投稿日:2025年8月24日

共同在庫(VMI・寄託)でキャッシュ負担を軽くし単価を下げる

はじめに:製造業の命綱「在庫管理」の革新へ

製造業において在庫は「資産」とも「負債」とも言われます。
適切な在庫は生産の安定を支えますが、過剰な在庫はキャッシュフローを圧迫し無駄なコストにつながります。
近年、デジタル化やグローバル競争の激化に伴い、調達・購買から販売まで「在庫コストの最適化」は重要な経営課題となっています。

そこで今、現場のバイヤーやサプライヤーの間で再び注目されているのが、「共同在庫(VMI・寄託)」という仕組みです。
本記事では、20年以上にわたる製造業の現場経験をもとに、現場目線・バイヤー目線で共同在庫管理の真髄に迫ります。
アナログな業界ゆえの抵抗や課題も交え、実践的なヒントと市場動向まで解説します。

共同在庫とは?VMIと寄託の基礎理解

VMI(Vendor Managed Inventory:ベンダー管理在庫)とは

VMIとは、製品や部品の在庫管理をサプライヤー(ベンダー)が主導し、需要を読みながら顧客(製造業の購買側)の倉庫や工場に在庫を直接配置・管理する仕組みです。
つまり、使われるまでは資産がサプライヤー側に残り、購買側は消費した分だけ購入し、キャッシュ負担を減らせます。

寄託とは何が違うのか

一方、「寄託」は、サプライヤーが所定の場所(顧客工場・物流倉庫など)に商品を預け、発注側が任意タイミングで引き取るスタイルです。
所有権や在庫コストの負担時期が明確で、未引き取り分はサプライヤー資産となるため、購買側は「社外にあるが自分の在庫」ではなく「他人の在庫を必要分だけ取り込む」感覚となります。

なぜ今、共同在庫が再注目されているのか

コロナ禍によるサプライチェーン寸断、材料費高騰、脱炭素圧力、IT人材不足など、多くの逆風が製造業には吹き荒れています。
それでも「生産リードタイム短縮」や「キャッシュフローの改善」をあきらめられないのが現場です。
この2大目標を現実解として両立できるのが、VMI・寄託などの共同在庫の仕組みなのです。

バイヤー目線で見る共同在庫のメリット

1. キャッシュフローの改善

最大のメリットは、在庫を持つタイミングが「消費時点」に遅れることでキャッシュの負担が大幅に軽減されます。
従来の購入→納入→検収→支払いでは、部材を持つ期間の資金が寝ていました。
VMIや寄託在庫なら、理論上「リードタイムゼロ」で必要分のみの資金流出となり、数ヶ月分キャッシュが浮きます。

2. 安定供給・生産リスクの低減

サプライヤーが在庫を積み増してくれることで突発的な急増需要や供給途絶にも柔軟に対応できます。
「材料が無いから工場ラインが止まった」という危機を大幅に減らせるため、製造や生産管理の現場では大いに安心材料となります。

3. コスト競争力の前提づくり

サプライヤーにとっても在庫を持つリスクは生じますが、「定期補充・安定発注」の約束がしやすくなることで、調達単価の交渉材料となります。
まとめ買い、年間購買約束などと抱き合わせ、値引き交渉やコストダウンの足場を作りやすくなります。

4. 内部コストの削減

在庫管理、発注、受入、支払のサイクルが物理的に減ることで、間接部門の工数削減、チョコ停や過剰在庫による機会損失も抑制できます。

サプライヤー目線で考える共同在庫の課題と対策

1. 在庫負担と回転率リスク

サプライヤー側から見れば、VMIや寄託は「相手先に在庫するだけで自社キャッシュを寝かせる」リスクを持ちます。
在庫回転が悪ければサプライヤーの経営自体を圧迫するため、在庫上限(MAX)や引き取り期間の設定、回転契約を必ず行う必要があります。

2. BCP(事業継続計画)への貢献

共同在庫はメーカーのBCP(突発事態でも生産を止めない仕組み)に重要な役割を果たします。
しかし、無理な要求はサプライヤーの負担に跳ね返ります。
増産時の在庫補充計画、余剰在庫発生時の買取協議、データ連携による需給変動の可視化など、「共創」「共倒れ回避」の姿勢が不可欠です。

3. 信頼関係がなければ失敗に終わる

デジタルでもアナログでも、「共同で在庫を持つ」文化が根付くには、お互いの信頼と情報開示が前提になります。
常に発注量や消費データを共有し、仕入担当とサプライヤー営業がワンチームとなって需給管理する体制作りが成功のカギです。

昭和のアナログ業界でVMIが根付く理由と、その限界

「顔の見える付き合い」と共同在庫の親和性

日本の製造業、とりわけ自動車・エレクトロニクスなどの業界では、古くから「系列取引」と呼ばれるサプライヤーとの深いつながりや、「現場勝負」「人付き合い重視」の文化が根強く残っています。
昭和の時代からあるリターナブルコンテナや寄託契約も、VMIの原型にあたります。
人と人の信頼性をベースにした在庫管理ほど確実なものはなく、デジタル万能論よりも実際に顔を合わせて在庫と向き合う現場が強いのです。

DXの波と昭和的商習慣のせめぎ合い

とはいえ、紙の伝票・電話連絡・Excel手計算だけで共同在庫管理を行うのは限界が来ています。
納品や引取、請求処理のミスや業務負荷が高く、合意したルールの形骸化によるトラブルも多数発生しています。
一部大手サプライヤーは自社でIoTシステムや専用アプリを開発し、「自動発注」「在庫アラート」を導入していますが、中堅中小企業ではIT投資や運用リソースの確保が難題となります。

現場が実践すべき共同在庫導入のコツ

1. パイロット商品・ラインから始める

全品目に大きく一気に導入するのは現実的ではありません。
まずは需要変動が小さい部材、長年定型化されたアイテム、生産のボトルネックとなりやすい重要部品を選定し、パイロット運用から段階的に拡大するのが成功の近道です。

2. 在庫の見える化とPDCAサイクル

Excelや在庫管理クラウドサービスを活用して、リアルタイムで在庫・消費動向を共有しましょう。
月1回の改善ミーティング、四半期ごとの需給調整会議など、小さなPDCAサイクルを回すことが安定運用の秘訣です。

3. 契約書・在庫責任範囲の明文化

トラブルが起きやすいのは「棚卸のタイミング」「破損・盗難発生時の負担」「不良品の取り扱い」です。
可能な限り書面化し、双方が納得してサインすること。
毎年の契約見直しもルール化しましょう。

4. 利害調整は現場・経理・経営層で三位一体に

現場(生産・購買)、経理(支払・資産計上)、経営(長期戦略)の調整が必要です。
一部の現場だけで推し進めると「経理上の問題」「税務・監査の指摘」「経営トップへの説得材料不十分」など導入のハードルが上がります。

共同在庫化をコストダウンや単価交渉に結びつける工夫

1. 年間購買計画と連動させる

「共同在庫で安定的に引き取る」という前提があれば、サプライヤーとしても生産・物流・資材発注を大幅に効率化できます。
年間発注約束数量を設定することで、単価交渉の材料となり、双方にWin-Winの関係が生まれます。

2. リスク共有による適正価格化

在庫リスクや需給変動リスクを両社で共有し、在庫回転率や緊急増産時の費用、余剰在庫の買取条件などを事前協議しておくと、サプライヤーも安心してコストを下げやすくなります。

3. 現場提案が目に見える成果になる

現場からの改善提案や在庫キャッシュフロー成果を、購買・調達の評価基準やKPIに組み込むことで、実践へのモチベーションも高まります。

まとめ:共同在庫管理で開く製造業の新たな地平線

共同在庫(VMI・寄託)は、ただの在庫管理手法ではありません。
現場のキャッシュフロー・経営体力の底上げ、調達・購買のコスト競争力強化、そしてサプライヤーとの信頼作りまで含めた総合的な経営戦略となります。

「商習慣が古い」「IT投資が進まない」というアナログ的な壁も、現場に根差したラテラルシンキング、すなわち「従来のやり方を横断し、新しい視点で問題を解決する力」で確実に突破できます。

読者の皆さんも、ぜひ小さな一歩から共同在庫の導入を検討し、工場・会社・業界をともに次の時代へ進化させていきましょう。

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