投稿日:2025年10月28日

靴のアッパーが波打たない縫製テンションと型押し温度制御

はじめに:靴アッパーの美観と品質を守るために

靴作りの現場では「アッパーの波打ち」をいかに防ぐかが、美観・品質双方において大きなテーマの一つです。

アッパーとは、靴の甲を覆う最も目立つ部分の材料であり、ちょっとした仕上がりの違いが製品全体の印象やブランドイメージに直結します。

しかし、現場では「なぜ波打つのか?」「どうしたら解決できるのか?」を感覚や経験則のみで捉えてしまいがちです。

この記事では、製造現場で実際に起きている課題や、縫製・型押し工程で役立つ具体的な管理ポイントをプロの現場目線で解説します。

また、昭和から変わらない“アナログな慣習”が今も根強く残る製造業だからこそ、気をつけたいアプローチや、サプライヤーとバイヤーの双方の気持ちをくみ取った工夫についてもご紹介します。

アッパーの「波打ち」とは?原因と現場の声

波打ちが発生する主な原因

靴のアッパーにおける「波打ち」とは、縫製後や成形後に表面がヨレたり、蛇腹状にうねったような見た目になってしまう現象を指します。

この現象の主な原因は、以下のような要素が複雑に絡み合って発生します。

– 縫製時のテンション(糸の引き具合や加圧力)のムラ
– 材料(革・合成皮革・繊維)の伸縮特性や厚みの不均一さ
– 型押し時の温度や時間、圧力設定のばらつき
– 加工場の湿度や温度など、現場環境の変動
– 伝統的な職人技頼みの工程管理

現場では、裁断担当者が材料に厚さや伸びの差を持ち込んでしまったり、縫製担当者の手癖によるテンションのムラ、さらに型押し工程でのマシン設定の調整不足が重なって「なぜか一部だけ波打つ」などのトラブルが発生しています。

バイヤー・サプライヤー視点での“波打ちリスク”

バイヤーの立場からすれば、「波打ち=品質上のクレーム要因」であり、最悪の場合、納入拒否や返品・値引き交渉の火種となります。

一方、サプライヤー側では「同じ条件で作っているのになぜか波打つ」と管理不能に陥りがちで、解決できない場合は工場・事業者間の信頼も損なわれる恐れがあります。

そのため、製品の見た目だけでなく、工場経営やブランド戦略にとっても大きなインパクトを持つ問題です。

縫製テンション管理の実践テクニック

テンション管理の重要性と現場の実態

靴製造現場の“縫製”工程では、縫う際の糸張力や材料引き加減(これを総じて「テンション」と呼びます)が重要です。

昭和の時代から続く現場では、「ベテラン作業者の腕」に頼った感覚的な管理が一般的でした。

しかし、科学的なテンション管理を導入しなければ、個人差や日毎によるばらつきが“波打ち”の直接的要因となります。

実践的なテンション管理方法

現代の製造現場で取り入れたいテンション管理の要点は、以下の通りです。

1. 糸調子計(テンションゲージ)の活用
縫い糸のテンションを数値で管理するため、必ず機械に“糸調子計”をセットします。

閾値を決め、毎ロットごとにテンション異常がないかチェックします。

2. 試し縫いサンプルによる定期確認
新しい材料やロット変更時には必ずサンプルを縫い、表と裏双方の縫い目が波打っていないか、たるみやツレが発生していないかを確認します。

これをルーチン化することで感覚でのバラつきを減らせます。

3. 材料ごとの最適条件のデータ蓄積
革・合皮・メッシュなど材料ごとのテンション条件を“職人ノートではなくデータベースに蓄積”しましょう。

これにより、複数作業者や工場間で再現性のある品質管理ができます。

4. 作業者への定期教育と標準書
人の感覚に頼らないためにも「標準作業書」にて、テンション管理の手順や注意点を明文化し、定期的な教育を徹底しましょう。

これらの管理手法は、アナログな現場にも少しずつ溶け込みつつあり、「初めて導入したら歩留まりが20%改善した」などの成功事例も出ています。

型押し温度と時間制御のポイント

なぜ「温度」と「時間」が波打ちに関係するのか

アッパーの型押し(プレス)工程では、まだ成形前の素材に熱と圧力を加えてデザインや深さ、立体感を形作ります。

温度や時間の管理が不十分だと、
・温度が高すぎる=素材が“焼け”たり縮れて波打つ
・温度が低すぎる=形が定着せずヨレが残る
・押し時間が長すぎる/短すぎる=熱が均等に伝わらず変形が生じる
といったトラブルが頻発します。

型押し管理を科学するための取り組み

1. デジタル温度制御の導入
型押し機のヒーター部にはデジタル温度コントローラーを設置し、温度を正確に制御します。

機種によっては0.1℃単位で管理可能なものもあり、現場での失敗を大幅に減らせます。

2. サーモグラフィー等で熱分布の可視化
プレス前後にサーモグラフィーカメラで表面温度分布を確認することで、機械の“当てムラ”や“冷め残り”を早期発見できます。

3. 時間制御プログラムの標準化
型押し開始から終了までのタイマーを機械に組み込み、オペレーターの勘に頼らない“自動管理”を徹底します。

特に量産現場では秒単位の差で不良率が激増するため、時間管理は最重要です。

4. 材料ロットごとに適正条件を事前検証
材料が変わるごとに小ロットで適正温度と時間を実験的に導き出し、その数値を現場で共有します。

この取り組みだけで“いつも同じ素材なのに今回は波打ちが多発”という事態を未然に防ぐことができます。

サプライヤーとバイヤーが協力し合うために

「バイヤーにとっての安心」=「サプライヤーにとっての武器」

バイヤー目線では「管理が徹底されている現場」に高い信頼を寄せる傾向があります。

“波打ちゼロ”を目指すだけではなく、
・どのように再現性を担保しているか
・不良が出た時の分析シートやトレース体制があるか
・条件変更時の承認プロセスは明文化されているか
といった、付帯情報が質の高い商談や長期的な取引へ繋がります。

逆にサプライヤー側も「なぜこの不具合が起きたか」をしっかり分析し、バイヤーに根拠と改善策を伝えることで信頼残高を積み上げるきっかけにできます。

現場・管理職・経営者の“三位一体”の現場改善

昭和以来のアナログな管理から脱却するには、現場スタッフだけでなく、
・現場リーダーが徹底的に品質データを現場で説明する
・管理職が標準化や定量管理を評価軸に取り入れる
・経営陣が管理コストを“攻めの投資”と捉えて先進設備へ投資する
という“三位一体”の改善サイクルが肝要です。

特に若手作業者が増える現代工場では、デジタル機器や“見える化ツール”の活用が、現場力向上&人材育成の大きなカギとなります。

まとめ:小さな“波打ち”が大きな成長の起点に

アッパーの“波打ち”は、製造現場の「ちょっとした気の緩み」や「昔ながらのやり方」に潜む大きな落とし穴です。

しかし、縫製テンションや型押し温度制御の徹底は、ただの現場改善に留まらず、
・ブランド価値の維持
・安定したバイヤーとの信頼構築
・現代的な“ものづくり文化”の創造
にも直結します。

サプライヤーもバイヤーも、“目に見える品質”と“見えない管理思想”の双方を高めることが、日本の製造業の競争力そのものです。

靴のアッパーの表情に、現場すべての知恵とプライドを映し出しましょう。

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