投稿日:2025年7月11日

相似則を用いたスケールアップ事例とExcel演習で学ぶ留意点

相似則とは何か?製造業での基礎知識

ものづくりの現場では、新たな生産ラインや設備を導入する際、小規模の実験装置で得られたデータを実際のプラント規模に拡大(スケールアップ)する必要が何度も求められます。

このとき重宝されるのが「相似則」です。

相似則とは、二つ以上のシステム(小型模型と実プラント)が、幾何学的・運動学的・力学的に似ている(相似関係にある)とき、一方で得られたデータや挙動が、他方にも当てはまるという工学上の法則です。

主に流体工学、化学工学、熱力学などで幅広く活用されており、スケールアップやスケールダウンの強力な武器となります。

特に昭和時代から続く“職人の勘や経験則”に頼りがちなアナログ現場においても、相似則という科学的なアプローチは絶大な信頼を集めています。

実際に相似則がどのように使われ、「どこに注意が必要か」を、事例やExcel演習を交えて解説します。

相似則の基本となる3つの相似性

幾何学的相似

モデルと実機の形状・大きさが全て一定の比率で拡大・縮小されています。

例えば、ある装置を2倍にスケールアップする場合、長さ・幅・高さなどの全ての寸法が2倍になることを意味します。

運動学的相似

モデルと実機で流速や動き方が、適切な比率を保ちつつ再現されている状態です。

例えば水の流れや攪拌翼の動きなどで、流線の形やパターンが一致している必要があります。

力学的相似

主に力(圧力や重力、遠心力、粘性力など)の作用の割合が、モデルと実機で等しくなる状態です。

流体工学においては、レイノルズ数、フルード数、ウェーバー数といった“無次元数”がこの相似性を示します。

どの無次元数を優先して相似させるかは、現象(攪拌、混合、流動など)により異なります。

製造現場におけるスケールアップ事例

化学反応器のスケールアップ

製薬や化学品製造の現場では、1L、10Lの小型反応器で得られたデータを1000L、10000Lの生産用反応器へ拡大する必要があります。

ここで重要なのは「撹拌条件」や「熱移動条件」を維持できるかという点です。

化学反応速度は撹拌効率や温度制御に強く依存します。

小型装置では問題なくても、大型にした途端、反応温度が上昇しすぎて歩留まりが悪化したり、副反応が増えたりすることがあります。

これは、装置サイズ拡大に伴う「表面積と体積の比率変化」に起因します。

小型: 大型 = 1L: 1000L でも、熱が外へ逃げる面積は体積の増加ほどは大きくなりません。

この点を Excel などで見える化して管理することが、現場のトラブル回避につながります。

混練機・撹拌槽の相似則利用

混練機や撹拌槽もよく「水槽実験」や「小型テスター」でのテスト結果を元に、相似則で設備を設計します。

ここでは「レイノルズ数」「パワー数」などを一致させながらモーター出力や攪拌翼の形状を決定していきます。

Excel を使うことで、入力変数(回転数、粘度、寸法など)を自由に変えて、無次元数や動力を一発で計算・グラフ化でき、現場調整が非常に楽になります。

プラント配管・ポンプ選定の流量スケールアップ

プラントの配管設計やポンプ選定も、スケールアップに密接に関わる分野です。

小流量実験で得た圧力損失や流量データを元に、実機設備での動きを予測する場合、フルード数やレイノルズ数が同じになるよう、配管径・流速・液特性などを Excel で整理し検討します。

最近では CFD(数値流体解析)シミュレーションも併用されますが、現場ベースでは簡易計算・Excel演習がいまだ主役です。

Excelで学ぶスケールアップの留意点

1. 無次元数とその算出方法

Excel でスケールアップ計算を行う場合、まず以下のような代表的な無次元数をセル計算式で定義します。

– レイノルズ数(Re):流体の慣性力と粘性力の比
式: Re = ρ×V×L / μ
ρ: 密度, V: 流速, L: 代表長さ, μ: 動粘性係数

– フルード数(Fr):重力と慣性力の比
式: Fr = V / √(gL)

– ウェーバー数(We):表面張力に関する無次元数
式: We = ρ×V^2×L / σ
σ: 表面張力

Excel の IF関数やグラフ機能と組み合わせれば、異なる設計値での比較検証も容易です。

2. 設備寸法の比例スケールアップ

幾何学的相似を満たすため、長さ、高さ、幅などの寸法を一定倍率で拡大していきます。

例えば「ラボ装置→パイロット装置 → 実機」と拡大する場合
寸法、体積、表面積の比率がどのように変化するか
Excel で L, S, V のカラムを作り
L(長さ)を2倍にした時の S(表面積), V(体積)の数値変化を可視化してみましょう。

体積はLの三乗、表面積はLの二乗で増えますので「冷却しづらくなる」「加熱ムラが起きやすくなる」「混合効率が落ちやすい」といったスケールアップ特有の落とし穴が視覚的にわかります。

3. 撹拌動力・ポンプ動力の計算

撹拌動力は「パワー数」を活用して求めます。

P = NP × ρ × N^3 × D^5
P: 撹拌動力、NP: パワー数、N: 回転数、D: 翼径、ρ: 液密度

Excel でN・D値を変化させ、PやNP、Reを自動計算し、実機想定で必要モーター出力を試算します。

この結果を元にバイヤーとしてモーターやギアの仕様選定、サプライヤーとの条件協議に臨めます。

スケールアップに潜む“昭和的落とし穴”と現代的打開策

現場の「経験則」だけでは危険な理由

「ウチは昔からこのやり方だ」
「大体2倍にしたら大丈夫」
「先代からの計算表に従えばいい」

このような現場あるあるは、製造業がアナログであるが故の“昭和的DNA”ですが、装置大型化や多品種少量生産化、グローバル展開が求められている2020年代には通用しないことも多々あります。

例えば、新材料や高粘度流体への対応、省エネ対策のニーズが高まると“昔通り”の考え方では事故や大損失につながるリスクがあります。

そのため、相似則による科学的な整理と、Excelの活用による見える化・多角的シミュレーションが必須となっています。

現場の声を生かしたExcel活用のコツ

現場作業者や班長、保全担当を巻き込みつつ
– 現場で起きている“想定外”
– 微妙な寸法や粘度変化の影響
– 実際の設備トラブルとその原因

こうした「生の現場情報」をExcelシートに盛り込み、数値だけでなく「条件メモ」「温度分布グラフ」「運転コメント」などを一緒に残していきます。

これにより、バイヤー/サプライヤー間の齟齬や、部署間の伝言ゲームによるミスを減らせます。

“現場で使える”Excel演習例

現物を持ち込めない、多忙な現場でも“座学”+“即実践”のために、以下のようなExcel演習をおすすめします。

1. メーカーのデータシートから
・小型装置での性能データを入力
・スケールアップ倍率をかけて主要性能を予測

2. TEMPERATURE, PRESSURE, POWERなどの項目ごとにスケールアップによる変化を可視化
・IF文やグラフ化で閾値到達箇所を警告

3. 現場のヒヤリハット、トラブル例も「コメント」として蓄積
→ 次期OEMバイヤーや新規サプライヤー教育にも大活躍

バイヤー・サプライヤー双方に役立つスケールアップの知見

バイヤー目線:安心・安全な設備調達のために

スケールアップ計算や相似則を駆使して、メーカー側の提出する“標準仕様”や“カタログ値”が、現場実態に本当に合っているか比較検証ができます。

また、現場が本当に欲しい機能や条件を明確に伝える指標として、無次元数やExcelで算定した動力値、負荷変動を提示できるため、“通り一遍の見積もり”ではなく根拠ある価格交渉・コストダウン提案が可能となります。

サプライヤー目線:バイヤーの要求レベルを読み取る

相似則やスケールアップへの深い理解があれば、実際の現場課題に即した改善提案や納期短縮、技術相談もスムーズに成立します。

また、バイヤーがExcelで示した計算ロジックや期待性能に即して、仕様追加やコスト低減策を積極提案できれば、評価・採用へ大きく近づきます。

まとめ:相似則とExcel演習は「現場力」と「理論力」を結ぶ架け橋

製造業の“昭和の現場力”は、日本の強みです。
しかし、VUCA時代における生産性・品質・安全性の新境地を開拓するには、相似則という科学的武器と、Excelという手軽なITツールの活用が欠かせません。

現場で磨かれた勘と、理論に基づくロジックの両輪を大切にし――
設備トラブルの未然防止
サプライヤーとの信頼関係の強化
バイヤーとしての“選ばれる力”の底上げ

こうした総合力で、日本の製造業を未来につなげていきましょう。

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