投稿日:2025年10月21日

缶コーヒーの苦味を再現する焙煎プロファイルと抽出圧のバランス

はじめに

缶コーヒーは日本の自動販売機文化とともに独自の進化を遂げてきました。
その特徴的な「コク」と「苦味」は、一度味わうと病みつきになるファンも多い魅力です。
一方で、家庭で同じ味わいを出そうとすると意外なほど難しく、プロの現場でも試行錯誤が続いています。
この記事では、長年の現場経験とバイヤー、サプライヤー、品質管理の知見を生かし、缶コーヒー特有の苦味を再現する焙煎プロファイルと抽出圧のバランスについて、実践的かつ業界目線で掘り下げていきます。

缶コーヒーに求められる“苦味”の正体

消費者が缶コーヒーに期待する味とは

缶コーヒーは「外で飲める手軽なエネルギーチャージ」という面が大きな魅力です。
そのため、苦味や重厚感、後に残る余韻の深さといった特徴が根強く支持されてきました。
これは家庭で飲むドリップコーヒーやカフェのスペシャリティコーヒーとは一線を画しています。
スーパーやコンビニの缶コーヒーコーナーを見ても、「深煎り」「コク深」「ビター」といったキーワードが並び、消費者ニーズが明確に現れています。

“昭和的”苦味文化と今の時代

日本の工場文化、そして組合文化の象徴とも言える「休憩中の缶コーヒー」。
特に昭和〜平成初期にかけては、労働の合間の一服として濃厚な苦味が支持されてきました。
現在も一部の職場や現場ではその“昭和的”苦味が求められる傾向があり、缶コーヒーの方が「本格派よりも男らしい」と語られることもあります。
一方で、若年層を中心に甘さや酸味、フルーティさを好む層も増えてきており、味の嗜好が分化してきているのが現状です。

缶コーヒーの苦味を決める「焙煎プロファイル」

主流となる焙煎方法とその背景

缶コーヒー用原料の焙煎手法は、一般的なレギュラーコーヒーとは異なります。
通常、深煎り(フルシティ〜フレンチロースト)が多用され、豆のもつ本来の甘味や酸味を抑え、焦がし感やカラメルのような苦味を引き出します。

この焙煎レベルを狙う背景には、「クリームや糖分と混ぜても苦味がぼやけない」「大量抽出・加熱工程でも風味がしっかり残る」といった工場生産ならではの理由があります。
また、焙煎後のアグトロン値(焙煎度を示す指標)を用いた品質管理により、味わいのブレを抑える工夫も進化しています。

焙煎プロファイルの設計におけるポイント

焙煎プロファイルとは、加熱温度・時間・排気・攪拌など各工程を細かく設計することです。
苦味をしっかり残しつつ雑味を抑えるため、以下の観点が重要となります。

・急激な高温焙煎ではなく、中〜高温を維持しながら時間をかけて芯まで火を通す
・2ハゼ手前で止めて余韻を残す手法や、炭化寸前まで複数バッチをブレンドする手法
・ベース豆(ロブスタなどの苦味・ボディが強い豆)と、アラビカ深煎りの組み合わせ

アナログな現場管理が主流だった時代は「職人の勘」頼みの部分が多かったですが、近年はIoT焙煎機の導入や、排気ガス成分のセンサー評価など、デジタル化による精度の高い再現性が求められるようになっています。

苦味を最大化する「抽出圧」と製造工程

大量抽出でなぜ苦味が強まるのか

コーヒーの抽出において“圧力”は重要なパラメータです。
業務用抽出機は一般家庭向けマシンの2倍以上(9〜12気圧)をかけるものもあり、高圧で短時間に高温抽出することで、通常よりも多くのビター成分(クロロゲン酸ラクトンなど)が溶け出します。

この大量抽出は、工場という大量生産現場ゆえの合理的な方法ですが、加熱・冷却の工程とも連動しやすいことが特徴です。
加圧抽出によって得られた苦味成分を、クラリファイヤ(濾過機)で雑味成分だけを除いていくのが製造現場の工夫です。

「抽出圧」管理の進化と現場の知恵

圧力のかけ方、抽出温度、時間の微調整は製造現場で最も“ノウハウ”が現れる部分です。
例えば、抽出初段は高圧・高温で苦味とコクを一気に引き出し、次段でやや圧を下げることでバランスを取る「段階抽出」を採用する企業もあります。
過去は人手によるマニュアル操作も多く、現場リーダーの経験値が味に直結する昭和的現場も多く見られました。
しかし近年はセンサー制御やAI活用による「自動プロファイリング」が進み、ヒューマンエラーや再現性のブレが減ってきています。

缶コーヒー「現場系バイヤー」の眼と求められるスキル

選定基準は味だけでなく“工程・コスト意識”も必要

バイヤーの役割は、サプライヤー(焙煎業者・コーヒー原料メーカー)との交渉・選定です。
味・品質の見極めに加えて、「大量生産時の再現性」「ラインの安定稼働」「原料コストの高騰リスク」「法規制の確認」など、多岐に渡る知見が求められます。
深煎り原料のコスト増加や需給変動、高圧抽出設備の保守コストなどにも常に目配りが必要です。

昭和的現場では「安くて苦ければOK」という極端な判断がまかり通っていた時代もありましたが、今はトレーサビリティ、サステナビリティ、味の安定供給など多次元評価がバイヤーのスタンダードになっています。

バイヤーを目指す若手・サプライヤーから見た現場目線

これからバイヤーを目指す方や、サプライヤーとしてバイヤーとの交渉や提案を有利に進めたい方向けの視点も重要です。

・製造現場で役立つ「工程現物確認」や「ラインテスト同席」の経験
・生豆・焙煎・抽出それぞれのポイントの“勘どころ”を押さえる
・単なるコスト主義ではなく「ランニングコストも含めた総合的価値提案」
・業界外のトレンドやSDGsといった社会要請視点も合わせ持つ

このような多視点アプローチが、現代バイヤー・商談現場で武器となります。

デジタル化・自動化が変える業界“進歩”と“昭和の美学”

アナログ時代の知恵と最新テクノロジーの融合

缶コーヒー製造の苦味再現は、焙煎や抽出設備のIoT化、自動追尾制御など品質保証の最先端と同時に、人の舌や経験値も依然として価値を持っています。
例えば原料選定ではAI品質判定が進化していますが、イレギュラー時の「判断保留」や「根拠なき第六感」が現場を救うことも。
アナログとデジタルのハイブリッド、それがいまの“転換点”です。

業界の古い習慣・新たな課題

缶コーヒー業界では、保守的な現場文化や「これがうちの味」という固定観念も根強く残ります。
新たなコーヒートレンド(ライトローストやサードウェーブ系など)とのバランス取り、持続的開発目標(SDGs)への対応といった「攻め」と「守り」の間で、現場力と共に柔軟な発想がこれまで以上に求められます。

まとめ

缶コーヒーの苦味は、単に「深煎り=苦い」だけではなく、焙煎プロファイルの設計や、抽出圧力・温度といった製造工程の最適化、そして現場・バイヤー・サプライヤーが一体となった知見と工夫の結晶です。
昭和の現場主義と最新テクノロジーの狭間で、この“日本独自の缶コーヒー文化”は深化を続けています。
これからの製造業界では、従来の固定観念にとらわれず、ラテラルシンキングで味・コスト・社会性を総合的に考え抜く力がますます重要となります。

今後も缶コーヒーの文化が末永く愛されていくために、現場の目線と新しい挑戦、その両輪で業界を支えていきたいと考えています。

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