投稿日:2025年12月2日

棚卸し前後の出荷停止が売上機会を奪う矛盾

はじめに:製造業現場で根強く残る「棚卸し前後の出荷停止」慣習

製造業では、定期的な棚卸し作業が必須業務の一つです。

この際、多くの工場や倉庫では「棚卸し前後の出荷停止」という、いわゆる“恒例イベント”が存在します。

一見、伝統的かつ安定運用のためには不可欠と思われがちなこの慣行ですが、実は時代が変わり、顧客ニーズが高度化している今、企業の成長や売上機会を著しく奪っている側面も見逃せません。

現場の実情から経営視点まで、「棚卸し前後の出荷停止」が生じる背景、そして矛盾と課題、さらにこれからの製造業に求められる変革までを、20年以上の現場経験に基づき、実践的な内容で掘り下げていきます。

棚卸し作業と出荷停止の現状把握

なぜ「棚卸し出荷停止」は常態化しているのか

多くの現場では、棚卸しを正確に実施する目的で、前日から全ての出荷・入庫業務を停止します。

理由はシンプルです。

「棚卸し中にモノが動くと、数量が合わなくなる」「ミスや差異の原因を減らしたい」という現場の安全志向です。

この背景には、アナログ運用や目視・手作業による棚卸しに頼ってきた長い歴史があります。

昭和時代から受け継がれた、現場主導の管理手法が抜本的に変わっていないことが大きな要因です。

具体例:1日〜2日のロスが“当たり前”の現場

例えば、毎月末もしくは四半期末に行われる棚卸し前には、「本日何時までに出荷終了、それ以降のオーダーは受け付け不可」といった通達メールが全担当者へ送られます。

また、棚卸し終了まで外部への搬出・荷受すら厳しく制限される工場や倉庫も珍しくありません。

その間、出荷オーダーが溜まって納期トラブルが増えたり、急ぎの注文に応えられなかった経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。

現場目線の“メリット”と“リスクヘッジ”

たしかに、アナログ主体の現場では、棚卸しの精度を維持し、原因不明の在庫差異や帳簿ズレによるトラブル防止には一定の効果があります。

経理監査対応やセクショナリズムの観点からも、法令遵守やリスクヘッジ優先という現場心理が働くのも無理はありません。

棚卸し出荷停止が生む「売上機会喪失」の実態

顧客の“今すぐ届けて”要望に応えられないズレ

昨今では、「当日出荷・翌日納品」や「短納期リピート対応」が市場のスタンダードになっています。

Webでオーダーをしても、棚卸し出荷停止期間中は発送ができず、「2〜3日後の出荷確約」となれば、顧客は他社サービスに流れてしまうことも十分にあります。

現場で1〜2日停止している間に、得られたはずの売上が他社へ流出する、すなわち機会損失が発生しているわけです。

売上だけでなく信頼も失うリスク

「なぜこの時期は毎回動きが遅いのか」「納期遅れの理由が理解できない」といった、顧客の不信感につながる可能性も否定できません。

特に今はサプライチェーン全体がグローバル化・高速化しているため、小さな遅延やトラブルが信用失墜・競争力低下へ直結します。

経営層にとって見えづらい本当のコスト増

棚卸し出荷停止による売上逸失は“見えないコスト”です。

数字上では単なる一時的な売上減に見えますが、顧客離れ・後工程の負荷増加・余分な在庫保持コストなど、中長期的なロスは無視できません。

なぜ昭和のアナログ慣行から脱却できないのか

現場主導の保守性と変革への抵抗

正直なところ、多くの工場では「今までこれで問題なかった」「下手な変更はむしろ混乱を招く」といった心理が根強く残っています。

現場のベテラン勢や経理部門が「時間を止めてしまえば確実」と信じている限り、既存の運用から抜け出せません。

数字や監査の正確性を最重視し、顧客の利便性や売上拡大は二の次になりがちです。

システム投資の後手後手

WMS(倉庫管理システム)やERP(基幹業務システム)を活用しきれていないため、リアルタイム棚卸しや動態管理が実現できていない現場も多いです。

「導入コストが高い」「全員を教育するのが大変」といった言い訳が先行し、古い運用が温存され続けてきました。

先進工場の事例に学ぶ、“止めない”棚卸し運用

リアルタイム在庫管理の破壊力

一部の先進的な製造業企業では、最新のWMSやRFID(ICタグ)・ハンディ端末を用いたリアルタイム在庫管理を導入し、「在庫が動いていても、正確な棚卸しができる」体制を構築しています。

これにより、出荷業務を止めずに棚卸しを進行し、売上機会・顧客サービスレベルを維持しています。

棚卸し手法を分散・工夫するアプローチ

棚卸し作業自体を1日、2日で全停止するのではなく、「エリア分割制」「担当者ローテーション」といった工夫で、部分的な棚卸しを可能にしている現場もあります。

出荷・入庫停止範囲を最小限にとどめ、ほとんどのオーダーは止めずに処理する体制が作れています。

“数字合わせ”から“価値創造”へ

旧来型では「合わない在庫数=現場の責任」となり、目的がいつの間にか数字を“合わすこと自体”になっています。

先進現場では、「数字合わせ」はシステムが自動でやり、人手は付加価値業務や仕組み改善へシフトさせています。

調達・生産・サプライヤーの立場で捉えるべき“視点転換”

バイヤー視点:なぜ“止めない工場”が評価されるのか

バイヤーは「自分たちの納期管理を優先してほしい」「供給が安定する企業と長く付き合いたい」と考えています。

棚卸しの仕組みを理由に納期遅延や納期日程の不安定さが生じるサプライヤーは、選定評価で不利になりやすい。

また、「出荷停止があります」と平然と案内される事自体が、バイヤーの立場では大きな減点対象です。

サプライヤー視点:変化を求められている証拠

サプライヤー側も「うちはこういう慣行だから仕方ない」と思考停止せず、自社の棚卸し運用改革が顧客企業であるバイヤーの選定理由になる、と理解する必要があります。

棚卸しによる業務停止ゼロをPRできれば、競合他社との差別化・営業アピールになります。

現場管理者:現場に眠る改善テーマを“見える化”せよ

棚卸しロスの原因を細分化し、「どの工程、どのタイミング、どんな理由で止まっているのか」を棚卸しデータから徹底的に抽出し、改善サイクルを高速回転させるべきです。

ヒヤリハットやロス発生のタイムラインを可視化することで、現場全体の生産性向上・人材余力確保にもつながります。

今こそ求められる“棚卸しそのもの”の再定義

「リスクヘッジ第一主義」の終わりと再出発

確かに帳尻合わせやリスク管理は大切です。

しかし、そのために毎期ごと売上機会・顧客信頼を失ってもよいか。
今やその発想を時代遅れと呼ぶ声も多いです。

棚卸しは「買掛・売掛・財務」のための儀式ではありません。
モノづくりの現場力・供給管理力・全体の競争力を向上させる「事業ドライバー」へ進化させる必要があります。

デジタル技術と人の知恵のハイブリッド運用へ

最新の在庫可視化ツール、AI・IoT技術の活用、ロボット棚卸しなど“やれること”は増えています。

一方で、ベテランスタッフの現場ノウハウ・絶対的な観察力も、棚卸し精度の維持には欠かせません。
「デジタル×人の知恵」、両輪で守りと攻めを両立する体制作りが急務です。

まとめ:「止めるな現場、奪うな機会」~今こそ本質的な変革を~

棚卸し前後での出荷停止という慣習は、一見すると現場を守り、数字を守っているように見えますが、実は企業の成長・進化を自ら止めてしまう“矛盾”をはらんでいます。

昭和的な安心・安全志向から脱却し、リアルタイム在庫管理・無停止運用こそが、今後の製造業が選ばれる条件です。

特にバイヤーやサプライヤーの立場で、選ばれる企業、信頼を得る現場になるためには、「棚卸し=止めるもの」という常識から、「棚卸し=強み・価値を生むもの」へと、大胆な転換が求められています。

現場の知恵・情熱とデジタル変革を掛け合わせ、“止めない工場、売上機会を逃さない経営”の実現に、今こそ本気で取り組んでいきましょう。

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