投稿日:2025年12月8日

寸法ばらつきが設備の温度条件で決まることに気づかない危険性

はじめに:なぜ“設備の温度”が無視されやすいのか

製造業の現場で、寸法ばらつきの原因と向き合った経験がある方は多いはずです。

図面や作業標準書を見直し、工具や金型の管理に気を配り、測定器の精度にも神経をとがらせる。
しかし、それでもなお不思議と寸法ばらつきが収まらないことがあります。

筆者は工場長時代、多品種少量生産の現場を管理しながら数々の品質異常と向き合ってきました。
その中でも何度も見落としかけた“落とし穴”が「設備の温度条件」です。

この見落としは致命的な品質不良や、思わぬコスト増、さらには取引停止にもつながりかねません。
この記事では、現場目線で実際に遭遇した事例や業界あるある、そして今こそ意識改革が必要な「温度管理」にフォーカスします。

昭和型アナログ現場の“常識”が、今やリスク

製造業の多くの現場では、「昔からこのやり方で問題ない」という考え方が根強く残っています。

たとえば、旋盤やフライス盤、射出成形機、プレス機械など、どの設備でも、「正常に動いている」「異音がしない」「ベテラン作業者が調整したから問題ない」と思いがちです。

実際、「温度で寸法が変わるのは当然。でも現場は暑いし、どうしようもないんだよ」という声もよく耳にします。
しかし、その“当然”が許容できる範囲を越えることがあります。

特に夏場、工場扉の解放や換気などで外気温と連動して設備本体が膨張・伸縮し、微妙な寸法ばらつきを引き起こすケースも多数報告されています。
このリスクは年々求められる品質精度が高くなる今、無視できません。

古い現場で起きやすい“温度見落とし”の実例

筆者の工場でもかつて、朝イチと昼休憩明けで寸法測定値が大きくズレる現象が発生しました。
原因は、夜間と昼間の温度差により設備が膨張・収縮していたことと、測定器そのものの温度順応が遅れていたことでした。

とくに古い現場のあるあるですが、エアコンのない工場や強制換気のみの空間では、設備温度は外気に大きく引っ張られます。
毎日少しずつ変動し、その蓄積が「何となくバラつく」原因になっていたのです。

なぜ設備温度が寸法ばらつきに直結するのか

金属加工、樹脂成形、精密組立など、ほとんどの製造現場で部品や製品の素材、設備、治工具は温度による膨張や伸縮の影響を受けます。

いわゆる“熱膨張”は、材料ごとの線膨張係数によって異なります。

たとえば、鉄鋼の場合、約0.012mm/m・°Cです。
1mの鉄の棒が10℃上昇すると0.12mmも長さが変わります。

これが微細加工や公差±0.01mmの要求にさらされると、製品品質に直結する大きな問題になります。

さらに、設備本体だけでなく、治具や測定器にも同じ課題が発生します。

つまり、
・設備自体が温度で変形する
・冶具も温度で変形する
・測定器も温度で変化する
・ワーク(製品)も当然同じ
それぞれが合算してバラつきを生み出すのです。

“温度順応”の管理不足が招く落とし穴

部品を外部調達した際や、屋外から搬入した材料をすぐ加工に回した際、「温度順応」させなかったために寸法不良の温床となった例もあります。
また、検査室はエアコンで管理しているのに、加工機は無管理という現場も珍しくありません。
この“環境差”がズレを生み、気づかぬうちにバラつきが拡大します。

調達・バイヤーこそ知るべき“温度管理”の観点

調達バイヤーが購買先を新規選定する際、「品質管理」「工程管理」とはよく聞きますが、「温度管理の仕組み」まで立ち入ってヒアリングすることは多くありません。

しかし、現場レベルで温度管理ができていなければ、どれほど設備や管理帳票が整っていても安定した品質は維持できません。

取引先評価や監査の際は「品質保証体制」だけでなく、「設備温度や環境条件の管理ルールはあるか」「寸法測定はどのタイミングで、どこで行っているか」を必ず確認することをお勧めします。

また、自社内の生産技術部門や製造部門に対しても、「夏場・冬場での寸法バラつきデータ」を可視化することで“想定外リスク”の洗い出しができます。
この観点は、グローバル調達や多拠点生産が進む中でますます重要性を増しています。

サプライヤーも“温度起因のバラつき”対策を

サプライヤー側のものづくり現場でも、「温度を見る文化」「設備や治具の温度起因のバラつき分析」が根付いている現場は、実はそれほど多くありません。
たとえば、
・土曜日は寸法が良いのに、月曜日は不良率が高い
・同じ設備、同じ材料、同じ作業者でなぜかバラつく
こうしたケースは、「温度」と「測定誤差」を疑うことが肝要です。

目に見えないものほど、「きちんと見える化」して管理・記録することが大切です。

簡単なチェックリスト・デイリー管理のすすめ

サプライヤー、バイヤー問わず、温度管理の入口として以下のチェックリストを活用してみてください。

1. 加工・組立設備の設置場所/付近温度を日々記録しているか
2. 毎日同じ時刻で寸法測定を行い、数値の推移をグラフ化しているか
3. 測定器を使う場所(検査室・現場)での「温度順応」時間・ルールを定めているか
4. 業務終了後や連休明けの設備温度上昇・下降を前提にした段取りを組んでいるか

こうした小さな積み重ねが、不良率・クレームの激減、ひいては利益率の向上につながります。

最新鋭工場に学ぶ“温度制御”の新常識

IoTやスマートファクトリーが進む近年では、設備温度・室温・湿度をセンシングし、常にモニタリングする仕組みが急速に導入されています。
異常を検知したら即アラームで担当者に通知し、加工条件自体を自動調整する事例も増えています。

中堅・中小現場でも、安価なIoT温度ロガーを活用し、
・設備ごとの温度経緯
・製品ごとの測定値ログ
を残しておくことで、後工程・顧客へのエビデンス提出まで可能です。

昭和から続くアナログ文化の現場では、こうした技術の導入に抵抗が根強いですが、「バラつきゼロ」の実現には欠かせない課題です。

温度管理導入への“現場の壁”をどう超えるか

・「そんな面倒なことやってられない」
・「今まで問題なかったから」
という声を乗り越えるには、経営層自らが「温度管理は“利益”を守るため」と発信し、小さな成功事例(不良率減、コスト減など)から逆算して活動を拡げていくのが有効です。
現場作業者・管理者自身が、過去の苦い経験や損失事例を“再現性ある改善”につなげていく ―
これこそ製造業が昭和を脱却し、世界で戦うカギとなります。

まとめ:寸法ばらつきと温度管理、“今すぐ始める”ことが未来を変える

寸法ばらつきは設備や材料の精度だけで生じるものではありません。現場環境、特に温度管理こそ、品質と利益を守る本質的課題です。

バイヤー、調達担当、サプライヤー、現場管理者、すべての立場の方に今一度考えてほしいのは、
「温度を制すものが、ものづくりを制す」
という事実です。

今日から現場の温度計測を始める。
毎日の寸法測定ログを“温度”と紐づけて残す。
小さな一歩を積み重ねることで、“気づかなかった危険性”を未然に防ぎ、製造業全体の底上げに貢献することができます。

寸法ばらつきに悩むすべての技術者・バイヤーの方々が、“温度”という切り口で新たな品質マネジメントの一歩を踏み出すことを心から願っています。

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