投稿日:2025年10月1日

熟練工が辞めた途端に品質不良が急増するリスク

はじめに:製造現場の“熟練工依存”という現実

日本の製造業に長年身を置くと、多くの現場が「現場は人で成り立つ」という信念を持っていることを実感します。
特に品質管理や生産工程の中核を担う“熟練工”たちは、技術とノウハウの塊です。
機械化・自動化が進む令和の時代でも、熟練工が現場に及ぼす影響は依然として小さくありません。

ところが、この熟練工が突如現場を離れたときに発生する“品質不良の急増”という現象が、今も多くの工場で大きなリスクとして存在します。
なぜ、属人化が解消されないのか。
昭和からの伝統的な現場文化、そして仕組みづくりの遅れにはどんな原因があるのでしょうか。
現場での実践経験をもとに、原因・背景・解決のヒントを探ります。

熟練工依存構造のメカニズム

なぜスキルが“個人”に蓄積されるのか

多くの日本の工場では、熟練工の持つ知識や技術が十分に“見える化”されずに、個人の経験や勘に委ねられてきました。
これは量産が本格化した昭和の高度成長期から続く意識の名残です。
「手順書はあるが本当に重要なコツは口伝え」
「トラブル対応は経験に頼る」
こうしたスタイルが踏襲されてきたのです。

さらに、工場ごとに現場独自のクセや、“昔からのやりかた”が根づいており、新しい標準化やITの導入も一筋縄では進みません。
この結果、設備トラブルや品質異常の予知には、ベテランの「なんとなくおかしい」という感覚が大きな役割を果たしています。
属人化は生産性向上や安定品質の阻害要因である一方で、製造現場の“保険”として黙認されているケースも多いのです。

属人化のメリット・デメリット

属人化のメリットとしては、即断即決・迅速な小回り・熟練工の持つ暗黙知による品質維持が挙げられます。
短納期対応やイレギュラーな要求にも柔軟に動けるため、現場力を発揮できる点は否定できません。

一方で、最大のデメリットが「属人化した業務は再現性が低く、引き継ぎが困難」「技術継承が進まない」「突然の離職や定年でノウハウが失われる」というリスクにつながります。
これこそが、熟練工の急な退職や配置転換によって、品質不良が一気に増加する主因となっているのです。

品質不良急増の現場事例から学ぶ

特定銘柄で突然発生した不良、原因は“あの人”

ある自動車部品メーカーでは、ラインリーダーを10年以上務めたベテラン社員が病気で急遽離脱したところ、製品の傷・寸法不良が数倍に増加しました。
工程・装置・作業者配置などの体制は変わっていませんでしたが、故障設備の微妙な手当や材料投入タイミングの“コツ”が次担当者になかなか伝わっていなかったのです。
「ここで一呼吸置いてから次の工程へ」「音で異常を感じたら、すぐ装置を止めて原因を確認」など、単なる作業手順書ではカバーしきれない勘所が品質安定のカギだったわけです。

新規メンバーへの引き継ぎが空回り

また食品工場の現場では、ベテラン作業者が定年退職し、若手中心の新体制となった直後に不良率が2倍近くになった事例がありました。
調査の結果、「加熱工程で材料の色を目視で確認しながら、温度調整バルブを“勘”で操作する」という重要工程が習熟度に大きく左右されていることが判明。
未経験者向けのマニュアルも用意されていましたが、「色の変化具合」という微妙な感覚値が文字や写真では十分に伝えきれなかったのです。

メーカー・サプライヤー間での“見えない信頼”リスク

バイヤーやサプライヤーの立場でも、納入先・仕入先それぞれの現場に熟練工がどのような形で配置されているかは、データシートや標準手順書からは見えません。
生産現場で“たまたま”うまくいっていた属人ノウハウによって、品質がギリギリ維持されている場合、担当者が替わった瞬間に一気に品質問題が顕在化します。
受入検査や監査で“正常”と見なされていた製品が、ある日突然大量リジェクトとなる…こうしたリスクを常に認識しておくことが大切です。

昭和から令和へ:脱・属人的品質管理への壁

なぜ“デジタル化”が進まないのか

近年、多くの製造業でIoT・AI・データ活用への期待が高まっています。
それでも、属人化が解消されにくいのはなぜでしょうか。
背景には、以下のような根強い価値観や構造的課題が横たわっています。

・現場OJT重視の文化、マニュアル軽視
・現場リーダー層の「昔ながら」の指導方法
・複雑な工程や“グレーゾーン作業”の多発
・IT導入に伴う既存メンバーの心理的ハードル
・大量の暗黙知の「見える化」への抵抗感

単なる手順書の整備や記録のデジタル化だけではなく、“勘”や“コツ”などの感覚的スキルまで分解し、言語化・数値化する仕組みが不可欠です。
このため、トップダウンによる現場改革と現場作業者の意識変革、その両方からのアプローチが求められます。

技能伝承プログラムの重要性

近年、大手企業を中心に“技能伝承”を目的としたプログラム開発が進んでいます。
例えば、ベテランの作業風景を動画で記録し、ポイントごとに解説を入れる手法、あるいは工程ごとの“作業時間のバラつき”をタイムスタディ分析して定量化する事例も増えています。
“やり方だけでなく、その時なぜそう判断したのか”をヒアリングシートやワークショップで抽出し、言語化・標準化マニュアルを作成します。

また、人間の五感による判定工程(触感・音・匂い)をAIやIoTセンサーで数値化し“自動判定”との組み合わせに活用する取り組みも重要です。
たとえば、金属プレスの“音”をマイクで録音・AI分析することで、異常音発生時の熟練工の判断に近い異常検知を再現する事例など、デジタル化と人の技能をうまく融合させる試みが進化しています。

バイヤー・サプライヤーの視点で考えるリスクと対策

サプライヤー:属人化リスクをどう捉えるべきか

サプライヤーの立場からすれば、熟練工依存の工程や業務が多い企業は、安定した品質・納期の実現に不安がつきまといます。
今後、受注拡大や国際競争を勝ち抜こうとするならば、「自社のどの工程が属人化しているか」を洗い出し、品質・納期リスクを定量的に把握することが重要です。

定期的な現場ヒアリングや異常時の“再発防止レポート”の作成、工程ごとの“問題履歴”の管理など、社内全体を巻き込む仕組みづくりが不可欠です。
さらに、技能伝承プログラムや現場改善活動(カイゼン)を、日々の業務サイクルの中に無理なく組み込み、PDCAを回すことがポイントとなります。

バイヤー:サプライヤー評価で見るべき視点

バイヤー側としては、単純な品質データや納期実績だけではなく、現場見学や監査の際に「標準作業手順書の現場展開状況」「新人作業者の定着度」「ベテラン不在時の対応体制」など、隠れたリスク要因を評価する視点が求められます。
さらに、異常対応時のレスポンスや、設備・工程の予備・冗長性なども含めて包括的に評価しましょう。
「属人化リスクへの対応レベル」が今後の業績・信頼性に直結することを常に意識してください。

バイヤーを志す方へのアドバイス

将来のバイヤーを目指すなら、サプライチェーン全体の“つながり”や、現場作業のリアルな運用イメージを持っておくことが、とても大切です。
現場見学を積極的に行い、作業手順の実際と書類上の違い、作業者・管理者の役割分担、リスク管理の実際などをしっかり観察しましょう。
“現場と経営を橋渡しする目線”が、今後ますます重要になっていきます。

まとめ:脱属人化に向けたラテラルシンキング

熟練工の突然の離職は、単なる人員不足を超え、蓄積されてきた技能と知見が一瞬で消えることを意味します。
これまでの現場の信頼と実績が、一夜にして品質不良の嵐に変わる――これは決して“たまたま”起きているのではありません。
時代や技術が変わっても、「ヒト依存の現場力」と「デジタル標準化」の両輪で取り組まなければ、この課題は根本的には解決しません。

属人化の功罪を冷静に見つめ、「現場力をチーム力へ・ノウハウを会社の資産に変える」ための継続的なチャレンジが、いま製造業には求められています。
読者の皆さまが、バイヤー・現場リーダー・サプライヤーの立ち位置から、改めて自社に潜む“熟練工不在のリスク”を見直し、より強い現場体制づくりに踏み出すきっかけになれば幸いです。

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