投稿日:2025年9月5日

不合理な保証期間延長を強いられるサプライヤー側のリスク

はじめに:現場目線で見る「保証期間延長」の実態とは

昨今の製造業において、特に自動車や家電、産業機器業界では「保証期間延長」がサプライヤーにとって重大な課題となっています。
本稿では、20年以上にわたり調達購買、生産管理、品質管理、さらには工場長も経験してきた現場の視点から、なぜ不合理な保証期間延長が発生するのか、サプライヤーにどのようなリスクや悩みが生じるのか、そして双方にとって持続可能な関係を築くためのヒントについて考察します。

保証期間延長の要求が増加する背景

顧客目線の「安心」を追うバイヤー心理

近年、製品の品質保証に対するエンドユーザーの期待は年々高まっています。
長寿命化・高付加価値製品へのシフト、各種メディアや口コミサイトの影響もあり、BtoC・BtoBを問わず「壊れない」「ずっと安心できる」ことが訴求ポイントになっています。
バイヤー(調達担当)は、これら市場の要求に応えようと、サプライヤーに保証期間延長を要請するケースが目立つようになりました。

メーカー企業のリスク回避志向

保証クレームやリコールが社会問題化する中、メーカー各社はリスク分散・コスト低減の観点からアフターサービスや補償対応の責任をサプライヤーに移したがります。
「万が一の時のために保証期間を2年から5年へ延長してほしい」といった要請は、往々にして“自社都合”が強く反映されています。

昭和型取引慣行から抜け出せない構造

戦後の高度成長期から続いてきた「親会社⇒下請け」のピラミッド構造は、未だに深く残っています。
合理的なコスト/リスク分担という欧米流のサプライチェーン改革が遅れている日本では、保証期間延長という課題にも旧態依然としたアプローチが見られるのが現状です。

サプライヤーに強いられる“不合理”と現場リスク

「上からの要請」そのまま丸呑みの実態

現場でよく聞く話として、「主要顧客から『保証期間を従来の2倍にしなさい』と言われてしまい、具体的なリスク見積もりや追加費用についてのすり合わせがないまま契約を締結…」というケースがあります。
これは、サプライヤー側主導での技術的な根拠やコスト算出、保証の適用範囲に関する検証のないまま、商習慣的に“飲まされて”しまうことに他なりません。

現場レベルの4つの主なリスク

1. 不良対応・保証コストの膨張
本来2年間で0.1%しか発生しない不具合が、保証延長によって0.5%、1.0%と高まる恐れがあります。
サービス部品の在庫管理やアフターサービス要員の確保、修理/交換費用が予想外に増加し、利益が大きく圧迫されます。

2. トレーサビリティと部材調達の矛盾
部品メーカーから仕入れる構成品には本来1年や2年といった保証制限が存在します。
サプライヤーが5年保証をうたっても、構成部材側の保証期間が追い付かず、万一の際のリスクはサプライヤー単独で背負うことに。
長期在庫部品の調達も難しく、欠品や“リバースエンジニアリング”的な苦労が絶えません。

3. 現場力低下と品質改善サイクルの停滞
保証延長で万一不良が多発すると、生産現場は短期対策に追われ、本来進めるべき新規改善やコア技術開発、DX推進に手が回らない状況に陥りがちです。

4. 経営リスクの見えにくさ
将来クレーム発生時の損害賠償リスクが見えない中で、売上確保のために泣く泣く飲んでしまい、最悪倒産まで追い込まれる例も珍しくありません。

製造業現場ではびこるアナログ的習慣

「義理」「人情」「前例踏襲」が判断基準に?

日本の多くの製造業では、いまだに電話・FAX・対面を主とした非IT化の商慣習が根強いです。
「昔から付き合いがあるから」「官製取引で仕方ないから」「他の競合も飲んでいるから」という理由で、保証期間延長の要請についても論理的な精査を行わず、場当たり的な意思決定をしている現場が散見されます。

調達購買部門と現場の意識ギャップ

バイヤーや調達部門が「顧客サービス重視」の一心でサプライヤーに保証期間延長を迫る一方、製造現場や品質管理部門は「それは現場的にムリがある…」という声を上げてもなかなか届きません。
部門間のサイロ化、情報共有の遅れ、トップダウン型組織の弊害がリスクを増大させている一因です。

バイヤー側の「本音」とサプライヤーに期待していること

バイヤーが恐れている「自社ブランド毀損リスク」

バイヤーはエンドユーザーや商流関係者への信用失墜を何よりも恐れています。
そのため、不具合やクレームが出た際には、「誰よりも自分達が矢面に立たされる」「サプライヤーに責任転嫁できないか」「少しでもリスク回避できないか」と考えがちです。

本当は「パートナー」として成長してほしい

一方で調達購買担当者もベストパートナーとして共に成長・競争力強化を図りたいと思っています。
現場の知恵や技術、論理的な根拠に基づく提案をサプライヤーから積極的に引き出したいと願っているバイヤーも少なくありません。

リスク低減&健全な関係構築のために今できること

1. 市場調査と根拠ある保証設計の徹底

「ほかの競合サプライヤーや同業界の保証期間はどうなっているのか」「保証延長で品質クレームはどの程度増加しているか」などの市場調査や根拠(実績データ)を持ち出すことが大切です。

2. 部品サプライヤーとの連携・一体交渉

最終製品サプライヤー単独でリスクを負うのではなく、部品・材料メーカーと協力し、保証延長時の費用や部品供給体制についても巻き込んだ連携交渉を進めましょう。

3. バイヤーへの「見える化」資料で説得力を強化

自社の品質データ、過去のクレーム比率、想定保証コスト増加額、最悪リスクのシナリオなど、視覚的な資料を作成し、バイヤーに論理的なデータを示すことで納得感を高める必要があります。

4. 経営層巻き込みで「損失分担条項」明記を目指す

保証延長分のコストやリスクが全てサプライヤー負担にならないよう、あらかじめ契約書や基本取引約款にリスク分担条件を折り込みましょう。
経営層同士の対話や業界団体の指針に倣い、公平で透明性の高いルール作りが求められます。

5.デジタル化・標準化によるリスク管理の進化

従来のアナログ管理から脱却し、保証対象部品のトレーサビリティ管理、保証期限アラート、品質フィードバック仕組みのIT化を推進しましょう。
リスク予測や保証コスト最適化にもAIやIoT技術が役立ちます。

昭和的・アナログ慣習と決別し、未来志向の現場へ

製造業の世界には、長い歴史の中で培われてきた“義理と人情”の良さもあります。
しかし、時代は確実に変化しています。
厳しいグローバル競争、サステナビリティ重視、VUCA時代の変動リスク……こうした時代に現場が生き残るには「論理的な交渉力」「データに基づく保証設計」「伝統×イノベーション」のバランス感覚が必須です。

これからのバイヤーとサプライヤーは、「保証」という一時の条件闘争にとどまらず、
お互いに知見を出し合い、共に新しい価値を生むパートナーシップを築くことが、競争力を生み出す原動力になります。

まとめ:現場目線の「自社らしい」保証戦略の確立へ

不合理な保証期間延長は、サプライヤーに多大な負担とリスクを強いてきました。
しかし、自らの現場で得た気づきやデータ、市場の動向などを活用することで、不合理を論理的に跳ね返す知恵・力が現場には眠っています。

バイヤー側も本音では「建設的なパートナーシップ」を求めており、旧来的な昭和の慣習から脱却を図りたいと考えています。
そのためにも、互いに「なぜ」「どうするべきか」をデータに基づいてオープンに話し合う勇気が必要です。

今日からできる小さな一歩として、まずは「保証延長の背景」「自社の現状・課題」「他社事例やデータ」を現場で整理し、バイヤーとの対話に持ち込んでみてはいかがでしょうか。
共に“昭和”を超えた、新しい製造業の未来を切り拓いていきましょう。

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