投稿日:2025年12月5日

良品と不良の境界線が製品より“人の感覚”に依存する危険性

はじめに:現場が抱える「良品」と「不良」の曖昧な境界

製造業の現場に長く身を置いていると、「良品」と「不良品」の線引きに常に頭を悩ませる場面に何度も遭遇します。

本来であれば、寸法や外観、機能など、品質基準が数字や明確な定義として定められているはずです。

しかし実際には、その境界線が「人の感覚」に大きく左右されている現場が数多く残っています。

今回は、この“人の感覚”に依存する危険性と、その背景・課題・今後求められる対応について、現場経験者の視点から深掘りします。

なぜ「人の感覚」による判定が発生するのか

標準・帳票は整備されているのに「なぜか違う」理由

製造現場では、品質管理や検査基準書、作業標準書などが整備されています。

誰が検査しても同じ基準となるように、厳密に書かれているはずです。

しかし、実際の製造ラインや出荷前検査の現場では、ベテラン検査員と新人、日勤と夜勤など、人や時間帯によって判定結果が微妙に異なる現象が起きています。

これは、曖昧な表現が残っていたり、「これは感覚で判断」と暗黙の了解があったりするためです。

さらに、普段あまり不良が出ない熟練工場だと「これぐらいなら大丈夫だろう」と現場の判断が優先されがちになります。

アナログ文化と「現場力」への過信

昭和時代に作られた多くの工場では、「五感」に頼るベテランの現場力が評価されてきました。

音や匂い、手触り、見た目の艶加減など、現場独自のノウハウと職人気質が品質判定の根底にあります。

確かに長年の経験値は貴重ですが、それが「基準よりも人」になっては、担当者が変わるたびに合否のバラツキが発生する重大なリスクにつながります。

「合格数」を優先した隠れたインセンティブも背景に

一方で、現場や会社としては納期優先・歩留まり向上のプレッシャーも強く存在します。

通常より厳しく判定して不良品を多発させれば「生産が止まる」「納期遅延」「コスト増」というリスクがつきまといます。

こうした背景の下、本来なら「グレーゾーン」は不良とすべきものでも、人の感覚で“合格”にしてしまうケースが黙認されてしまう構造もあります。

「人の感覚」に依存することのリスクと代償

最大のリスクは「品質のバラつき」と「市場クレーム」

このように、良品・不良品の分かれ目が人に任されている現場では、検査員やライン作業者によって出荷される製品の品質にムラが生じます。

工場内での検査や出荷時点では「合格」でも、最終ユーザーの手元で初めて不良が発覚する「隠れ不良」の発生を招きます。

結果として、クレームやリコールが発生し、顧客の信頼を損なうばかりか、多大な損失を被ることになります。

バイヤーからの信頼を損ない、取引停止・価格交渉の不利へ

ものづくりの現場は、下流工程、さらにはバイヤー(顧客)やエンドユーザーと直結しています。

品質基準があやふやな工場、あるいは実際の製品にバラつきが多いメーカーは、バイヤーから要注意案件として見なされます。

悪い評判が立てば、新規受注が取れなくなるだけでなく、既存取引でも厳しい価格交渉を受けたり、最悪の場合は取引停止に陥るリスクさえあります。

「暗黙知」は技能伝承の妨げにも

「人の感覚」という暗黙知で成り立つ品質判定は、現場として後継者育成にも大きな壁となります。

ベテランの経験値やフィーリングが判定に影響している場合、新人や異動者は「見て覚えろ」「感じて慣れろ」と言われ、なかなかノウハウが言語化されず技術伝承が進みません。

これが、現代の人材不足や技能伝承の大きな障害となっているのです。

業界全体で抜け出せない「昭和の慣例」からの脱却の道

標準の「明文化」と「データ化」を徹底する

まず必要なのは、「人の感覚」に頼らないための標準の明文化です。

例えば「外観の傷」「変色」「バリの有無」など曖昧な表現ではなく、具体的な寸法、色調の数値、目視での合否サンプルなど、できる限り客観的・定量的な基準に置き換えます。

検査方法や合否のサンプルを現物や画像で揃え、判定基準書を作成することが重要です。

デジタルツールや自動検査装置の活用

ここ数年、AIや画像処理技術による自動検査装置が急速に実用化されています。

「人の目」ではバラツキや判定基準の揺らぎが起きていた項目でも、カメラやセンサー、AIによる判定では再現性と均質性、トレーサビリティが高まります。

たとえば外観検査の場合、従来の抜き取り目視検査から画像解析システムの全数検査に切り替える事例が増えています。

工程ごとの「見える化」でムダ・バラツキを排除する

また、生産管理システム(MES)やIoTデバイスを活用し、生産工程ごとの判定結果や設備状態、不良発生の傾向を「見える化」しましょう。

人が感覚で判断していたグレーゾーンをデータで把握できれば、現場全体で問題意識が共有できます。

バラツキの原因を分析し、工程改善→標準改訂→現場教育へとつなげる“ラテラルな現場力”が必要です。

一人ひとりの「責任感」より、組織的仕組みを強化する

人の感覚に依存する現場は、「ベテラン頼りの属人化」からの脱却が不可欠です。

チームとして品質目標を追い、客観的基準と再現性の高い仕組み・教育を重視した現場文化への変革が求められます。

各プレイヤー別:「バイヤー」「サプライヤー」「現場作業者」に求められる視座

バイヤー目線で見る「良品・不良の境界」

部品や原材料バイヤーにとって、自社にとって「安定した品質」は最重要要素です。

工場から納入されるたびに出来の良し悪しにバラツキがあれば、調達先変更、生産ライン停止、最悪は市場クレームの責任まで追及されます。

そのためバイヤーは、サプライヤーの現場で「どこまで人依存なのか」「品質基準が明文化されているか」「再現性・トレーサビリティが確保できているか」を厳しく見ます。

長期的な取引では、「曖昧な品質管理」を続ける企業よりも、「失敗やバラツキを仕組みで発見・改善・標準化できる会社」が選ばれるのです。

サプライヤーが気づくべき“顧客視点”の本質

サプライヤーの品質担当者や現場リーダーは、しばしば「ここまでは大丈夫」という、“自社都合”での目線に留まりがちです。

しかしバイヤーや最終エンドユーザーにとってのリスクや損害を想像し、「自社の判定基準は世界で通用するか?」「誰が検査しても同じ結果になるか?」と、ラテラルな視点を持つことで初めて組織的な品質向上が実現します。

現場作業者・検査員にも「自分ごと」として意識改革を

現場の作業者や検査員には、「検査は担当者が責任をもって判断するもの」「細かいことはベテランが決める」などの意識が染み付いています。

しかし、現代の国際競争下では、個人の経験や暗黙知だけでは通用しません。

「なぜこの基準なのか」「基準に満たない場合、どんな不具合が発生するのか」を正しく理解し、疑問があれば現場リーダーと一緒に“科学的な答え”を探索する姿勢が必須です。

今後の製造業が目指すべき「品質文化」とは

「人の感覚」から「再現性」「データ」に軸足を置く

今後の製造業が生き残るには、「人の感覚に頼った経営」から、「客観的で再現性あるデータベース経営」へのシフトが欠かせません。

AIやDX(デジタルトランスフォーメーション)が進むなかで、人の経験値は、仕組みや教育、データ分析へと昇華していくべきです。

それにより、技能伝承や品質安定、バイヤーからの信頼獲得が実現し、現場の全員が“自信を持って”良品・不良品の線引きができるようになります。

まとめ:人の感覚に頼り過ぎない仕組みづくりが、現場も顧客も未来も守る

製造業現場では、良品と不良の境界線を“人の感覚”に任せる慣習が未だ根強く残っています。

このままでは品質バラツキや顧客不満、市場取引の機会損失といった重大リスクに直結しかねません。

現場の「暗黙知」を「明文化・データ化」へと進め、客観的基準と組織的改善サイクルを強化しましょう。

これこそが、「現場力」の真価を新しい地平線に導き、製造業の発展と信頼を次世代へつなぐ鍵となります。

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