理指標で明確にする必要があります。

例えば、家電製品であれば「動作音の最大ラウドネス値を○○(son)」と設定し、ユーザー官能評価で「不快と評価されない範囲」を明記します。

この仕様書をサプライヤー、バイヤー双方で共有することが品質安定と取引の信頼性を生みます。

2.客観評価と官能評価のハイブリッド方法論

物理的な“測定値”と、人間による主観評価(官能評価)は本来両輪です。

たとえば生産管理の現場では、マイクロフォンと解析ソフトを使った「騒音スペクトラム(dB)」測定と並行して、複数名によるブラインド聴取テストを定期的に実施します。

この“ダブルチェック”により、「数値上は合格だが、なぜか客先からクレームになる音」を未然に摘出できます。

また人事異動や技術伝承の観点からも、官能評価者(リスナー)のスキル定量化や入れ替えが容易になり、ブラックボックス化のリスクを抑止します。

3.データベース化とフィードバックループの構築

音質評価の結果は、都度“暗黙知”や“エクセル一枚”で終わらせず、システマティックにデータベース保存しましょう。

過去の生産ロットごとの物理データと官能評価得点を蓄積することで、「この仕様だと、ユーザーからはこのような反応が起こりやすい」といった知見が社内財産となります。

この“ナレッジ”活用は、海外バイヤーや外部エンジニアとのディスカッションにおいても大きな武器となります。

サプライヤーとバイヤーの視点で考える「音質」の価値

バイヤーから見れば「音質」は購買判断の重要ファクターです。

単に「静か」なだけでなく「上質感」「安心感」「使いやすさ」「ブランドイメージ」などを左右する競争要素となっています。

サプライヤーとしては、取引先バイヤーが「どのような音質パラメータ」に注目しているのか、事前にリサーチしエビデンスを提示することが必須です。

たとえば、ドイツ系自動車メーカーは「ドアラッチの音」に美学を持ち、米国系家電メーカーは「運転音の静穏性・低周波ノイズ」に強くこだわる傾向があります。

またバイヤーの関心は「設計段階」だけでなく「量産移行後のばらつき管理」にも及びます。

つまり、「設計時は良かったが、量産したら微妙に音質がずれる」「工程ごとに製品音が違う」という問題は、サプライヤーの信頼低下につながります。

したがって心理音響評価技術は“バイヤー/サプライヤー間の共通言語”となり、グローバル取引の「品質保証」の根幹を担うポイントなのです。

導入障壁を乗り越えるコツ:昭和的マインドとの共存

現場に心理音響評価技術やサウンドデザインの視点を根付かせるには、「職人気質」と「デジタル技術」の融合が鍵となります。

昭和的現場では、ベテランによる“耳の感覚”がいまも第一線です。

この価値を否定せず、その知見を「心理音響評価の教育素材」「リスナー育成の基準」として可視化し、若手とシェアすることで世代間断絶を防ぐことが可能です。

また、デジタル機器や音響測定ソフトの導入に当たっては「現場で使いやすい」「トラブル対応に強い」ことも重要な選定基準です。

ネットワークや専用計測システムは便利ですが、突発的なノイズ・装置トラブル時に“アナログな五感”を融合させることで、機械頼みになりすぎない運用が実現できます。

これからの製造業現場に求められるサウンドデザイン像

日本の製造業は、古き良き「職人魂」と、最新の「科学的アプローチ」の架け橋であるべきタイミングに差し掛かっています。

心理音響評価技術や音質設計、サウンドデザインは、単なる“流行”や“コストアップ要素”ではなく、ものづくりの競争力となる投資です。

音は、人間の感覚に最も直結しやすい要素の一つです。

良質なサウンドデザインは、ブランドイメージ向上・クレーム減少・現場と開発の連携強化・バイヤーとの信頼関係構築など、多岐にわたるメリットをもたらします。

今後は“売れる製品”“信頼される企業”を目指す上で欠かせないファクターになるでしょう。

現場の一人ひとりがラテラルシンキング(横断的思考)の視点を持ち、ベテランの知見とデジタル技術を掛け合わせて新たな「音のものづくり」へ挑戦してみてはいかがでしょうか。

まとめ

本記事では、心理音響評価技術と音質設計、サウンドデザインの現場目線での実践的なアプローチについて解説してきました。

今後の製造業には「数値化×主観」、「ベテラン×若手」、「アナログ×デジタル」の混在こそ大きな力になります。

サプライヤー、バイヤー、そして製造現場、それぞれの立場から“音づくり”を進化させ、より良い製品価値を創造していきましょう。

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