部長になってから自由に現場へ行けなくなった後悔

部長になってから自由に現場へ行けなくなった後悔

はじめに：現場と管理職の狭間で思うこと

製造業の世界で20年以上、現場とともに汗を流してきた私ですが、部長という責任ある立場になったとき、以前のように気軽に現場を歩けなくなりました。
「現場ファースト」こそが生産性や品質向上の要だと教えられてきた世代として、これは大きな葛藤でした。
製造業に従事する皆さん、バイヤーやサプライヤーの方にも、管理職が現場から遠ざかったことによる“現場感”の損失と今後の改善について、私の実体験をもとに共有したいと思います。

なぜ部長になると現場から離れるのか

部長職に就くと、業務の中心が会議・資料作成・役員との調整や部門横断的なマネジメント業務へとシフトします。
その結果、現場の声や空気、細かな変化を肌で感じる機会がどうしても減ってしまいます。
この構造的な変化には、おおまかに3つの理由があります。

• 経営会議等の出席が増え、物理的に現場に行く時間が取れなくなる
• マクロ視点での意思決定が求められるため、現場個々の課題に深く関わることが難しくなる
• “部長自ら現場介入＝現場不信”と捉えられる風潮も根強い

昭和時代から続く“お偉いさんは現場に来てはいけない”という慣習が、デジタル化が進む令和の今でも色濃く残っています。
これが現場と管理層の間に見えない壁を作り、現場感覚の喪失という問題を生んでいるのです。

現場に行けなくなったことで感じた課題

現場に密着していた頃は、現場作業者・設備・材料、その“温度感”を全身で感じられました。
機械の異音、現場スタッフの小さな戸惑い、材料サプライヤーの質感変化など、数字や報告書には見えない“肌感覚”が意思決定の精度を高めていました。

ところが、部長職になり会議室やオフィスでの仕事が増えると——

• 現場とのコミュニケーションが形式的になり、現場課題の本質を把握しづらい
• 現場の細かな“兆し”を見落とし、後手の対応がリスクとなる
• 現場スタッフの信頼醸成やモチベーション維持が難しくなる

という課題に直面しました。
この“肌感覚の欠如”は、どんなに優れたDXツールを導入しても、AI分析を活用しても、現場を動かす「人」と「モノ」を本当の意味で理解するには代替しきれないと痛感しています。

アナログ業界における現場力の重要性

製造業は未だに“人依存”“現場依存”の業務が多く残るアナログな業界です。
IoTやRPAが進展しても、現場で“物理的に”モノが動く限り、現場力は生命線です。
トラブル対応、異常の予兆、品質ばらつきなど、「現場でしかわからないこと」「現場でしか生まれない知恵」が数多く存在します。

バイヤーやサプライヤーになろうとする方、あるいはその動向を知りたい方も、現場ファーストの重要性を理解することで、商談や交渉の精度を高められます。
「現場から離れた意思決定者」は、書類や表面上の数字だけで判断しがちですが、実はその裏に「現場の真実」が隠れています。
たとえば、原価低減や納期短縮の提案も、現場事情を踏まえた上で出された提案かどうかが、成功するか否かを左右します。

現場を遠ざかることで見失う“兆し”と“兆候”

例えば、生産管理や品質管理において、実際の工程内で発生する微細な異常やスタッフの作業手順の変化を、データや報告書だけで捉えることは極めて困難です。
自動化が進んだ現場でも、ちょっとした不具合の連鎖、作業者の不満げな表情、寸法測定時の微かな“引っ掛かり”など、「人が現場を見る」ことでしか得られない情報が山ほどあります。

昭和的な現場至上主義が過去のものになった面がある一方、今もなお、現場主導で「現場改善（カイゼン）」が量産メーカーの競争力となっています。
実はここに、数値化しきれない現場力の本質が隠れているのです。

データと現場力の“二刀流”が鍵

今後の製造業、ひいては購買・サプライの現場は、データドリブンの精度向上と同時に「現場力」の両立が不可欠です。
バイヤーもサプライヤーも、机上のスペックや価格情報だけでなく、現場での運用ハードルや実際のモノづくりプロセスを深く知る姿勢が信頼につながります。

現場を歩いた経験があるかどうかで、

• 提案力の深さ
• リスクへの気づき
• 現場担当者との“対等な会話”の質

が大きく変わります。

部長になって現場へ行けずに感じた“後悔”から得た教訓

私が部長となり「会議室の住人」になったことで分かったのは、「現場への不在」は自らの思考力・判断力・説得力を大きく損なうという事実でした。
どこかで「現場は部下に任せて、自分は全体を俯瞰していれば良い」と考えていたのです。
しかし、品質トラブルが連鎖し、部下が疲弊し、サプライヤーとの信頼も揺らいでいきました。

一度“現場感”を失いかけたことで、現場スタッフやサプライヤーとの間に見えない溝が生まれていたのです。
現場に自ら足を運び、現物・現場・現人（げんば・げんぶつ・げんじん）の“3現主義”を徹底することで、やっと本質的な信頼と「異常の芽」を捉えられるようになりました。

これからの製造業リーダー・バイヤーへの提言

現場から離れた意思決定は、「論理」や「数値」だけが先行しやすくなります。
しかし、冷静に考えれば日本のものづくりは、現場で実際に何が行われているか、サプライヤー現場でどのような工夫をしているかを把握してこそ強みが発揮されます。
現場を知ることは、相手への最大のリスペクトです。

バイヤーとしても、現場に根差した情報をもとに提案・交渉することで、サプライヤー・現場作業者・経営層、すべての信頼を得ることができます。
昭和なアナログの世界観は、いまだ製造業の現場において“湿度”を持って息づいている一方、その中から新たなデジタル融合型現場主義が求められているのです。

まとめ：現場に戻る勇気と新時代の現場主義

部長になって現場から離れて初めて痛感した「後悔」。
それは、どんなにIT化・自動化が進んでも、現場で汗を流す“人”の力を軽視してはいけない、ということでした。
現場を歩き、現場の声に耳を傾ける。
現場と数字・データをつなぐ“架け橋”となるリーダー、バイヤー、サプライヤーが、これからの製造業にますます必要な存在です。

本記事が、現場経験に悩む管理職の方、現場力を深めたいバイヤー・サプライヤーの皆様の新たな気づきと成長のきっかけになることを心から願っています。