投稿日:2025年11月24日

ODM依頼で役立つ“ユーザーシナリオによる要件整理”

はじめに ─ 製造業が直面するODM依頼の難しさ

製造業においてODM(Original Design Manufacturer)依頼は、近年ますます重要度が高まっています。

顧客から「こういうものを作ってほしい」というニーズが寄せられ、それに応えるべく製造現場を動かす。

この一連のプロセスは、理屈上はシンプルです。

しかし現場では「何を作るか」「どんな機能や品質が求められているか」を的確に把握することが、思いのほか困難です。

特に情報化が遅れるアナログな製造業界においては、顧客からの要件が曖昧で、やり取りが錯綜しがちです。

結局、「そんなつもりじゃなかった」「思っていたより仕上がりが違う」といったミスマッチが発生することも珍しくありません。

この難しさを打破するソリューションの一つが、「ユーザーシナリオによる要件整理」です。

本記事では、20年以上工場現場でODM対応やバイヤー業務に携わった経験をもとに、ユーザーシナリオの活用法とその現場的効果を実践的に解説します。

なぜ“要件整理”がODMプロジェクトで重要か

顧客ニーズの多様化とODMの現実

「何を作るか」は、ただの形やスペックだけではありません。

顧客によっては、社内向け生産ラインを刷新する設備だったり、一般消費者向けの家電だったり、用途もバラバラです。

それぞれの現場で「本当に必要なもの」が違うため、要件の解像度が低いまま進行すると後で手戻りや予算オーバーにも発展します。

現場で起きやすい“思い違い”とその結末

僕が体験した昭和の製造現場では、「口頭伝承」で要件を伝えることが当たり前でした。

図面一枚、仕様書一枚、あるいは「いつもの感じで頼むよ」。

こうした曖昧さが、思わぬエラーにつながる事例に何度も遭遇しました。

ODMにおいて要件整理が肝心なのは、こうした“無意識の思い違い”を防ぎ、確かな共通認識を作るためです。

“ユーザーシナリオ”とは何か ─ 現場目線での解説

ユーザーシナリオの基本

ユーザーシナリオとは、製品やサービスが「実際にどのように使われるか」を物語形式で描き出し、その利用シーン・要件・期待結果を明確にする手法です。

ユーザー(顧客)が「何をしたいのか」「どこで困るのか」「どんないいことが欲しいのか」を順序だてて言語化します。

例えば、

・組立工員のAさんが、毎日100台のパネルを取り付ける
・洗浄作業の際、手袋を着けたままでスイッチ操作がスムーズにできる
・定期点検のタイミングで、素人でもエラー箇所が分かる表示が付与されている

こうした具体的な利用ケースを通して、技術仕様や品質要件、現場作業性にまで配慮した形で、プロジェクトの指針を作ることができます。

“仕様”を超える、現場からの視点

ユーザーシナリオは、ただのスペック表ではありません。

現場で何が問題になり、何が喜ばれるのか。

現場の声をベースにしたストーリーで語るため、バイヤーもサプライヤーも「どうすれば使いやすいか」を共に想像しやすい利点があります。

現実のものづくりでは、「カタログ値通り」ではない無数の“暗黙知”があります。

それを見える化する土台がユーザーシナリオです。

ODM依頼で“ユーザーシナリオ”を取り入れる実践ステップ

1.現場徹底取材 ─「使う人」に会う重要性

まずは実際にその製品・設備を使う“現場の最前線”の人に会い、日常の作業フローや、現行品の課題、ヒヤリハット事例を細かく聞き取ります。

製造ラインの工員さん、保全担当者、現場リーダーなど、様々な目線が必要です。

調達・購買担当や設計担当だけでは把握しきれない現場事情を深く掘り下げるのがポイントです。

2.ストーリー化 ─ 「一日」を具体的に描く

ヒアリングした内容を基に、「Aさんは朝こうして業務を始め、途中でこういう困りごとが発生し…」と1日の流れとしてストーリーに落とし込みます。

この際、「○○がしにくい」「△△のエラーが出やすい」「チェックが煩雑」など、現場でのリアルな痛みを盛り込みます。

また、「新製品なら××が簡単になる」「トラブル時に□□ボタンですぐ対応できる」など、“期待される変化”を盛り込むことで、具体的な要件を言語化できます。

3.アウトプットの型を決める ─ 要件一覧化

物語としてのユーザーシナリオは、会話の起点や共通イメージ作りに最適ですが、最終的な設計への落し込みには要件“リスト”が必要です。

シナリオに登場する「不満点」「期待値」「必要な機能」を抜き出し、優先順位を明記した「要件定義書」へ落とし込みます。

ここまで落とし込んで初めて、設計・生産現場のチームも具体的なアクションに着手できます。

4.レビューと軌道修正 ─ 試作段階での検証

ユーザーシナリオをベースにした要件で実際に試作品を作ったら、「本当に使いやすくなったか」「隠れた困りごとが残っていないか」を、再び現場の声でレビューします。

このフィードバックサイクルを繰り返すことで、“現場納得型”ODM製品が生まれます。

老舗製造業あるある —— どうしてもアナログが抜け切れない

昭和流伝言ゲームの弊害と今後のカイゼン余地

私自身もかつて「オーダーの伝言ゲーム」、すなわち上司→現場リーダー→作業スタッフへ口頭や紙で要件が伝達される様を多く見てきました。

このプロセスでは、途中で抜け落ちたり曲解される要件も多いです。

たとえば、「取り付けがしやすいように」という要件も、誰目線か、どの工程かによって意味合いが180度異なります。

結果的に後戻り作業が発生し、工数もコストも跳ね上がる悪循環となります。

ユーザーシナリオによる要件整理は、こうした“昭和の伝言ゲーム的一斉風靡”から抜け出し、「目線を揃える」「暗黙知を見える化する」という現場主義のカイゼン文化にもつながります。

バイヤー視点での活用法 ─ サプライヤーへの明確指示

調達・バイヤー業務では、サプライヤーに対する「QCD」(品質・コスト・納期)交渉が主な仕事と思われがちですが、本質は“良いものを共につくる”パートナーシップ構築です。

ユーザーシナリオによる要件整理ができれば、単なるスペック競争ではなく「なぜこの仕様が必要なのか」を根拠とともに伝えられます。

これにより、サプライヤー側も「本当に現場で使える提案」をしやすくなり、不要なコストカットや品質軽視といった行き過ぎた値引き交渉のリスクも減ります。

調達側が「最終エンドユーザーの顔」をきちんと描き、サプライヤーと目線を合わせることで、信頼性の高いODM体制が築かれるのです。

サプライヤー視点 ─ バイヤーの“裏意図”を読み解く

ODM依頼を受けるサプライヤー側にとって、「バイヤーが何を大事にしているか」がブラックボックスになりやすいです。

そのため、「スペック最小限でコスト重視か」「品質やアフターサービス重視か」といった見極めが要となります。

ユーザーシナリオをもとにした依頼であれば、「この工程で、こういう事故がある」「現場で、こう使われる」といった実態が共有されるので、自社独自の工場技術やアイデアを盛り込む余地が一気に広がります。

「お客様の現場での困りごとを事前にイメージし、設計品質や追加提案で一歩先を行く」という付加価値提案にもつながります。

まとめ ─ 製造現場からODMの新しい地平線を探る

ODM依頼で「ただの仕様伝達」から「本当に使える要件共有」へ──その鍵がユーザーシナリオによる要件整理にあります。

人・現場・仕事の流れ、その背景に眠る“現場目線”をストーリーとして言語化し、設計・調達・サプライヤーが一致団結できる新しいものづくり体制。

昭和のアナログ文化が根強く残る製造業だからこそ、現場起点で要件を掘り下げることの価値は計り知れません。

バイヤーを目指す方、現役バイヤーの方、またサプライヤーとしてOEM/ODMビジネスを推進されている方は、ぜひ「ユーザーシナリオによる要件整理」を“現場の共通言語”として取り入れてみてください。

結果として、より効率的で、ミスマッチのない、高付加価値なODMプロジェクトが実現できると確信しています。

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