投稿日:2025年9月8日

CBAM・カーボンプライスを価格式に織り込む脱炭素時代の購買

はじめに:脱炭素社会が製造業にもたらすインパクト

脱炭素社会への移行が加速する中、世界中の製造業がかつてない変革を迎えています。

特に、EUの「カーボンボーダー調整メカニズム(CBAM)」やカーボンプライスの導入が進むことで、「価格の考え方」が大きく変わろうとしています。

これからの調達購買活動では、製品や原材料の単価だけでなく、その生産過程で排出されるCO2量や関連コストまでをを見極めて取引条件に織り込む必要があります。

昭和型の「安さ一辺倒」の購買から、「環境価値まで見据えた戦略的購買」への転換期、その最前線で何が起きているのか。

本記事では、製造業の現場で培った経験と最新動向を踏まえ、脱炭素時代のバイヤーやサプライヤーが押さえておくべき「CBAM・カーボンプライスの価格式への織り込み方」について、具体的かつ実践的に解説します。

CBAM(カーボンボーダー調整メカニズム)とは何か?

欧州発のグローバル標準、CBAMの狙い

CBAMとは、EUが2023年10月に本格導入した「カーボンボーダー調整メカニズム(Carbon Border Adjustment Mechanism)」の略称です。

文字どおり「炭素に関わる国境調整」であり、輸入製品を欧州で販売する際、その製造過程で発生したCO2排出に応じて追加コスト(カーボンプライス)を課す仕組みです。

CBAMの大きな狙いは、欧州内で進めているカーボンプライス(炭素税や排出権取引)のルールを自国内だけでなく、輸入品にも適用することで「カーボンリーケージ(生産拠点の海外逃避)」を防ぎ、温室効果ガス削減をグローバルに徹底することです。

CBAM対象業種とそのインパクト

CBAMの対象品目は、当初は鉄鋼、アルミニウム、セメント、肥料、電力、水素など「CO2排出量が多い基礎素材産業」からスタートしています。

将来的には、プラスチック・自動車・電子機器など、他の工業品にも対象は拡大されていく見込みです。

既に2023年からは「排出量レポート提出」が義務化され、2026年以降は実際に「カーボンプライス課金」が始まります。

日本の製造業も、欧州向け輸出やサプライチェーンを通じて確実に影響を受けます。

CBAMの価格式はどう組み立てられるか

CBAMでは、製品ごとに「バリューチェーン全体」のCO2排出量(スコープ1・スコープ2・スコープ3)が問われます。

加えて、「欧州域内のカーボンプライス-輸出国側ですでに課されているカーボンプライス」を差し引いて価格化します。

つまり、「排出量の算出×カーボンプライス単価(€/tCO2)」が、新たな調達原価になるのです。

なぜ、カーボンプライスが調達購買の「価格式」に必要なのか

コスト構造が”見えないリスク”の時代は終わった

昭和の時代の購買では、「価格表の数字」さえ見れば、どのサプライヤーが一番安いかは一目瞭然でした。

しかし、カーボンプライス時代では「数字には現れない環境コスト」や「将来課されうる追加費用」が調達リスクとなるため、「今が安い」調達先でも、CBAM後には単価が跳ね上がる潜在リスクが生まれます。

例えば、鉄鋼やアルミのサプライヤーが化石燃料主体の国・地域に立地している場合、CBAM分のカーボンプライスが発生し、欧州サプライヤーとの価格優位が逆転する事例も現れています。

バイヤー視点で「新しい見積基準」が不可欠

これからのバイヤーは、製品単価や為替だけでなく

– サプライヤー所在地のCO2排出係数
– 製造に使用する電力・燃料源
– スコープ3まで含めたバリューチェーン排出量
– サプライヤー独自のカーボンプライス導入状況

といった新たな情報を系統的に集め、「カーボンプライスを価格式に組み込んだ総原価(TCO)」で比較評価することが求められます。

サプライヤーも「隠れ原価」の説明責任へ

サプライヤー側も、「うちは安いですよ」だけでは通用せず、「環境起因の追加コストになりません」と事実にもとづいて証明する説明責任が生まれます。

今後の商談や見積もりでは「CO2排出量データの提出」「カーボンプライス込み原価提示」が標準化されるでしょう。

具体的にCBAM・カーボンプライスを価格式に織り込む方法

1.バイヤーは「カーボンプライス込みの総原価計算」を標準化する

製品や素材ごとに、

– サプライヤー単価
– 物流費
– 輸入税等
– カーボンプライス見込み(tCO2 あたりカーボンプライス×CO2排出量)

を加え、初めて「比較すべき総原価」になります。

どんなに安いサプライヤーでも、CO2が膨大ならCBAMコストで大逆転する――実際の価格差シミュレーションを社内標準化しましょう。

2.サプライヤーには「CO2排出量データと源泉証明」の提出を求める

サプライヤーには

– 製造工程ごとのCO2排出量
– 使用電力の種類(再エネ or 化石燃料)
– 原材料調達元のスコープ3排出量

などのEVIDENCE(証拠)提出を義務づけましょう。

こうしたデータ透明性が、購買サイドのリスク回避・将来コスト管理に必須となります。

3.自社のBOM・コスト管理にカーボンプライス項目を追加

BOM(部品表)、調達コスト表、予算管理システムなどにも、

– 1製品あたりCO2排出量
– カーボンプライス分の加算費用

といった新項目を加えて精緻に管理します。

これが今後、上場企業の「サステナビリティ開示」や「株主対応」にも直結していきます。

4.各国のカーボンプライス政策と連携した購買戦略を

今後、世界各国でカーボンプライス(炭素税・排出権取引など)がますます普及します。

調達先ごとのカーボンプライス政策を調査・モニタリングし、

– 既に炭素税がある輸入元⇒CBAM調整額が少ない、むしろメリットあり
– 炭素規制のない国 ⇒ CBAM課税が重く、価格優位性喪失リスク大

といったグローバルサプライチェーンのダイナミズムを見極め、柔軟に調達先戦略を練ることが不可欠です。

CBAM時代にバイヤー・サプライヤーが強化すべき実践スキル

バイヤー向け:カーボン会計・原単位管理の徹底

今まで品質コスト原価の目利きで力を発揮してきたバイヤーも、今後は「GHG(温室効果ガス)会計スキル」「スコープ3含む原単位管理能力」が必須スキルになります。

具体的には、

– 現地法規やIHカーボンプライス、海外動向の最新知識
– サプライヤーへのCO2排出量開示要請、第三者監査の活用
– 情報のEVIDENCE化・証跡保存

といったテクニカルな目利きが、今後のバイヤー評価基準へと移行しつつあります。

サプライヤー向け:カーボンデータ管理力のアップグレード

サプライヤーも、「現場勘や熟練度」だけでなく

– 自社の全工程CO2排出量の定量把握
– 再エネ・脱炭素プロジェクトの推進
– LCA(ライフサイクルアセスメント)を使った環境競争力の数値化

に注力することが、これからの「指名調達」や「入札競争力」の大前提になります。

昭和型アナログ慣習からの脱却、カーボンプライス主流時代の現場感

いまだ「CO2を見て見ぬふり」する現場のリアル

担当バイヤーやサプライヤーと会話をしていると、今でも
「ウチはCO2排出規制は関係ないから」
「値段勝負しかない」
「難しい話は本社に聞いてくれ」
という“昭和型の現場マインド”が根強いことを痛感します。

ですが、CBAMやカーボンプライスは待ってはくれません。

現場で「無関心」でいる間に、気が付けばカーボンプライス分のコスト転嫁で取引失注、もしくは直取引不可――こうしたリスクは加速度的に高まっています。

「仕方なくやる」から「環境で稼ぐ」に転換せよ

一方で、工場現場の知恵やIR(改善)の現場力を活かし、「CO2削減=コストダウン」につなげている事例も確実に増えています。

例えば、未活用の再エネ活用やEV車、ヒートポンプ導入も、LCAやCO2減算の証明ができることで、「CBAM対策コスト最小化」=「商談価格の優位性を獲得」できます。

まさに、「脱炭素」はコスト化できる武器です。

まとめ:脱炭素経営のサプライチェーン・全員参加社会へ

CBAM・カーボンプライスの時代、価格式は「最終的な受領価格+環境コスト込み」という重層的なものになります。

バイヤー・サプライヤー双方が「算出力」「証明力」「変革力」を高め、現場の知見・経験を新たな武器にすること。

「脱炭素経営」の考え方が、サプライチェーン全体で「当たり前」になる社会は確実にやってきます。

まずは自社の持つBOMや見積精度を脱炭素基準にアップデートし、「昭和型の慣習」から一歩抜け出しましょう。

皆さんの知恵と実践力が、これからの競争力・生き残りを大きく左右します。

今こそ、現場感覚を生かしながら「時代の変化」に一歩先んじて動くときです。

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