投稿日:2025年6月23日

自動車の振動騒音対策におけるシミュレーション解析と具体的事例を学ぶノウハウ

はじめに

自動車産業は、いまや精密機器産業といっても過言ではありません。
そのなかで「振動」と「騒音」は、乗り心地や品質への評価だけでなく、国際的な環境規制への対応や商品価値向上に直結する極めて重要なテーマとなります。
この記事では、振動騒音(NVH: Noise, Vibration & Harshness)対策におけるシミュレーション解析の最新動向や、現場で役立つ実践的ノウハウ、そしていくつかの具体的事例を交えて詳しく解説します。
製造業の現場、調達・購買部門や設計部門、さらにはバイヤーを目指す方にとって必ず役立つ内容となっていますので、ぜひ参考にしてください。

自動車の振動・騒音(NVH)課題はなぜ難しいのか?

自動車のNVH課題は、単純な防音や制振対策だけでなく、車両全体の最適設計やコスト・重量バランスといった複数課題が絡み合う点に難しさがあります。
特に近年はEV化や軽量化の流れにより、モーターや電気系統固有の新たなノイズ発生、騒音源の可視化も求められるようになっています。

さらに、グローバル化により各国の騒音規制は年々厳格化しており、海外市場に出すなら「静粛性」「快適性」は無視できない品質要素です。

課題解決の鍵は“正しい現象把握”

NVH対策で最も重要なのは、現象の「見える化」と「正しい現象把握」です。
これが曖昧なまま原因追及を誤ると、対策コストが膨らみ続けてしまう“負のスパイラル”に陥ることが多くの現場で見受けられます。
こうした問題を最小化するためにも、最前線では「シミュレーション解析」を駆使する動きが加速しています。

シミュレーション解析の役割と、現場活用の実態

シミュレーション解析とは何か?

NVHシミュレーション解析とは、CAE(Computer Aided Engineering)技術を駆使し、設計段階で実現場の“振動・騒音発生メカニズム”を可視化・定量化し、対策効果を事前検証する手法です。
代表的なのは有限要素法(FEM)による振動・モード解析、音響解析、またマルチボディダイナミクス(MBD)などです。

現場でどのように使われているのか

国内大手メーカーでは設計段階から量産直前・試作段階まで、以下のような活用例が増えています。

– エンジンマウントや車体骨格の“共振モード”検出と対策案出し
– 回転体や駆動系統からの特定周波数ノイズの事前評価
– シートやパワートレイン、エアコンユニット単体の局所防音・制振案の効果検証
– 制振材や吸音材の最小コストでの最適配置設計

これらをバーチャルで何度も繰り返すことで、試作フェーズでの設計変更や手戻りを大幅に減らすことができ、コストダウンと短納期化に大きく寄与します。
かつてはアナログ的“現物合わせ”が主流でしたが、現代では“デジタル先行開発”がますます定着しています。

最新のシミュレーション事例と業界のトレンド

事例1:EV車のモーターノイズ解析と対策

EV車はエンジン音によるマスキング効果がなくなったことで、逆にインバーターやモーター駆動の高周波ノイズ、“コロコロ音”と呼ばれるシャフト振動系の音が顕著になりました。
ある国内自動車メーカーでは、モーター・駆動軸・車体骨格を統合したFEMモデリングによるシミュレーション解析を行い、問題となる「共振周波数」と振動源の伝達経路を突き止めました。
その上で以下のような対策が施され、量産車両の静粛性を飛躍的に向上させたのです。

– 骨格部位の一部補剛による固有振動数シフト(“周波数逃がし”対策)
– 駆動ユニット取付け部のラバーマウント特性最適化
– 吸音・制振材の配置検証によるコスト/重量の最適設計

こうした一連のバーチャル検証と現車実測の往復により、従来手法の約1/2の工数で所定のNVH性能を達成できました。

事例2:内装パーツのキシミ音(異音)対策

内装パーツの「キシミ・ビリつき音」も現場で頻発する課題です。
特に樹脂系パーツのクリアランスや取付剛性、摩擦条件の影響で耐用年数経過後の異音が増加します。
あるTier1サプライヤーが行った事例では、パーツ単体と組付け状態の“摩擦音シミュレーション”を両方実施。
実際に微小振動やスティック・スリップ現象をモデル化し、コネクタ形状や素材表面処理の最適案を絞り込みました。
製造現場へのフィードバックとして、「成形金型の精度規定再設計」や「特定部位の表面微細処理指示」まで反映させることで、量産後の不具合報告を大きく減らした好事例です。

事例3:鉄道車両/大型車での解析活用

自動車に限らず、鉄道車両やバス、大型トラックなど幅広いモビリティ製造現場でも振動騒音シミュレーションへの転用が進んでいます。
特に床下機器の共振、車体損傷やパネル剥離など、大規模構造の長期信頼性評価にも“仮想耐久試験”として活用。
建設機械分野などでは、重作業時のオペレーター振動暴露量もシミュレーションで評価し、現場安全対策データとして生産管理に落とし込む動きが見られます。

調達購買・バイヤーの視点から見るNVHシミュレーション

調達購買やバイヤーの立場では、NVH性能への要求が年々厳格化する一方で、調達コストや納期短縮、サプライヤーの技術力評価など多くの要素を考慮する必要があります。
NVHシミュレーション技術は、単なる設計・開発部門だけでなく、調達・仕入先選定の現場でも以下のように活用されています。

サプライヤー提案力の“見える化”

NVHシミュレーション解析能力は、「新規部品調達時の技術提案力」として評価項目化されています。
例えば、RFI/RFQ(見積依頼時)の段階で「振動騒音のシミュレーション事例を添えて提案」することで、実績や技術信頼性、社内開発体制の確かさをバイヤーにアピールできます。

“不具合対応力”と設計変更リスク低減

量産後、不具合発生時に「再度シミュレーション解析を使って迅速に原因分析と対策ができるサプライヤー」は、信頼度・選定優先度が高くなります。
仮に現物試験が難しいサンプル数や量産フェーズでも、バーチャル検証を用いて部品特性や設計変更効果を評価できるのは、リスクリダクションという意味でも大きな価値なのです。

アナログ現場の「昭和的開発」から脱却するためのノウハウ

現場では「振動や音は現物を叩いてみないと分からない」「過去の職人勘こそが財産」といった“昭和的な匠”の価値観も根強く残っています。
しかし、最新車両やグローバル部品調達のスピードに対応するには「現象理解→仮説出し→シミュレーション→現物検証→対策検証」という“ラピッドサイクル”が不可欠です。

現場のノウハウとデジタル解析の両輪が重要

ポイントは、一方に偏ることなく

– 職人が培った“感覚値”を設計者や解析担当者がしっかりヒアリング
– 実際に生じた異音・振動データをデジタル解析に落とし込む
– 解析結果と実車実測のギャップを率直に現場へフィードバック

という双方向の知見交流を「現場主導」で進めることです。

ラテラルシンキング発想でのアプローチ

シミュレーション技術はあくまでも“手段”です。
真の課題解決のためには

– なぜこの部品で異音・振動が出るのか?
– そもそも設計思想の「前提自体」が間違っていないか?
– 別業界の制振・騒音対策技術や素材転用も可能では?

といったラテラル(水平・多面的)な発想や、新しい選択肢となる提案が重要になります。
自動車NVH分野でも航空機や建設現場向けの制振技術が転用された事例があり、異業種交流による“目からウロコの逆転事例”は今後さらに増えることでしょう。

まとめ:NVHシミュレーションは「競争力」の源泉

自動車の振動騒音対策は、単なる品質管理やお客様クレーム予防策ではありません。
設計の最適化→無駄なコスト低減→短納期化→商品力向上と、全てのバリューチェーンに直結する“競争力の源泉”です。

NVHシミュレーションを有効活用し、現場の知恵・ノウハウとデジタル解析を融合することで、かつての“勘と経験”に頼ったものづくりから、「科学的根拠に裏打ちされた高効率な現場改善」へと進化できます。

調達・購買、サプライヤー、開発・設計現場すべての担当者がNVHシミュレーションの本質を理解し、ラテラルシンキングをもって柔軟に活用すれば、これからの製造業の未来はさらに明るくなるはずです。

現場を知り尽くしたプロとして、ぜひ今日から一歩先の「デジタルものづくり」に挑戦してみてください。

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