投稿日:2025年11月21日

日本企業向け技術営業に必要な“現場同行”の意義

はじめに――なぜ今、製造業で“現場同行”が求められるのか

近年、日本の製造業では技術営業(セールスエンジニア)の役割が拡大しています。
その中で、従来の商談やメール・オンライン会議にとどまらず、“現場同行”というアプローチが改めて注目を浴びています。
特に調達購買、生産管理、品質管理、工場自動化の分野では、「現場目線で寄り添う」ことが取引関係の質を大きく左右する時代になりました。

本記事では、大手メーカーでの20年以上の経験と現場感覚をもとに、“現場同行”が持つ真の意義や、その背景にある業界動向、実践で得られる成果について掘り下げていきます。
また、バイヤーになることを目指す方や、サプライヤーとしてバイヤーの本音・考えを知りたい方にも役立つ情報を盛り込んでいます。

昭和型のアナログ営業から脱却できない日本の製造現場の現実

属人的な関係構築が色濃く残る現場

デジタル化やDX(デジタルトランスフォーメーション)が声高に叫ばれている一方、多くの製造現場では今も「顔を合わせて、現場を見て、膝を突き合わせて話す」ことが重視されています。
特に地方の下請け工場や、大手でも根強い職人文化を持つ現場では、口頭伝承や暗黙知の共有が仕事を円滑に進める要となっています。

このような現状では、いくらデータやプレゼン資料を整えても、「あいつはいつも現場に足を運んでくれる」「困った時に相談できる」といった信頼こそが発注・購買の決め手になりやすいのです。
これは昭和から続くアナログな習慣の残滓であると同時に、日本製造業の現実的な強み・弱みでもあります。

“現場を見る目”が技術営業で求められる理由

製造現場は千差万別です。
標準化が進む工場がある一方、「この機械はもうメーカーが無い」「うちは図面はなくベテランの口頭引継ぎだ」といった独特な事情が残っています。
こうしたリアルな課題や現場特有の癖は、資料やメールのやり取りだけでは絶対に把握できません。

実際、部品の納入や商品の導入後に「思ったよりラインが混んでいて搬入できなかった」「オペレーターが操作に慣れていなかった」等、紙面上では想像できないトラブルがしばしば起きます。
現場同行することで初めて「この工程とこの工程の間がネックになっている」「本当はここに困っている」といった、言語化しにくい現場の“空気”や課題を感じ取ることができるのです。

“現場同行”の意義を再定義する

表面上の関係維持から“価値創出”型営業へ

従来の現場同行は、「定期的に顔を出しておけば関係が保てる」といった、いわば御用聞き型の営業手法でした。
しかし、市場環境が劇的に変化し、生産コスト・品質要求・納期短縮などが厳格化する現在、単なる付き合いではなく、「現場の課題を共に発見し、解決への提案を積極的に行う」という“価値創出型”への転換が急務です。

技術営業は、自社の技術やサービスを売り込むだけではなく、バイヤーの置かれる状況や現場特有の課題を理解し、その解決策を提示するパートナーとして振る舞う必要があります。
現場同行は、その現場リアリティに根ざした提案力を身につける一番の近道となります。

現場同行でしか得られない「気づき」とは

下記に、私が実際の現場同行で得た具体的な“気づき”をいくつか例示します。

・図面上は十分なスペースがあるが、現実には複数部門が同時に作業するため、人の動線がいつも交錯している
・自動化装置が導入された直後、現場リーダーが装置メーカーに遠慮して問題点を伝えられず、元の手作業に戻していた
・納品梱包が現場で開梱しにくい設計になっており、作業者にストレスが溜まって納入品の評価が下がっていた

これらはいずれも、現場を歩き、現場の人々と一緒に作業の流れを追わなければ見えなかった課題です。
表には出にくい「事実」「本音」こそが、購買判断や現場改善につながるダイナミックな“ヒント”になるのです。

現場同行から生まれる「付加価値」とは

真のニーズ把握と差別化

現場同行で得られるのは、部品・設備の機能や仕様にとどまらない、顧客現場の“暗黙のニーズ”です。
例えば、「同業他社も同じ機械を使っているが、メンテナンス工数の負担が大きい」「この工程だけが毎日残業になる」など、ものづくり特有の本当の困り事は“現場”にこそ隠れています。

こうした情報をいち早くキャッチし、顧客の現業部門そのものの業務改善に資するような付加価値提案を持ち込めれば、「この人にしか頼めない」「あの会社は現場目線で本当に助かる」と強く差別化できます。

信頼と“協働”への発展

現場同行の継続は、「売る側・買う側」という単純な関係を超え、協働パートナーへの昇華につながります。
一緒に現場を歩き、本音で交わす会話を重ねた関係は、小さなトラブルや潜在的な問題があっても早期に「相談が来る」状態に変わります。

特にサプライヤーから見ると、“現場同行を欠かさない担当者”は発注側全体に信頼が広がりやすく、予期せぬトラブル時にも「まず相談先に挙げてもらえる」ことで、受注チャンスや増販にも直結しやすくなります。

現場同行を起点としたデジタル化推進

最もレガシーな現場ほど、「自分達だけでは何から改善して良いかわからない」「デジタル導入を相談できる目線の合う相手がいない」といった課題も多いものです。
現場同行を通じて「ここに理由がわからない属人業務がある」「この集計は毎日手書きでやっている」などを見つけ、着実に現場を起点としたDX・自動化に結びつけることで、サプライヤー担当者としての存在感が際立ち、現場の「選ばれる人」になっていきます。

現場同行の心得と実践ステップ

1. 目的を明確にした現場同行計画

現場同行は数多くの情報を持ち帰るチャンスですが、ただ「現場を見に行く」だけでは成果につながりません。
工程改善、設備搬入、品質トラブル対応、購買プロセス見直しなど、目的を明文化し、現場側にも事前共有しておくことで、同行時の会話がピント外れにならず、本音や課題が引き出しやすくなります。

2. “現場のキーマン”との対話を重視

意外と見落とされがちなのが、ベテラン作業者や現場班長クラスとの対話です。
彼らは、表に出にくい現場の「本音」や「守られている暗黙ルール」をよく知っており、現場改善や新技術導入での抵抗感の度合も把握しています。
購買部門や生産管理の担当者だけでなく、現場のキーマンと信頼を築くことで、根本的な問題解決が加速します。

3. “小さな価値提供”の積み上げを意識

初回の現場同行で大きな成果を求めすぎず、まずは「作業の流れが楽になるアドバイス」「同業他社のベストプラクティスの紹介」など、小さな価値提供を継続しましょう。
これにより、現場側も徐々に心を開き、次第に大きな課題や悩みまで相談いただけるようになります。

4. フォローアップで成果を可視化

現場同行後こそ、真価が問われます。
現場で見聞きした課題や要望に対し、「○○の改善案を考えました」「先日伺った○○の件、その後どうでしょうか」と、具体的なフォローを欠かさず実施します。
これによって現場の信頼が飛躍的に高まり、継続的な受注やリピートとつながります。

バイヤー・サプライヤー双方の視点から“現場同行”を捉え直す

バイヤー側の本音を知る

バイヤー(購買側)の担当者は、常に「コスト」「納期」「品質」の最適化を求められています。
一方、現場寄りのバイヤーは「現場が納得して導入できること」を重要視しており、“机上”じゃなく“現場で真に使われるモノ・サービス”に価値を見ています。

つまり、現場視点を抜けば、どれだけコストを下げても現場に拒否されて導入が失敗するリスクがあります。
そこを理解した提案・改善・サポートを惜しまない担当者ほど重宝されます。

サプライヤーの営業に期待されること

サプライヤーの営業担当者は、「最初は手間がかかる」「交通費や時間が無駄」と感じることもあるでしょう。
しかし、現場同行の実践を重ねることで、誰よりも現場の暗黙知・具体策に精通した“現場担当者の右腕”のような存在となり、「あの人に聞けば現場は困らない」と評判が広がります。

また、現場でしかわからない「潜在需要」や「他社事例」を拾い上げる力は、サプライヤーの“強み”にも直結します。
すなわち、“現場同行=自分へのビジネス投資”という側面も大きいのです。

まとめ――現場同行は「アナログ」ではなく「最強のソリューション」

製造業は古い?昭和のやり方に固執している?
確かに、アナログ的な現場同行は手間やコストがかかります。
しかし、だからこそ現場同行を通じて得た“一次情報”や現場本音は、何よりも貴重な差別化資源です。

特に技術営業・調達購買・サプライヤー担当者が「現場」と真摯に向き合うことで、真のニーズ掘り起こし、解決策の提案、協働という“新しい競争力”が生まれます。
今こそ、“現場同行”の真意を進化させ、アナログなようで最強なソリューションとして武器にしていきましょう。

現場に足を運び、現場で会話し、現場から価値を生み出す——
これが、日本の製造業技術営業の新しい地平線となるのです。

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