- お役立ち記事
- 人的資本経営が製造業の現場に伝わらない原因
人的資本経営が製造業の現場に伝わらない原因

目次
人的資本経営がなぜ製造業の現場に伝わらないのか
人的資本経営というキーワードをご存じでしょうか。
近年、ESGやSDGsの潮流を背景にして「人」を企業価値の源泉と捉え、人的資本への投資やマネジメントが強く重視されています。
世界各国の投資家やアナリストが注目する重要トピックスですが、実際の製造業の現場で「人的資本経営」はほんとうに浸透しているのでしょうか。
私は工場の現場を20年以上見てきましたが、この言葉が現場に降りてきた実感を持つ人はほとんどいません。
なぜ「人的資本経営」が製造業の現場に伝わらないのでしょうか。
その原因と背景、そして現場目線でどうすれば浸透できるのかを考えてみたいと思います。
人的資本経営とは何か―定義と現状
人的資本経営の基本概念
まず、人的資本経営の定義を簡単に整理しておきます。
企業価値は「モノ」や「カネ」だけでなく、「ヒト」の力、すなわち従業員の知識・スキル・エンゲージメント・多様性などが長期的な成長を支えるとする考え方です。
人的資本経営は、これらの人の力を最大化し、その情報開示を進めることで、企業の持続的価値向上や社会的責任を果たすことを狙いとしています。
なぜ今、人的資本経営か
IT業界やサービス業においてはすでに人的資本経営が当たり前のように語られています。
2023年度からは上場企業に対して「人的資本情報の開示」が求められるなど、制度的な後押しも進んでいます。
しかし、製造業、とくに昭和時代から続くアナログな現場が主役の会社では、人的資本経営の取り組みは「なんだか流行りの言葉がまたきたな」程度の認知にとどまっているのが現状です。
現場に伝わらない原因1:根深い昭和的価値観
「モノ中心」の価値観がいまだ根強い
日本の製造業は、長らく「モノづくり力=設備や仕組みこそが源泉」という価値観で発展してきました。
現場では今も「良い設備を入れれば生産性は上がる」「技術こそ命」といった議論が主流です。
一方、「人材育成に時間やお金を割くより、現場で慣れて覚えろ」「人の流動化より、現場経験の長い社員が信頼できる」と考える現場リーダーや中間管理職も少なくありません。
現場の仕事は「人」より「工程管理」「設備」が優先される
生産管理や品質管理を担当する人ほど、「ヒューマンエラーをなくす」ために属人的要素を最小限にしようとします。
現場のKPIも「稼働率」「歩留まり」「不良率」といった数値が優先です。
このため、「人が活躍しているか」「人の成長が企業価値につながるか」といった抽象的な指標はあまり重視されていないのです。
現場に伝わらない原因2:上層部の説明責任不足とコミュニケーションの断絶
上層部の「人事部門任せ」「現場任せ」体質
人的資本経営の重要性を理解し、投資家向けIR資料やプレスリリースで大々的に発信している経営層は増えています。
ですが、現場に下りていくにつれて、人的資本経営は「また本社が言ってる」「人事部だけでやればいい話」となりがちです。
現場リーダーや係長クラスには具体的な方針が伝わらず、「現場はとりあえず目の前の生産を回しておけばいい」となります。
現場と本社の温度差
本社からのメッセージは、現場の実感や課題解決に直結していません。
「人が大事だ」という抽象的なメッセージだけで、現場のモチベーションや行動は変わりません。
実際、フォークリフトが壊れたとか、材料が遅れている等の現実的な課題の方が優先度が高く、人的資本経営への意識は後回しになりがちです。
現場に伝わらない原因3:効果が「見えづらい」「測りづらい」
投資対効果(ROI)が見えにくい問題
「人材育成に投資する」とは言っても、その効果がすぐには数字に現れません。
製造業の現場は、具体的で定量的な成果を要求される世界です。
例えば、「QC研修をやった」「DX研修をやった」としても、その結果生産性や品質がどの程度向上したかを把握するのは困難です。
これでは「研修に時間やコストをかけても、結局何が変わったのか分からない」という否定的な声が上がりやすくなります。
短期成果信仰と人材投資のギャップ
製造業大手でありがちなことですが、四半期ごとの業績管理が厳しくなればなるほど、短期的な成果を求めがちです。
一方、人材への投資は基本的に中長期的な視点が必要です。
このギャップが、人的資本経営の本質追求を阻害しています。
現場に伝わるために必要なこと〜現実的なアプローチ
1. 現場の課題と紐付けて「人的資本経営」を語る
伝え方の大きなポイントは、現場で解決したいと常々思っている課題と、人的資本経営がダイレクトにどう繋がるかを「自分ごと」として伝えることです。
例えば、「ヒューマンエラーの防止」や「設備トラブル時の柔軟な対応力の強化」など、現実に困っていることがあります。
これらは、現場スタッフ一人ひとりのスキルアップや多能工化、現場リーダーのファシリテーション能力によって解決できるケースが多いのです。
人的資本経営は「やらされ感」ではなく、「現場の課題解決を助ける武器」だと説明しましょう。
2. 仕組みづくりと「見える化」で腹落ちさせる
人的資本経営も、現場で効果を感じられなければ意味がありません。
ツールやKPIの導入も、「人材成長の見える化」に活用できるようにしましょう。
例えば、現場のスキルマップとキャリアパスの連携や、現場主導で「この半年何が成長できたか」をレビューする場を設ける。
現場メンバー自ら、人の成長や効果を把握できる仕組みが大切です。
3. 現場リーダー層への本気の教育と権限委譲
現場で最大のカギを握るのは「現場リーダー層」です。
昭和からの価値観を持つベテランを否定するのではなく、こうした人たちに「現場の人と向き合うことの価値」を体感してもらいましょう。
OJTやメンター制度の導入、問題解決会議で本音を出せる風土づくりなど、リーダーが変われば現場は変わります。
同時に、リーダーへの権限委譲や裁量拡大、「自分が現場を良くする主役だ」という意識改革が必須です。
バイヤー・サプライヤー視点の人的資本経営
バイヤー目線での人的資本マネジメント
調達バイヤーの立場から考えると、協力会社・サプライヤーの人材力や現場管理力こそが、安定調達や品質維持のカギになります。
実は、コストや納期面だけでなく、「このサプライヤーの現場にはどんな人がいるのか」「スキル継承は進んでいるか」を重視する大手バイヤーが増えています。
人的資本経営は、もはや本社向けのアピールでなく「競争力強化の必須戦略」なのです。
サプライヤーもバイヤーの考えを知ろう
サプライヤーや中小の現場担当者も、バイヤーがどんな基準で評価し何を望んでいるのかをよく知ることが自社競争力の向上に直結します。
特に「現場力」や「人を中心とした改善文化」を育てていることは、商談時の強力なセールスポイントとなります。
まとめ:人的資本経営は現場起点でアップデートせよ
人的資本経営は、単なる流行語やIR資料の装飾ではなく、現場の「ヒト」の力をエンジンにして事業競争力を上げる本質的なマネジメントです。
経営層、管理職、人事部門が連携し、地に足の着いた現場目線できちんと課題解決に結びつけていくことが不可欠です。
これからの製造業の持続的成長には、アナログ風土から一歩抜け出し、現場も巻き込む「人的資本経営の現場実装」が真に求められています。
今こそ、枠組みにとらわれず、現場の実態から逆算したラテラルな発想で、日本の製造業の新しい地平を切り拓きましょう。