投稿日:2025年9月4日

過剰なセキュリティ要件で取引コストが急増する課題

はじめに ― 製造業におけるセキュリティ要件の高まりと課題

デジタル化が急速に進む現代の製造業界において、情報セキュリティの考え方はもはや無視できない重要テーマとなっています。
サプライチェーンがグローバル化し、IoTやクラウドサービスの導入が進む中で、取引先から求められるセキュリティ要件は年々厳格さを増しています。
一方で、こうした過剰なセキュリティ要件が、実際の現場でどれほどの負担やコスト増につながっているのか、十分に議論されているとはいえません。

特に昭和のアナログ体質が根強く残る日本の製造業においては、ITガバナンス強化の波と、現場の実態とのギャップに多くの企業や現場担当者が悩みを抱えています。

本記事では、製造メーカーをはじめとしたバイヤー、サプライヤーの現場目線で、過剰なセキュリティ要件が生み出す課題や、その根本要因、そして現実的かつ実践的な対応策について、ラテラルシンキングで深く掘り下げて考察します。

現場を悩ませる“過剰な”セキュリティ要件とは?

現場の声が届かない、セキュリティ要件の“上から降ってくる”現実

最近の調達現場では、製品・部材を発注するごとに、個人情報保護や情報漏洩対策、データ暗号化など、多岐にわたるセキュリティチェックリストの提出や監査が求められます。
GDPRやサイバーセキュリティ基本法など、グローバル基準への対応も日常業務に組み込まれつつあります。

ですが、現場では「なぜこの厳しすぎる要求が必要なのか」「本当にリスクに直結するのか」と疑問の声が多いのが実情です。

本社や親会社のコンプライアンス担当から下される“全社一律”の要件が、機密性の低い製品ラインや、受託加工部門、工場の用途まで適用されてしまい、業務効率が著しく低下しています。

“必要十分”より“過剰”がまん延する背景

なぜこうした過剰防御型のセキュリティ要件が生まれるのでしょうか。
要因は主に2つあります。

一つは、サプライチェーン全体のセキュリティ事故が一社の経営を揺るがす時代になったこと。
もう一つは、“コンプライアンス部門の責任逃れ”文化が根強く、「やり過ぎて困ることはない」「万一を想定して最も厳しい基準に合わせておけばいい」という思考がまん延している現実です。

つまりリスク評価や現場ヒアリングといった“調整や合理化の努力”が十分になされず、全てを最高レベルの要件で包もうとする傾向が年々強まっています。

過剰なセキュリティ要求が引き起こす取引コスト増加の実態

サプライヤー側に発生するコスト増の典型例

例えば、小規模サプライヤーが大手メーカーとの新規取引を始める際、ISMS認証の取得や、複雑なセキュリティ監査対応、数十個にも及ぶポリシー順守確認書の提出が求められることが一般的になっています。

このため、新規投資として…
・専門コンサルやITエンジニアの外部招へい費用
・社内研修や運用体制作りの人件費
・書類作成や審査対応に割く工数

こうした間接費用が加算され、以前であれば即日発注できていた業務が、数か月~半年以上“準備期間”として浪費され、多くのチャンスロスを生み出しています。
更にこれらのコストは価格転嫁が難しいため、利益率を圧迫します。

バイヤー側に跳ね返る“隠れコスト”

一方、バイヤー側にも“隠れコスト”が存在します。
例えば厳格すぎるセキュリティ要件を課した結果、条件を満たせるサプライヤーが減り、市場選択肢が著しく狭まってしまう現象です。

結果として…
・仕入れ先が寡占化し、価格交渉力の低下
・納期遅延や品質不良発生時の迅速なリカバリー困難
・過度な書類・監査応対に調達部門の稼働が奪われ、本来のコア業務が停滞

特にDX化推進や、半導体供給危機のような“スピード重視の調達”が生き残りのカギとなる時代には、バイヤー自身が自縄自縛に陥る危険性をはらんでいます。

昭和型アナログ現場が抱える“ギャップ”と今後の展望

「紙・押印主義」に立ち塞がるデジタル評価の壁

日本の多くの製造業では、見積書や発注書、検査記録など、今でも紙・押印文化が支配的です。
こうした現場では、最新のセキュリティ要件(たとえば、システム間連携の自動監査や、クラウド上でのデータ一元管理)を導入するために、まずどこから着手すればいいのか、担当者レベルでは見当もつかないことがしばしばです。

昭和からの現場力や“阿吽の呼吸”で回ってきた業務フローほど、デジタル移行との乖離が拡大し、セキュリティ監査項目の“穴”を指摘され続ける悪循環が起きています。

中小企業や地域企業におけるハンディキャップ

特に多重下請構造の中で“層”が深い日本の製造業では、資本力やIT人材をなかなか確保しないまま、都市部の大企業と同等基準のセキュリティ要件が求められています。

事実、こうした要件が障壁となって新規取引を諦めたり、既存の取引継続を断念せざるを得ない中小サプライヤーが増加しているのです。
これが“製造業空洞化”や、地方経済の衰退を加速させる一因になっていることを忘れてはいけません。

ラテラルシンキングで考える“過剰防御”からの脱却法

1. リスクベースアプローチへの転換

まず重要なのは「すべて同じレベルのセキュリティ」を求めるのではなく「リスクに応じた要件設定」へ評価軸を変えることです。
例えば、量産汎用品を納品するだけのサプライヤーに顧客データ暗号化やISO27001の取得を求めることは、果たして本当に合理的なのでしょうか。

現場と管理部門、IT部署が協働し、
・取引ごとのリスクを可視化・分類
・業界ガイドラインや第三者認証を活用した“差別化対応”
・万一時の影響度を定量評価

こうしたアプローチこそ、“ムダな縛り”をなくしつつ必要部分には注力できる道筋となります。

2. “アナログ文化”の価値見直しと段階的デジタル実装

紙によるダブルチェックや人手介在による確認文化が、実はサイバー攻撃などの“外的脅威”から守るバリアにもなっているケースもあります。
一方で、非効率や属人的な運用は一定程度排除すべきです。

まず重要なのは、
・現場に寄り添ったIT導入(ミニマムスタート)
・“紙と電子”のハイブリッド運用期間を設け、小さな成功体験を積む
・“守るべきデータ”と“そうでないモノ”を明確化し、優先度を持たせる

“急激な文化切り替え”ではなく「現場と一緒に考え抜く」ことが、製造業におけるDX推進の鉄則です。

3. サプライヤー目線を取り入れた要件協議プロセス

極力現場目線で、「サプライヤー側が選ばれやすい、継続したい」と感じるセキュリティ要件であるべきです。

そのためには
・調達先とのパートナーシップに基づく“要件説明会”の開催
・標準化された簡便な自己診断シートや教育ツールの提供
・“ホワイトリスト”型(一定基準クリアで他案件転用OK)の運用ルール化

従来の“一律チェック・押し付け”型から、“相談型・共創型”セキュリティ運用へ転換し、両者のコスト・労力を下げる仕組み構築が不可欠です。

まとめ ― 適切なセキュリティが取引コスト・関係強化のカギ

過剰なセキュリティ要件は「何も悪いことをしていない現場」にこそ、大きな負担をかけています。
結果として、コスト増だけでなく、調達の柔軟性や現場力の低下という副作用も生み出しています。

製造業の持続的な発展のためには、「リスクベースで考え直す」「現場の知見と交わる」「段階的な運用移行」「パートナーシップ重視のコミュニケーション設計」という新しい地平線が必要です。

本記事が、製造業の現場・調達担当者・サプライヤーの視点をつなぎ、より実践的で、無理なく続けられる“ちょうどいい”セキュリティ運用へのヒントになれば幸いです。

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