投稿日:2025年10月10日

顧客が勝手に材料を変えることで生じる安全性リスク

はじめに

製造業の現場では、日々さまざまな課題が発生しますが、その中でも無視できないのが「顧客が指定材料の変更を独断で行う」ケースです。

見積もり提出やサンプル納入の段階で提示した条件とは異なる材料を、顧客が何らかの理由で勝手に指定してしまう。

現場感覚では「あ、またか…」と思うかもしれませんが、この行為が安全性や品質、さらにはサプライチェーン全体にどれほど重大なリスクをもたらすか、実は十分に理解されていない場合も多いと感じます。

この記事では、20年以上にわたり調達・生産・品質管理に携わってきた経験をもとに、顧客による材料変更が現場にもたらす安全性リスクの本質、そしてその背景にある製造業界特有の文化や思考回路まで掘り下げて解説します。

これからバイヤーを目指す方や、サプライヤーとして顧客思考を知っておきたい方にも有用な知見をお届けします。

なぜ顧客は材料を勝手に変えるのか

コストダウン圧力と現場のジレンマ

多くのケースで、顧客が材料を変更する背景には「コストダウン」の要望が存在します。

調達コストを下げるため、より安価な材料へ切り替えさせたい。
あるいは自社在庫の都合で同等品を指定したい。

こうした意図が、現場の意思決定よりも優先されてしまうのが現実です。

特に昭和世代から続く“余分なコストはとにかく削れ”という社風が根強い企業体質では、バイヤーが積極的に材料変更を仕掛ける構図が珍しくありません。

現場では本当に安全が保てるのか疑念を感じつつも、「お客様の指示だから」という一言で片付けられてしまうのが今なお見受けられる実態です。

図面情報の不備や設計との齟齬

意外と多いのが、図面や仕様書が十分に練り込まれていないまま調達・見積もりがスタートし、後から顧客側の設計担当が「やっぱりこの材料にして」と追加指示を出すパターンです。

この場合、設計と調達、現場の三者間で認識のずれが生じやすく、サプライヤー側は翻弄されがちです。

現場経験者なら「あれ、この材料じゃ機能しないのでは?」とピンと来るものですが、設計サイドが材料科学に疎い場合には危険な橋を渡ってしまう例も少なくありません。

現場で実際に生じる安全性リスク

材料強度・耐久性低下による製品事故

指定外の材料へ変更されることで最も懸念されるのが、強度や耐久性の低下です。

例えば、自動車部品や家電の重要保安部品といった分野では、材料のグレード一つの違いが“命取り”になります。

成形性やコストばかりに目を奪われると、本来設計で想定していた応力の負荷に耐えられず、クラックや破断、最悪は市場でのリコール事故につながります。

万が一そうした事故が発生した場合、サプライヤーも巻き込まれ信用失墜・金銭損失に直結します。

異物・発生ガス・化学反応リスク

分野によっては、材料中の微量不純物や発生ガスへの管理も厳格です。

電子部品ではハロゲンフリー、医療部材では溶出物ゼロ、食品機械部品ではBPAフリーなど、材料のわずかな違いが「異物混入」や「化学反応」に起因する安全性事件の引き金になり得ます。

特に昭和生まれのアナログ現場では「アルミなら何でも同じ」といった認識が根強く残っていますが、グローバル調達が進む今、材料規格の違いを軽く扱うのは非常に危険です。

プロセス変更による不十分な検証

指定材料で生産条件や品質が最適化されている場合、材料変更はそのままプロセス全体の見直しに発展します。

焼入れ条件、成形圧力、接着方法など、前提が変わればライン設計や作業手順まで再検証が必要です。

しかし、多くの場合は試作品やサンプルレベルの短期テストだけで「問題なさそう」と判断され、そのまま本生産に移行してしまう。

長期間の経年劣化や、数万点規模の量産時にしか発覚しない不具合が隠れていることもあり、後から致命的なトラブルへつながる例が後を絶ちません。

なぜ昭和的なアナログ文化がリスクを助長するのか

“経験則”だけに頼りがちな現場マインド

長年の経験は現場にとって大きな強みですが、それが時に「この程度なら大丈夫」「昔からこうしていた」という油断につながります。

とくに昭和から続くベテラン社員が「材料なんて似たようなもんだよ」と材料科学やリスク評価を軽視してしまう。

データや根拠を重視した現代的な品質管理がなかなか浸透しない社風では、材料変更の危険性が正しく議論されず、調達や営業部門が安易に妥協してしまう環境が残っています。

属人的な調整文化とリスク共有の浅さ

現場現実を知る者同士で“なんとかしてしまう”属人的な対応が、危うさを増幅させています。

「担当者Aさんが言っているから大丈夫だろう」「お得意様の依頼は断れないから仕方ない」といった、責任の所在が曖昧な調整。

こうした文化の中では、材料変更による真のリスクが組織全体で共有されず、社内の安全委員会や品質保証部門も関与を見落としがちです。

グローバル時代が求める安全性と品質保証の視点

国際基準への適合とサプライチェーン全体の意識変革

今やグローバルで活躍する製造業において、ISO9001やIATF16949などの国際品質規格が当たり前になっています。

これらでは「材料変更時は明確なエビデンスに基づきリスクアセスメントと是正処置を行う」ことが求められています。

さらに、欧米・アジアの完成品メーカーとビジネスをする際には、材料メーカー・サプライヤー・OEM全体で情報共有とリスク管理体制が必須です。

昭和的な“現場まかせ”を脱却し、バイヤーでもエンジニアでも、調達でも品質保証でも「材料の変更=リスクの再評価が必須」という意識が不可欠です。

トレーサビリティと説明責任の強化

万が一不具合が起こった場合、いつ・誰が・なぜ材料を変えたのかを明確にトレースできなければ、メーカーとして致命的なダメージを負います。

トレーサビリティの徹底はもちろんですが、そもそも顧客主導の材料変更リクエストがあった時点で、「なぜそれが必要か」「推奨・非推奨の根拠は何か」をエビデンスベースで議論できる体制作りが不可欠です。

これは“言い訳”や“逃げ道”ではなく、良質なサプライヤーとバイヤーを選ぶ上でも極めて重要な軸となっています。

現場のプロが伝えたい真の教訓

“材料変更は付帯業務”ではない

調達現場ではつい材料変更を「単なるコストダウン手段」「在庫処理の延長」と考えがちです。

しかしその裏には製品安全性、企業ブランド、サプライチェーン全体にかかわるリスクが潜んでいます。

長年の現場経験から言えるのは、「一つの材料変更が、一社の失敗にとどまらず関連会社全体、さらには産業界全体の信頼を損なう」ことがあるという事実です。

対話とエビデンスに基づいた合意形成が要

バイヤーもサプライヤーも、“コストだけが優先”という思考から意識を転換し、「なぜ今この材料を使うのか」「変更によって何が変わるのか」を現場・エンジニア・品質保証・経営層が横断的に議論する文化を作るべきだと強く感じます。

エビデンスの重視、リスクアセスメントの自動化、そして具体的な検証結果に裏打ちされた合意形成こそが、これからの製造業を下支えします。

まとめ

顧客が勝手に材料を変えることで発生する安全性リスクは、単なる調達現場のトラブルではありません。

製品事故や品質不良の引き金であり、サプライチェーン全体の持続可能性まで大きく脅かします。

昭和的なアナログ文化から現代グローバル基準への“意識のジャンプ”が、今まさに求められています。

これから調達・購買を目指す方も、バイヤーとの交渉を控える現場の方も、「材料変更」の本質を深く理解し、自分ごととしてリスク評価に取り組んでいただきたいと強く願います。

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