投稿日:2025年9月22日

属人化が進んだ設計業務で開発リードタイムが長期化するリスク

はじめに:なぜ設計業務は属人化しやすいのか

製造業の現場で20年以上にわたり調達、購買、生産管理、品質管理に携わってきた私の目から見ると、設計業務の属人化は今もなお多くの現場で深刻な問題となっています。
何十年も続く業界の慣習や、職人気質が色濃く残る文化、「図面はベテランだけが理解できる」という状況が、デジタル化が進む今も根強く残っています。

属人化とは、一部の担当者しか分からない知識やノウハウが蓄積され、他のメンバーや後継者への引き継ぎが難しい状態を指します。
設計部門では特にこの傾向が強く、「〇〇さんしかあの図面の仕様はわからない」「設計変更は担当者への確認が必須」といった声が日常的に聞かれます。

この記事では、こうした属人化が開発リードタイムの長期化や最終的な納期遅延、品質トラブルへと発展するリスクを具体例を交えて解説します。
さらに、経験に基づく抜本的な解決策についても、実践的な観点から深掘りしていきます。

属人化した設計業務が引き起こす現場の問題点

1. 図面や仕様書のブラックボックス化

特定の担当者の頭の中だけにある仕様、非公式な設計ルール――昭和から続くアナログな設計手法では、図面や仕様書が必ずしも完全で分かりやすいものではありません。
ベテランが自らの経験と勘で決めてしまうケースが多く、いざ異動や退職となると図面や設計意図が引き継がれず、ブラックボックス化してしまいます。

現場では、「どの板厚が正解かわからない」「この寸法公差は何を根拠に決まったのか不明」といった混乱がしばしば起こります。
この状態が続く限り、設計変更時のリスク、品質トラブル時の原因究明の遅れ、新規メンバーの教育コストの肥大化など、様々なマイナス要因が積み上がっていきます。

2. 開発リードタイムの長期化と納期遅延

設計における属人化の最も大きな問題は、開発リードタイムが極端に長引くことです。
例えば新規案件で設計担当者しか分からないノウハウが必要な場合、進捗がその人ひとりの手に依存してしまいます。
他部門との連携や外部サプライヤーとの折衝も、その担当者を経由しなければならず、意思決定のスピードが著しく低下します。

また、突然の退職や異動、長期休暇によって設計担当者が不在になった場合、設計プロセスが完全にストップしてしまうリスクも大きいです。
「後任が理解できるまで開発が進められない」「過去の類似設計を調べるのに膨大な時間がかかる」といった問題が、納期遅延や顧客満足度の低下を引き起こします。

3. サプライヤーやバイヤーとの不信感・取引コスト増加

工場の調達・購買担当やサプライヤーの立場からすると、設計が属人化している現場は非常にストレスフルです。
「この仕様書では現実的なコスト見積もりができない」「担当者が不在だと質疑応答が進まない」など、見積や調達交渉のたびに膨大な手間と時間がかかります。

属人化した設計現場との取引は、サプライヤーにとって「リスクが読めない相手」となり、場合によっては価格が上乗せされる要因にもつながります。
バイヤーとしても、効率的なサプライチェーン構築やコスト低減活動を阻害し、競争力低下を招く結果となります。

なぜ属人化は「解消できない」と思われがちなのか

「設計は職人芸」「個人の力量が全て」。
こうした意識は、実際に現場を支えてきたベテランのプライドや自負と結びついています。
デジタル化やITツールの導入を進めようとしても、「自分のやり方が一番効率的だ」「昔からこれでやっているから大丈夫」といった反発や無関心に直面することが多いです。

また、設計自体が高度な判断を要し、毎回オーダーメイドの要素が強いことも一因です。
定型化しきれない部分が多く「標準化は不可能」という固定観念が根付いている現場が少なくありません。
ここに、事務系業務と比べて設計部門にDXの波が及びにくい構造的要因があります。

属人化を打破するための現場主導のアプローチ

1. 設計ナレッジの体系的な見える化・標準化

まず最初に取り組むべきは、「図面・仕様の知的財産化」です。
過去の設計や試作、失敗・成功事例をナレッジとしてストックし、誰でも参照できるようにすることが重要です。

その際、単なる図面やデータの保管に留まらず、設計者の意図や判断の根拠まで文章や動画で残す「設計ノート」づくりが有効です。
たとえば、なぜこの公差を設定したのか、なぜこの材質を採用したのかを一つ一つ記録するだけで、後継者や他部門が理解しやすい設計資産になります。

業務フローの標準化、設計手順のマニュアル化、3D-CAD・PDM(製品データ管理システム)の活用による「誰が見ても分かる設計情報」へのシフトが、リードタイム短縮と品質安定に直結します。

2. 設計レビュー・クロスファンクショナルな現場連携の強化

設計属人化から脱却するには、部署横断・階層横断で設計をチェックし合う文化を根付かせることが効果的です。
月1回の設計レビュー会議を設け、設計者本人以外のメンバー、製造・品質・調達の担当者、時には仕入先サプライヤーまで巻き込んだ意見交換・改善提案を推進しましょう。

設計を可視化し、疑問点やリスクを事前に共有しておくことで、「担当者しか知らない」状態を解消できます。
さらに、若手や中堅技術者を積極的にローテーションさせることで計画的な技術継承にもつながります。

3. IT・DX化への段階的な取り組み

設計業務は全てを一度にデジタル化できるものではなく、最初は紙図面のデータ化やナレッジの電子化から始めてOKです。
重要なのは、小さな変革からでも現場全体で「見える化」「共有化」の気運を高めることです。

PDM(Product Data Management)の導入や、クラウド上での設計データ共有は、たとえ昭和的な現場でも今や大げさな投資をせずとも実現可能です。
ベテラン設計者の協力を得るために、IT化が属人技の価値をゼロにするものではなく、「より効率よく後世に技術を残し、会社全体の利益につながる」ことを丁寧に説明し続けることがポイントです。

属人化の解消がもたらすサプライチェーン全体への好循環

属人化からの脱却は設計部門だけの話ではありません。
図面や仕様が万人に分かりやすくなれば、調達購買のバイヤーやサプライヤーとの意思疎通が圧倒的にスムーズになります。
見積もり・QCD(品質・コスト・納期)交渉の精度が向上し、リードタイム短縮、コストダウン、品質安定の三拍子が実現します。

社内の他部門はもちろん、サプライヤーも早期段階から技術提案やコスト分析に参画しやすくなり、Win-Winの関係構築が可能です。
特にグローバル調達や部品共通化、サプライヤー複数化など、今後の製造業が生き残るために必須の戦略に大きなアドバンテージが生まれます。

デジタル化が進む欧米メーカーと比べ、属人化リスクの高い日本の製造業は今まさに転換点です。
現場主導で少しずつでも改革に取り組むことが、将来の競争力につながるのです。

まとめ:属人化のリスクを力に変える現場改革を

属人化した設計業務がリードタイム長期化や納期遅延、品質リスク、調達コスト増大に直結する現状は、製造業にとって深刻な課題です。
「それはうちの現場では無理」「今更デジタル化は難しい」と諦めず、現場の知恵とラテラルシンキングで新たな地平線を切り拓くべきタイミングにいます。

技術の可視化、標準化、レビュー文化の定着、そして小さなIT化の積み重ねが、最終的には全社の価値創造、サプライチェーンとの協業強化への大きな一歩となります。

本記事が、現場で日々格闘する製造業の皆様や、バイヤー・サプライヤー担当者の皆様にとって、「属人化は変えられる」「今こそ変革を始めよう」というきっかけとなれば幸いです。

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