投稿日:2025年8月15日

HS先付け見積で新規国向けの税率不確実性を低減する営業プロセス

HS先付け見積がもたらす新規国取引の安心感

製造業に深く携わっていると、「戦略的バイヤー」や「グローバルサプライチェーン担当者」として同じ悩みにたびたび直面します。

新興国や未開拓市場への進出、あるいは新規サプライヤーとの契約時、一番気がかりなのは「現地側での税率がどれくらいになるのか」「流通段階でいくら費用が変動するのか」という点です。

特に、輸出入のたびに議論が紛糾するのが、実際にかかる関税率や付加価値税の扱い、加えて輸入規制です。

最終的な調達・購買価格にも大きく影響しますし、何より不明確なリスクが経営判断そのものの阻害要因となります。

昭和から続くアナログな業界体質では、過去の成功体験や専門商社依存が根強く、「まあ何とかなるだろう」という曖昧なまま案件が進行することも多いです。

しかし、VUCAの時代、そしてDX化が求められる現代においては“知らない”ことこそが最大のリスクです。

このような現場でのモヤモヤを解決する糸口が、「HS先付け見積」です。

HSコード先付け見積とは何か

HSコードとは?

まず、HSコード(Harmonized System Code)とは、国際貿易で取り扱うすべての商品を国際的に分類するための番号体系のことです。

各国の税関がこのコードを用いて税率を設定し、輸出入管理を行っています。

HSコードが正確であれば、船積前におおよその関税やその他の税金の見込みを立てることができます。

一方で、このHSコードの特定・運用、その先にある税率の決定は、品目や仕向地によって注意が必要です。

「先付け」する意義

この「HS先付け見積」とは、調達段階、または営業提案の段階で、自社商品がどのHSコードに該当するのかを事前に税関専門家や通関業者とも相談の上で特定し、そのコードをベースに“想定税率付きの見積”を提示するプロセスです。

この工程を飛ばして、営業部門やプロジェクトマネージャーがざっくり計画しただけのコストで進めていくと、後工程や実際の輸入時に大きな齟齬が発生しかねません。

また、「実際には何%になるかわからない」という状況で価格策定や契約交渉をすること自体が、顧客・サプライヤー双方に不全感や不信感を招く温床となります。

なぜHS先付け見積が今の製造業で重要なのか

ハードルの高い新規国・新規案件にこそ威力発揮

日系製造業では、すでに馴染みのあるアジア近隣国や北米・欧州への輸出入なら、過去データや実績から「この国のこの品目は大体この税率だろう」とノウハウ共有もされています。

ところが、ベトナム以西の新興国や中南米、あるいは政情や制度変化の激しい国々となると、「ググってもわからない」「商社にまとめてお願いするしかない」というケースが頻出します。

このとき営業サイドから「HS先付け見積で現地税率も確認」という依頼が上がることで、

– 調達が安心してサプライヤーと交渉できる
– バイヤーが「見積段階で不明点なし」という安心を顧客に提供できる
– サプライヤーは営業の思い込みで“安売り”させられる心配がなくなる

このような三方良しの関係を築く大切なプロセスとなっています。

リスク予防と合理的な価格設定

よく現場の価格交渉で「関税リスクがあるから上乗せしてくれ」とサプライヤーが要望しがちですが、買い手側は「そんな不確定要素、全部載せられない」とつっぱねます。

結果、どちらも疑心暗鬼のまま合意し、中盤以降で「こんなはずでは」とトラブルに発展することも。

HS先付け見積は、初期段階からリスクの見える化を行うことで、事後的な調整コストを削減し、透明性のあるサプライチェーンを構築します。

工場、サプライヤー、プロジェクトリーダーなど多様な立場が、「前線で何が起こるか」を共通理解できる点に最大のメリットがあるのです。

HS先付け見積を実践するための具体的ステップ

1. 製品情報や仕様書の整理

まず自社商品や部材の詳細情報を正確に整理します。

– 材質、用途、加工程度、完成状態
– 技術仕様書、図面、参考写真

これらを通関業者や専門家と共有することで、HSコードの特定作業が精緻に進みます。

2. HSコード仮設定~現地税関または通関業者確認

整理した情報を元に、まず自社または日本の通関業者で暫定HSコードをあてはめます。

次に仕向地(輸出先)の通関実績のある通関業者やローカルパートナーに照会し、新規国事情や輸入規制の有無、自治体独自ルールを含めた税率を調査します。

3. 関税・付加価値税率の見積取得とリスク確認

– 関税率(基本税率・特恵税率など含む)
– 付加価値税(VAT/GSTなど)
– その他間接税(地方税、特別課税など)

これらの情報をできる限り一次情報として取得することが重要です。

万一適用ルールが曖昧な場合は、「最悪こうなる」という最大リスクも合わせて提示します。

4. 合意形成~提案プロセスの明確化

これら税率情報を盛り込んだ上で営業見積を作成します。

顧客側とも「この税率に基づく」「仮に異なる場合は再見積もり・再協議」というルールを先に握ることが、不信感をなくしイノベーションにつながるのです。

昭和的アナログ現場に根付いた障壁とその突破口

「今までもやってきたから」「慣例だから」に潜むリスク

日本の製造業現場には「かつて上手くいったから」「前任担当がやってくれていた」という前例主義が根付いています。

さらに、複雑な国際税務を“現場まかせ”にしてしまい、

– 計上漏れ
– 糊口をしのぐ値引き交渉
– プロジェクト後期の想定外出費

このようなトラブルが頻発します。

前倒しで中身を可視化し「HS先付け推進」を徹底することが、変化の大きい時代に生き残るための攻めのリスクマネジメントといえます。

デジタル化・DX対応との親和性

近年はクラウド型通関データベースやAIによるHSコード特定支援ツールも登場し、HS先付け見積をシステマチックに、しかもスピーディに進めることが可能になっています。

「調達全体をデジタル化したい」「サプライヤーポータルに税率見積もり機能を組み込みたい」といったDXプロジェクトでも、このHS先付け見積の導入がキックオフになるケースが増えています。

バイヤー・サプライヤー、それぞれの立場で見たメリットと着眼点

バイヤーが押さえておきたいポイント

– 見積段階から現地税率のリスクを明確にし、内部調整を円滑化できる
– 顧客や本部への説明が論理的・説得力を持つ
– 価格競争ではなくリスク競争で差別化し、大型案件受注に寄与

サプライヤーが注目すべき点

– 不確定要素で値下げ圧力を受けるリスクが減る
– バイヤーとの信頼感が深まり、長期的な取引関係を構築できる
– 輸出機会拡大・新市場開拓の武器になる

HS先付け見積が業界にもたらす“新常識”

「昭和のやり方」や「とりあえずやってみよう」の時代は終わりつつあります。

調達や購買のプロがバイヤーとして、あるいはサプライヤー側にもその知見を広く展開することで、ものづくり産業全体が底上げされます。

最新技術や効率化だけでなく、こうした“地味だけど効く”プロセス改善こそが競争優位を築くカギとなります。

これまでアナログだった現場が、いまこそHS先付け見積の導入という新たな地平線を切り拓き、“調達購買の高度化”という新しい常識を生み出す時代が到来しています。

まとめ

HS先付け見積は、未経験の国・新たな市場進出時の重大なリスク要因である“税率不確実性”を事前に潰し、調達・営業・経営判断すべての安心感を下支えします。

調達購買経験者として、また現場に長年身を置いてきた者として、今後この概念を標準の営業プロセスに組み込むことこそ、製造業発展への確かな一歩だと断言できます。

現場で培った知恵と最新知識とを掛け合わせ、次世代のものづくりに貢献できるよう、ぜひ今日から「HS先付け見積」を意識してみてください。

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