投稿日:2025年9月8日

海峡閉鎖・戦争リスク発生時の航路変更とWar Riskサーチャージの扱い

はじめに ~グローバルサプライチェーンのリスクが高まる時代~

製造業を取り巻くサプライチェーンの環境は、ここ数年で劇的に変化しています。
コロナ禍による物流の混乱を教訓に、多くの企業がBCP(事業継続計画)の見直しに着手しました。

しかし近年、戦争や地域紛争、テロ活動などで「海峡閉鎖」や主要貿易航路の遮断リスクが現実味を帯びる状況に直面しています。
そのたび、ニュースでよく耳にするのが「War Riskサーチャージ」という言葉です。

現場で調達や物流管理を担当する方も、また将来バイヤーを目指す方や、サプライヤーとして荷主企業の考えを知りたい方も、このリスクとコストの構造、意思決定のツボをしっかり押さえておきましょう。

海峡閉鎖の現実 ― 世界の主要航路とその戦略的重要性

なぜ「海峡」がサプライチェーンの要になるのか

世界の貿易の約9割は海路を通じて行われています。
その中でも、スエズ運河やホルムズ海峡、マラッカ海峡、台湾海峡といった「チョークポイント(戦略的要所)」は、一時閉鎖や危険が発生した場合の影響が極めて大きいのが特徴です。

たとえば、スエズ運河がトラブルで封鎖されると、アジアとヨーロッパ間の物流は即座に大きく混乱します。
2021年の大型コンテナ船座礁事故でも、多くの日本企業が部品や原材料の調達遅延に苦しみました。

ホルムズ海峡をめぐる中東情勢では、石油タンカーへの攻撃リスクが高まる度、原油・石油化学製品の輸送スケジュールとコストが変動します。

航路変更のインパクト:日系メーカーの事例に学ぶ

ある日系自動車部品メーカーは、スエズ運河での遅延リスクを想定し、迂回ルート(アフリカ南端の喜望峰経由)へ急きょ変更したことがあります。

この場合、所要日数は通常の2倍、運賃コストも30~50%上昇しました。
しかも、積み替えやフォワーダー手配の煩雑化、人件費・現場負荷の増大、納期遅延による工場稼働率への影響など、物流・生産現場への皺寄せはかなりのものになります。

このような「瞬発力ある航路変更」は、日本企業の“Just In Time”思想や昭和型のきめ細やかさが裏目に出ることもあります。
常に計画変更リスクを織り込むラテラルシンキング(横断的発想力)が不可欠です。

War Riskサーチャージとは ~保険・運賃・コスト負担の構造~

War Riskサーチャージの基礎知識

War Riskサーチャージとは、「戦争やテロなどによるリスクが高まる航路」において、海上運送会社や保険会社が通常の運賃・保険料に上乗せする追加料金です。

このサーチャージは、危険度が高まると即時に発生し、リスク解除とともに消滅します。
適用基準や金額は、荷受け港・出発港・経由地の安全情報、保険組合ロイドなどの判断によって決まります。

実務現場では、1本のコンテナに数十万円という額になることもありますし、大型タンカーやバルク船になると1航海数百万円レベルのコスト増も珍しくありません。

バイヤー・サプライヤー双方から見るサーチャージ負担

バイヤー視点では、「War Riskサーチャージはどこまで自社コストとして許容すべきか」「受払契約上、負担者はどちらか(FOR/FOB/EXW)」「価格転嫁の交渉余地があるか」がポイントになります。

サプライヤーの立場からすれば、急な運賃上昇が自分の利益を圧迫するリスクと、受注先バイヤーからの価格見直し交渉にどう備えるかが課題です。

たとえば先日、某電子部品商社では「取引先メーカーがWar Riskサーチャージを現地負担できず、急遽支払い条件見直し要求が入った」事例がありました。
サプライヤー現場では、現実的な落としどころを模索し、BQ(Back to Quotation=再見積提出)や一時的なコストシェア案が持ち上がることも一般的です。

現場で求められるラテラルシンキング ~従来型の枠を超える対策視点

「アナログ脱却」が難しい業界だからこそ求められる柔軟性

製造業の現場には、いまだ“昭和型”のアナログ発想や上下関係、ローカル最適の文化が根強く残っています。
調達・物流ルートも、「慣れたやり方」「いつもお願いしている会社」を優先しがちです。

しかし、グローバルリスクの多発時代では、既存のサプライヤーやフォワーダーに頼り切らず、複数ルートの同時確保、ITを活用した配船状況のモニタリング、AIやデータ分析による迂回ルート提案など、横断的で先読みした判断が欠かせません。

バイヤー志望の方は、「サプライヤー企業の事情」「現場の制約」「上流の輸送リスク」を多面的に理解・提案できる力を磨くことが重要です。

実践的な対策例

1. リスク別物流コストシミュレーションの事前策定
2. 緊急時の調達・輸送経路の複線化(サプライヤーの二重化・三重化)
3. 貿易契約書で“サーチャージ発生時の負担ルール”を明確化
4. サプライヤーコミュニケーション強化による“リアルタイム現地状況”の共有化
5. マルチフォワーダー取引、デジタルツール活用による意思決定の迅速化

現場の声 ~営業・調達・生産管理のリアルな課題

実際の工場長経験談として、突発的な航路変更で調達リードタイムが1週間以上ずれ込むことは「生産計画の歯車が一気に狂う」ほど重大です。
特にジャストインタイム生産を採用する現場では、部品1つの遅延で数千万円の損失につながるケースもあります。

営業現場では「追加コストの説明と価格見直し交渉」、購買現場では「社内稟議と社外サプライヤー両方への説明」、品質管理では「余計な保管期間の発生と品質事故リスク」など、それぞれの立場ごとの対応が求められます。

現場を熟知したバイヤー・サプライヤーは、単なる価格と輸送日数以外に「何が自社・取引先のリスクボトルネックか」を把握し、先回りしたシナリオを用意しておくことが求められます。

今後のトレンドと着眼点 ~海峡閉鎖・戦争リスク時代の製造業バリューチェーン~

ESG・地政学リスク・レジリエンス経営の時代へ

世界的な地政学リスクが常態化する今、ESG経営やサプライチェーン・レジリエンス強化は、企業価値および取引信用力の必須条件です。

単なる「安価・迅速・一括管理」から、「柔軟・分散・共創」への転換が求められています。
また、サーチャージや緊急航路変更は今後も不定期に発生する前提で、全社的なレベルで意思決定基準の見直しが迫られています。

物流DXやAI活用、リスク分散型のサプライチェーン設計、保険商品の高度化など未来志向の取り組みも急がれるポイントです。

まとめ ~製造業現場に根ざしたラテラルシンキングのすすめ

海峡閉鎖や戦争リスク発生時の航路変更やWar Riskサーチャージ問題は、単なる物流担当者や貿易実務だけの課題ではありません。

営業・購買・生産管理・経営企画など、全社一丸となった本質的なリスク評価、柔軟を極めた意思決定こそが製造業の未来に不可欠です。

昭和型の単線思考や現場の惰性を打ち破り、デジタルと現場の知見をミックスした新しい「ラテラルシンキング型マネジメント」へ。
それが、これからの製造業サプライチェーンの新たな“地平線”です。

現場で培った経験や失敗談も、ぜひ社内外で共有し、このリスク社会をともに乗り越えていきましょう。

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