投稿日:2025年9月10日

製造業における責任ある鉱物調達とSDGsとの関係

はじめに:製造業の責任ある鉱物調達とは

近年、世界的にサステナビリティ意識が急速に高まっています。
その中でも「責任ある鉱物調達(Responsible Mineral Sourcing)」が、製造業の現場では避けて通れない重要テーマとなっています。
責任ある鉱物調達とは、製品の製造に使用される鉱物が人権侵害や環境破壊、紛争の助長といった「負」の影響と結びつかないように、調達先や調達方法に配慮する取り組みを指します。

特に自動車、電子機器、機械、精密機器など多くの日本の主要産業においては、鉱物資源への依存度が非常に高いです。
一方で、鉱物の採掘現場(たとえばアフリカやアジアの発展途上国)では、児童労働や過酷な労働環境、違法採掘、資金が武装勢力へ流れる「コンフリクトミネラル(紛争鉱物)」問題が指摘されています。

責任ある鉱物調達の推進は、企業の社会的責任(CSR)や国連のSDGs(持続可能な開発目標)との関係も深く、もはや大手メーカーの調達方針としては必須となる状況です。

責任ある鉱物調達が注目される背景

紛争鉱物規制とグローバルサプライチェーンの複雑化

責任ある鉱物調達が近年急速に注目されるようになった背景には、欧米を中心とした法規制の強化が横たわっています。

代表的なものに、米国のドッド・フランク法に基づく「紛争鉱物開示規則(Section 1502)」や、EUによる「紛争鉱物規則(EU Conflict Minerals Regulation)」があります。
これらはタンタル、スズ、タングステン、金(いわゆる3TG)などを中心に、紛争に関与する鉱物の調達情報の開示を、一定規模以上の企業に義務付けています。

現代の製造業のサプライチェーンは、下請け、孫請けのレイヤーが何重にも絡み合い、原材料の出どこまでたどる「トレーサビリティ」に膨大な工数がかかります。
たとえば電子部品ひとつとっても、複数の鉱物が多国間で流通し、どこかの段階でリスクの高い産地や業者が混入しやすくなっています。

このため、調達購買部門だけでなく生産管理や品質管理、CSR担当との連携も不可欠となり、“見えないリスク”をどう可視化・管理するかが現場の大きな課題です。

SDGs時代の企業価値とリスク管理

SDGsの達成が世界的な共通価値となる中、鉱物調達問題は“企業の競争力”や“選ばれる存在”であるための新たな軸となりました。
とくに下記のSDGs目標と深く関わっています。

– 目標8:働きがいも経済成長も(強制労働や児童労働の撲滅)
– 目標12:つくる責任 つかう責任
– 目標16:平和と公正をすべての人に

投資家、エンドユーザー、BtoBでの取引先企業も、調達方針の透明性や倫理的なものづくりを強く求めています。
責任ある鉱物調達は、グローバル市場での取引維持・拡大、サステナビリティ経営へのコミットメントが企業存続の条件といえる状況になっています。

製造業現場からみた鉱物調達のリアルな課題

アナログ文化が根強く残る調達現場

実際の製造業の現場では、業界慣習や長年の取引関係、紙ベースの管理など、いわゆる“昭和型の調達文化”が根強く残っています。
サプライヤー情報や仕入先履歴は未だにFAXや手書き帳票、エクセル伝票で管理されていることも珍しくありません。

一方で、上流であるEMS(電子機器受託生産)や部品メーカーは、日本国内だけでなく中国や東南アジアなど海外拠点へ広がっています。
コスト優先や短納期化プレッシャーの中、サプライチェーン全体のトレーサビリティ確保やリスク管理までが現場で追いきれていないのが実情です。

サプライヤーリスク評価の難しさ

海外サプライヤーから部品・材料を仕入れる際、リスク評価や情報収集の基準がサプライヤーによってまちまちです。
たとえば
– 鉱山の認証取得の有無(RMAP等)
– コンプライアンスに関する調査表の記入率や正確性
– 追加質問や監査に真摯に対応する姿勢

などを見極める必要がありますが、規格や体制が未整備の中小サプライヤーも多く、一筋縄ではいきません。
また、複数レイヤーにまたがる孫請業者のリスク管理は実務的には非常に困難です。

コストとスピードとのジレンマ

鉱物のサステナブル調達は理想だと分かっていても、現場には“コストを抑えろ”“リードタイムを短縮しろ”という現実的プレッシャーが常にかかります。
責任ある調達に取り組むために、調達プロセスが複雑化・長期化することで、生産計画や納期管理に支障が出ることもあります。

そのため現場としては「SDGsやコンプライアンスは重要だが、まずは生産ラインを止めない」ことが優先され、理想と現実の間で調達担当者が板挟みになることも少なくありません。

製造業の調達購買現場で実践すべき取り組み

サプライヤー・ダイバーシティと適切な選定

信頼できるサプライヤー選びが責任ある鉱物調達の要です。
単一ベンダー依存やコストのみの比較はリスクを高めます。
多様な選選択肢を持ち、サプライヤーのレーティングやリスク評価を多面的に実施することが重要です。

たとえば大手ではRFI(情報提供依頼)、自己査定アンケート、監査などを段階的に実施し、負の情報が報告された場合の即時取引停止ルールも明確化しています。
中小企業では現地視察や定期的なWeb面談を通じた信頼関係の構築が有効です。

デジタル化・可視化で業務効率と透明性をアップ

アナログ慣習の残る調達現場でも、デジタル化は不可避です。
最新の調達管理システムやサプライチェーン管理(SCM)ソリューションを導入することで、取引履歴やコンプライアンス状況を可視化でき、鉱物の出どこ管理(トレーサビリティ)も一気に推進できます。

たとえばブロックチェーン技術や、グローバルでのサプライヤーデータベースとの連携により、鉱物の採掘~入荷までの情報追跡が現実味を帯びてきます。

デジタル化は属人的な作業のミスや漏れも減らし、結果として現場全体の品質・スピード・コストの最適化にも貢献します。

教育・社内浸透とインセンティブ設計

調達担当や現場作業者に“なぜ責任ある調達が必要なのか”をしっかり教育することが、現場改革の第一歩です。
SDGsや鉱物問題の本質、グローバル調達のリスクについて定期的な勉強会やeラーニング、現場事例の共有などを行いましょう。

さらに、責任ある調達を実践することで“現場が利益を得ている”“納期厳守や評価向上につながった”といった成功事例をその都度全社共有することで、ポジティブな動機づけにもなります。
社内表彰やインセンティブも効果的です。

サプライヤーの立場で考える、バイヤーが求めていること

サプライヤー目線では、バイヤー(発注側)からどのような対応や姿勢が求められているのかを理解することが、選ばれるパートナーになるカギです。

特に次のようなポイントが必須となります。

– コンプライアンス(紛争鉱物フリー証明、第三者認証の取得状況、透明性の高い情報開示)
– トレーサビリティ(履歴管理、迅速な情報提供)
– イノベーション(環境配慮型の原材料やリサイクル材の活用提案)
– コミュニケーション(受動的でなく、積極的な改善提案)

これらを地道に実践することで「安心して任せられる取引先」としてバイヤーから評価が高まり、長期的な取引や新規案件獲得のチャンスにもつながります。

まとめ:製造業が発展し続けるためには「責任ある鉱物調達」が新しい常識に

責任ある鉱物調達は、単なるCSR活動にとどまらず、グローバル競争を勝ち抜くための必須条件になっています。
サステナビリティやSDGsを土台としつつ、現場のリアルな課題やアナログ文化も乗り越え、デジタル化・可視化・教育による全社的な連携と改善が大切です。

調達担当、購買担当、生産管理・品質管理部門、サプライヤー各社が一体となり、
「ものづくりを“つくる責任・つかう責任”でより進化させる」。
これこそが日本の製造業が世界で信頼され、成長を続けていく“新しい当たり前”となるはずです。

調達現場の一員であるあなた自身の行動が、SDGs達成や持続可能な未来をつくる重要な一歩となります。

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