投稿日:2025年12月7日

保管料が想定以上に増える在庫偏重のリスク

はじめに:在庫偏重が生む見えないコスト

製造業の現場で「在庫」と聞いて、どのような印象を持つでしょうか。
生産計画の柔軟さを保つため、顧客からの突発的な需要増加に即応するため、または仕入れ価格を抑えるためにまとめ買いをする──こうした判断で在庫を積み増すケースが後を絶ちません。
しかし、在庫には日々じわじわと増大する「保管料」という見えづらいコストが存在します。
現場での管理職経験からも、在庫偏重がどれほど実際の利益を圧迫し、サプライチェーン全体にリスクを生んでいるか、その実例を数多く目の当たりにしてきました。

本記事では、在庫重視がなぜ保管料という落とし穴を生みやすいのか、その背景とリスクを、現場目線で解説します。
さらに、見落とされがちな保管コストの内訳や、昭和から続くアナログな在庫管理パターン、ニューノーマルに対応した変革のヒントまで、ラテラルな視点でお伝えします。

在庫は「資産」か「負債」か? 製造業に染み付いた先入観

在庫の持つ二面性:便利さと潜むリスク

日本の製造業では、「在庫を持つことは安心につながる」といった文化が根強く残っています。
私自身も工場長として、「とりあえずこの部品は多めに取っておこう」と考えた経験があります。
たしかに顧客対応のスピードアップやラインストップの回避につながり、一時的なトラブルには強くなります。

しかし、在庫は「売れるまでお金に換わらない資産」であり、長期間眠ることで価値を失いかねない「負債」でもあります。
一度膨らんだ在庫は意識しないと減らせず、その裏側でじわじわとコストを膨らませます。
これこそが、製造現場の慢性的な利益圧迫要因です。

保管料=倉庫代だけではない

在庫にかかる保管料と聞くと、「倉庫賃料」「荷役費」「フォークリフト維持費」など、物理的なスペースのコストだけが思い浮かびがちです。
実際には、さらに深刻なコストが潜んでいます。

– 棚卸や在庫管理に必要な人件費
– 廃棄ロス、棚卸損失(期限切れ・型落ち・劣化品)
– 棚卸資産にかかる税負担や減価償却

「倉庫が広くなればコストアップ」と単純に捉えがちですが、実は人的リソースや会計面での負担が最も大きなダメージになっています。

アナログ在庫管理の限界と業界の課題

未だに根強い“エクセル管理”・“現場目視”の現実

令和の時代になっても、製造業現場の多くではまだ「伝票」「エクセル」「現場担当者の目視管理」といったアナログな運用が残っています。
– 伝票入力のタイムラグで在庫が合わない
– 部材を探して構内を歩き回る無駄なロス
– 個人頼みの“職人技”で在庫問題を先送り
私の現場経験でも、「あの担当者が長期休暇だと棚卸しが回らない」といった危機感が常にありました。

IT化・自動化の遅れが原因で正確な在庫数の把握が遅れ、結果として“多めに持っておく”という行動パターンに陥りやすくなります。
これこそが、在庫偏重の根幹的な原因です。

日本の製造業特有の “品質神話”が在庫増のトリガーに

納期遅延や不良品発生を極端に恐れる風土も、在庫を積み増す圧力になります。
「サプライヤーからの遅延を自社在庫でカバーしよう」
「万一の品質トラブルのため、多めに持っておこう」
品質や納期厳守は重要ですが、それが無意識に“過剰な安全在庫”を生み、毎月の保管コストを膨らませています。

保管料はなぜ見えづらいのか?

経理・管理系コストの「割り勘方式」が落とし穴

多くの現場では保管料を「生産コストの一部」として一律配賦(割り勘)しています。
倉庫費用も全製品に一括で計上するため、「どの商品がどれだけコストを押し上げているのか」が意識されていません。

極端な例ですが、回転の早い在庫(=売れ筋)と、ダブつく不良在庫とで、“割り勘”で保管料を負担してしまうのです。
この構造が「悪い在庫」(余剰・滞留在庫)の“隠れ蓑”となり、経営層の注意が向かないまま在庫偏重が繰り返されます。

目先の「物理的スペース」だけにとらわれるリスク

現場では「とりあえず倉庫に入るから大丈夫」「荷物を積んでおけるから問題ない」と思いがちです。
しかし、物理的スペースに限りがあるため、積み上げ式で奥に放り込まれたり、古い在庫から順に“死蔵在庫”と化します。

この「数字には見えてこないコスト」こそ、昭和的体質から脱却できない大きな壁です。

在庫偏重が引き起こす重大リスク

キャッシュフロー悪化、経営環境の急変に耐えきれない

在庫を持つ最大のリスクは“キャッシュが寝てしまう”ことです。
数カ月後に売れるか不透明な商品や部品に、先に資金を投じてしまうため、突発的な原価高騰・販売不振があれば即経営を圧迫します。

実際にリーマンショックやコロナ禍の際、多くの製造業が“売れない在庫”に資金を取られ、資金繰り難に追い込まれました。
「やっぱり在庫は怖い」と現場でも実感が広がったものの、根本的な“多めに準備する体質”がなかなか変わっていません。

品質事故や部材規格変更で「全損リスク」も

今や不良品やリコールの発生サイクルは短期化し、サプライヤー側での規格変更、材料価格の大幅変動も珍しくありません。

そんな中、在庫を極端に持ったまま“仕様変更”や“生産中止”に及ぶと、積み上げた資産が一夜で廃棄(全損)となるダメージは甚大です。
こうした“例外”も、実は保管コストの中に組み込んで考えなければいけない損失です。

サプライヤーとの信頼関係にヒビが入る要因にも

在庫偏重の結果として「最後は値引きで売り切るしかない」「サプライヤーに返品を迫る」「納期短縮で追加発注」といった行動が蔓延すると、
サプライヤーとの関係悪化や信頼損失にもつながります。

コストダウン交渉ばかりが強調される中、在庫偏重体質を見直し、正確な需要予測・在庫削減の努力を見せることが、長期的なビジネスパートナーシップの鍵となります。

バイヤー目線で見る「賢い在庫管理」とは

デジタル活用による在庫“見える化”の第一歩

近年、多くの企業で“在庫管理システム”や“WMS(倉庫管理システム)”の導入が進みつつあります。
ハンディターミナルやQR/RFIDタグ利用によって、リアルタイムに「どこに・何が・どれだけあるか」の把握が格段に進みました。

バイヤーの立場から言えば、「本当に今必要なものだけ、必要な分だけ調達する」ためには、“現場の在庫の可視化”が欠かせません。
サプライヤーからのリードタイム短縮も、「デジタルで需要をタイムリーに伝える」ことで実現し、ムダな在庫積み増しを抑えられます。

業務フロー刷新、現場ヒアリングの徹底を

ただ単にITを入れるだけでは、蓄積されたアナログ文化がすぐに変わるわけではありません。
現場の担当者・ラインリーダーと徹底的にヒアリングを行い、「なぜ今この在庫が必要なのか」「どんな時に多めに発注しているのか」の背景を丹念に掘り下げましょう。

例えば「発注が遅れると現場が止まるから」というオペレーション上の課題であれば、発注フロー自体の短縮や、受入検品体制の見直しが有効です。
調達と現場・品質部門がタッグを組み、ボトルネックを見極めて改善する流れをルーティン化することが肝要です。

“見えないコスト”を数値で見える化する発想を持とう

保管料のインパクトを全社で共有するために、「全社棚卸日」の際には実際の最終在庫数×保管単価を計算し、四半期ごとに経営層と現場で共有することを強く推奨します。

– 1日当たりの在庫コスト
– デッドストックの損失額
– 保管料が粗利をどれくらい食っているか

こうした“目に見える数字”に落とし込んで初めて、「どれだけの負担になっているか」が実感できます。

サプライヤー視点でバイヤーの思考をトレースする

サプライヤーの立場からすれば、「なぜバイヤーは急に減らしたがるのか」「なぜ厳しい納期を求め続けるのか」と不満に思うことも多いはずです。
しかしバイヤーも、積み上がる在庫コスト・保管料による経営インパクトを強く意識しています。
したがって、サプライヤーとしては
– こまめな納期調整提案
– 最小発注ロットの柔軟化
– デジタルでの情報連携
などでバイヤーの「在庫抑制ニーズ」に積極的に応えることが、長期取引の信頼につながります。

“売れた分だけジャストインタイムで出荷してほしい”という声には、適時対応できる生産フローの再構築やデジタル連携の強化で応じましょう。

まとめ:見えないコストにアンテナを立て、昭和思考から脱却する

在庫偏重の背景には、“念のための安心”を求める昭和的感覚や、IT化の遅れ、経営上のコスト意識の希薄さが複雑に絡み合っています。
保管料という「見えないコスト」に気づかずにいると、知らず知らずのうちに企業体力がじわじわと削がれていきます。

これから求められるのは、デジタル技術による在庫見える化、全社レベルでのコスト意識共有、現場起点の業務プロセス刷新です。
調達購買・バイヤー・サプライヤーが一丸となり、在庫管理を“生きた資産”へと進化させていくことが、日本の製造業発展の大きなカギとなるでしょう。

現場で働くすべての方に、「在庫には保管料という見えないリスクがある」ことを、今一度強く認識していただきたいと思います。
昭和体質から一歩抜け出し、“本当に利益を生む現場”への変革に、今こそ舵を切りましょう。

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