投稿日:2025年12月14日

営業の“できるでしょ?”が設計の負荷を無限に増やす現場の本音

営業の“できるでしょ?”が設計の負荷を無限に増やす現場の本音

はじめに:営業と設計の見えない溝

製造業の現場では、営業担当と設計担当の間でしばしば温度差が生じます。

営業現場では「お客様に喜んでいただくため」「競合に勝つため」といった理由で、つい“できるでしょ?”と、仕様・納期・コスト要求を気軽に引き受けてしまいがちです。

一方、設計現場では、その“できるでしょ?”の裏にどれほどの工数・リスク・負担が生まれているか、わかっている人は決して多くありません。

それでも、現場は“お客様ファースト”という大義名分のもと、今日も営業からの無理を飲み込み、知恵を絞っています。

今回は、製造業現場で20年以上培ってきた知識や経験をもとに、営業の“できるでしょ?”がなぜ設計の負担を無限に増やしてしまうのか、その構造を深掘りします。

現場のリアルを伝えることで、営業・設計・購買・生産管理の垣根を越えた“強いものづくり”実現のための一助となれば幸いです。

なぜ営業は“できるでしょ?”と言ってしまうのか

顧客第一主義と納期厳守のプレッシャー

営業は顧客のニーズに対して最前線で応える立場です。

「競合ができると言った」「納期を絶対厳守したい」といった切迫した状況で、どこまでが“できる”のか、現場のリソースや制約条件を綿密に精査する余裕がない場合がほとんどです。

そのため、設計や製造部門が明言しづらい判断ギリギリの要求も、「たぶんいけるだろう」と“割り切って”持ち帰ってしまうことが多発しています。

結果、見積もりや納期回答の精度も営業の腕に大きく左右され、現場は後工程でしわ寄せを被ります。

昭和的な「やればできる」の風潮が残る理由

とくに日本の製造業は、「やればできる」「現場がなんとかする」という昭和的精神論が根強く残っています。

高度経済成長期を支えたこうしたマインドは、本来現場の創意工夫や技術力を高めてきた原動力ではありました。

しかしグローバル競争や労働人口減少が進む中、“現場頼み”の属人的対応には限界が来ています。

AIや自動化が進んだ令和の現場においても、未だに“誰々が頑張れば何とかなる”という発想から抜け出せない企業風土が、無理難題の温床となっているのです。

“できるでしょ?”要求が設計現場で引き起こす5つの負の連鎖

1. 設計者の工数・残業・心理的負荷の増大

前提条件が不明確なまま設計業務がスタートし、「急ぎで設計変更して」と場当たり的な追加要求が頻発します。

設計現場は仕様確認や再設計、CADデータ修正、図面の再発行などに奔走し、通常以上の工数と時間を要求されます。

とくに人手が限られる現代の現場では、残業や休日出勤でこれを補うほかありません。

このような急造設計が増えると、品質リスクや作業ミスも増加。

慢性的な工数超過が続くと、設計者のモチベーションや組織エンゲージメント低下にもつながります。

2. 課題見逃し・設計ミス増加リスク

営業から設計へ短絡的な要求が繰り返されると、本来設計段階で潰し込むべきリスクや課題が抜け落ちやすくなります。

十分な検討・レビューを経ないまま、“とにかく間に合わせる”ためにサンプルや初期設計が進行。

その結果、加工・組立・量産段階で設計ミスが発覚し、「設計戻し」「作り直し」が発生するケースも。

これでは工期遅延・コスト増加・顧客信頼失墜という負のサイクルに陥ります。

3. サプライヤーとの信頼関係悪化

営業が“できるでしょ?”と安請け合いした内容が下流工程にも波及し、サプライヤーにも無理難題な要求がいきがちです。

例えば急な納期短縮、仕様変更、コストダウン依頼。

こうした一方的な要望が度重なると、サプライヤー側も疲弊し、調達部門とサプライヤーの関係性にも悪影響を及ぼします。

将来的な品質不良や納期遅延リスクが積み重なり、サプライチェーン全体の競争力低下につながる恐れもあります。

4. 積み上がる“隠れ工数”とコストの不透明化

スポット的な残業や夜間対応、ベテラン設計者による“火消し型”対応など、その場しのぎの労務管理や技術対応が常態化していきます。

これにより、設計現場がどれほど隠れコスト(人件費、設備利用料、管理工数など)を抱えているのか、経営層や営業サイドには見えにくくなります。

長期的には“できるでしょ?”の積み重ねが、全社の収益性・生産性を蝕む温床になります。

5. イノベーションや標準化推進の停滞

日常的な“無理対応”で精一杯の組織は、根本的な設計改善や工程自動化、標準化活動に工数やマインドを割く余力がなくなります。

その結果、属人化・ブラックボックス化・組織内サイロ化が進み、持続的な競争力強化が難しくなります。

このような「現状維持バイアス」によって、昭和から令和への進化が停滞する原因となります。

設計現場が「できる」と判断するために必要な思考とフロー

設計最前線が採用している“現実的判断ポイント”

営業や顧客からの“できるでしょ?”要求に、設計現場は即答せず、現実的な判断ポイントを明確化しています。

1. 仕様の曖昧さ・抜け漏れを徹底的にヒアリングし、過去実績・標準品との差分を“見える化”する
2. 想定工程・設備・外注先の負荷見積もりを素早く算出、リスクリストをエクセル等で管理
3. QCD(品質・コスト・納期)観点で判断。その場で回答できない場合は必ず“設計判断が未確定”で戻す
4. 初期段階で重大リスクが判明した場合、エスカレーションや対案(代替設計、納期見直しなど)を同時提案
5. 検討プロセスや事実経過を“見える化”し、設計現場の判断基準そのものを標準化

このフローこそが、設計現場が主導権を持ち、リスクの“押し付け合い”ではなく“正しいスクラム”を組むための第一歩です。

営業と設計の“正しいコミュニケーション”再構築のために

現場に根付くアナログ的コミュニケーション改善ポイント

昭和のやり方が根強く残る製造業では、営業と設計の打ち合わせが未だに“電話一本、会議一回”だけで済ませられてしまうケースが多々あります。

これを解決するには以下のような「脱・アナログ業界」的アクションが重要です。

– 仕様・議事録の「書面化」「データ共有」を徹底する
– 要求背景・判断理由まで“掘り下げる”相互ヒアリング文化
– 営業・設計の“ペア作業”や現場の“二人三脚商談”の現場投入
– 設計工数や負荷の見える化ツールの全社導入
– リアルタイムでのトラブル・課題“共有チャット”運用

ITツールはあくまで補助役です。

まずは現場のアナログな“言った・言わない”の文化を変えるため、日常的に対話し、信頼関係の太いパイプを築いていくことが最重要です。

バイヤー視点が現場に“納得感と利益”をもたらす

調達やサプライヤーの立場では、“営業の顔色を伺うだけの存在”から脱却することが、未来のものづくりに不可欠です。

設計や製造の課題・ニーズを積極的にキャッチし、自らもQCD観点から提案できる“バイヤーズ・ドリーム”の実現を目指すべきです。

1. 現場ノウハウや課題を素材にコストダウン策や納期リスク低減策を逆提案する
2. サプライヤーの制約条件や強みを現場内で情報展開し、協力体制を強化する
3. 営業にただ迎合するのではなく、冷静な裁定者(ナビゲーター)として全体最適を追及する

これにより、設計・調達・営業・サプライヤーが“外部ではなく内部で競争する”のではなく、“共創”できる基盤が整います。

「できる/できない」の壁を乗り越え、令和的サプライチェーンへ

昭和の成功体験を“令和の標準”へと再構築する

「頑張ればなんとかなる」「現場に無理を強いれば最終的に目標達成できる」――この“昭和の成功体験”を、今こそ次世代標準へと進化・昇華させるタイミングです。

営業は「無理を持ち帰る」のではなく、「顧客の真意を問う・提案で解決する」役割へ。

設計や購買は「板挟みで苦しむ」のではなく、「構造的に課題を見える化・早期解決する」主役へ。

部門の枠を超えた“オープンな対話”と“データドリブンな判断”こそが、これからの日本の製造現場には必要です。

その積み重ねが、製造業全体の生産性やQCD向上、優れたサプライチェーンの基盤となり、最終的には顧客満足やグローバル競争力として実を結ぶのです。

まとめ:現場起点で業界を変革するための行動宣言

“できるでしょ?”の一言で済ませない。

現場目線でリスクやコストを見える化し、設計・営業がともに納得できる判断基準と、双方向のコミュニケーションを作り上げる。

これこそが、製造業の持続的な成長を支える「無理のないイノベーション」の第一歩です。

現場から声をあげ、変革の波をつくる――その小さな一歩が、やがて製造業全体を昭和から令和へと押し上げる大きな力になると、私は信じています。

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