投稿日:2025年6月11日

スラリーの分散・凝集状態の評価法と安定化制御技術および活用のポイント

はじめに:スラリーの分散・凝集が製造業にもたらす影響

製造業、とりわけ化学、セラミックス、電子材料、塗料、リチウムイオン電池などの分野で欠かせない素材がスラリーです。

スラリーとは、固体微粒子が液体中に分散した懸濁液を指します。

最近では、生産現場の自動化・効率化に加え、安定品質の確保や省エネルギー志向の高まりと共に、スラリー技術の高度化が求められています。

スラリーの分散・凝集状態は、そのまま製品性能や工程安定性に直結するため、各現場で知識と管理能力が問われています。

また、アナログ業界ならではの「勘と経験」に頼る傾向も依然根強い一方で、科学的な評価法やデータ活用が急速に普及し始めています。

本記事では、スラリーの分散・凝集状態の評価方法と安定化制御技術、そして現場で失敗しない活用のポイントまでを、現場目線で詳しく解説します。

スラリー分散・凝集現象の基礎知識

スラリーの分散とは

分散とは、固体微粒子が液中で均一に存在し、沈降せずに安定している状態を指します。

この状態では、粒子間の付着力よりも粒子を分離する力(例:反発力・電気的な斥力・分散剤の作用など)が優勢です。

塗料やインク、機能性フィラーなどの分野では、分散性が高いほど、均一な膜厚・色味・機能性が得られ、最終製品の品質向上に直結します。

スラリーの凝集とは

凝集とは、個々の粒子が互いに引き寄せられ、複数の粒子群「フロック」(凝集体)を形成する現象です。

この状態では、沈降しやすくなるため、バッテリー電極材のスラリーやセラミックス原料スラリーの製造工程などで大きな問題となることがあります。

一方、下水・水処理やフロック形成が必要な工程では、意図的に凝集を促すこともあります。

なぜ分散・凝集の制御が重要なのか

スラリーの分散・凝集状態は、加工工程におけるポンプ詰まりやノズル目詰まりといった設備トラブルはもちろん、膜厚のバラつきや製品色ムラといった品質低下に直結します。

過度の凝集を防ぐだけでなく、必要な場面では適切に凝集を起こす——こうした両立的な制御技術の深化こそが、製造業発展のカギです。

分散・凝集状態の現場で役立つ評価方法

スラリーが十分に分散しているか、あるいは必要な凝集が生じているかをどうやって確認するのか。

ここでは、現場目線で実際に使われている代表的な評価法を紹介します。

見た目(目視観察)・シンプルな物理試験

まず、もっとも手軽な方法は目視観察です。

スラリーをビーカーなど透明容器に静置し、沈降挙動や上澄みの変化、懸濁安定性を確認します。

加えて、「スラリーをガラス棒で混ぜたときのとろみ」、「沈殿物の崩れやすさ」など触覚や実際の作業感も大切な感覚値として現場では重視されています。

この「アナログな五感評価」は今も、最終チェックで必ず行われる工程です。

沈降速度・分離層形成の観察

スラリーの安定性を沈降速度で評価する方法も現場では定番です。

市販のImhoffコーンなどにスラリーを投入し、時間ごとの沈降量もしくは清澄層の厚みの変化をモニターします。

日常点検、トラブル発生時の原因究明、サプライヤー選定時の材料比較など、多くの用途で活用できる評価法です。

粒径分布測定(レーザー回折法、動的光散乱法など)

最新の現場では、レーザー回折法や動的光散乱法(DLS)などの粒径分布測定装置も普及しています。

スラリー調製前・後、分散剤添加後などで粒径変化をモニターすることで、最適な分散条件や凝集を抑える運転ポイントを科学的に捉えることができます。

とくに、ナノレベルが要求される電池材料や電子材料の現場では、不可欠な評価法となっています。

Zeta電位測定

粒子の表面電荷の大きさを示すZeta電位の測定も重要です。

Zeta電位が大きいほど、粒子同士は反発しあい分散しやすくなります。

逆に、ゼロ付近になると凝集しやすくなるため、Zeta電位のモニタリングによって分散剤の選定・添加量、pH条件などを最適化できます。

なお、イオン強度やpHの調整をするとZeta電位が急変するため、分散条件設定の基礎データとなります。

粘度・レオロジー特性測定

スラリーは流動性(レオロジー特性)がプロセス適用のカギとなるため、粘度測定や流動曲線の測定が欠かせません。

高分散状態にもかかわらず粘度が高い場合は、粒子間距離が近すぎたり、分子間の絡みつきが生じたりしている場合があり、適切な分散剤選定やシェア調整などの掘り下げが求められます。

スラリー分散・凝集の安定化制御技術

現場で安定的に高品質なスラリーを生産し続けるには、分散・凝集の制御技術がポイントとなります。

ここでは、昭和から続くアナログ制御に加え、最新技術やDX活用の動向を押さえ、現場で失敗しない運用のポイントを解説します。

基本は「混合・分散の物理操作」

まずは、物理的な分散操作です。

高速撹拌、ホモミキサー、ビーズミルなど、長年現場で培われてきた手法は今でも主流です。

撹拌時間、回転数、スケールアップ時のエネルギー投入量の最適化は、QC七つ道具を使った工程分析や現場の知見が最も活きる領域となります。

混ぜすぎも分散剤の分解、粒子の過度な凝集を引き起こすため「適切な加減」が現場ごとに異なり、今でも“勘”と“経験”が重要な管理ポイントとして根付いています。

分散剤・界面活性剤の活用

化学的な制御としては、分散剤や界面活性剤の活用が重要です。

分散剤は粒子表面に吸着して電気・立体的な反発力を与え、粒子同士が付着するのを防ぎます。

「アニオン系」、「カチオン系」、「非イオン系」など用途に応じた選択と添加量の最適化、分散剤そのもののグレードや製造ロット差への配慮も現場では求められるポイントです。

近年では、生分解性や廃水処理対応を意識した粒子分散剤も開発されています。

pH・イオン強度の調整による制御

粒子表面電荷は溶液のpHやイオン強度に大きく影響されます。

とくに水系スラリーでは、粒子毎に「等電点」が存在し、この付近では急激に凝集が進みます。

pHモニタリングと酸・アルカリ添加を組合わせることで、分散性に優れたゾーンを維持することができます。

温度制御と原材料特性の安定化

温度変化により分散剤の構造や溶媒中の粒子挙動が変化しやすい場合があります。

現場では、スラリー自体の管理と共に、原料粉体の品質ブレ(粒子径分布・表面特性)まで遡った安定化対策が重要です。

製造ロットやサプライヤー毎の違いが顕在化しやすいため、「原材料段階からの管理」こそが安定化への近道です。

デジタル・自動化制御の最新動向

IoTセンサーと連動したリアルタイムの粒径分布モニタリングや、AI画像解析を用いた沈降挙動管理、各種パラメータの自動記録・異常時アラートなど、スラリー管理のDX化も進んでいます。

日本の製造業では、これまで工程担当者の「経験則」と「手帳管理」が主流でしたが、データ活用による飛躍的な効率化と安定品質の維持が可能となっています。

失敗しない!現場でのスラリー分散・凝集制御のポイント

バイヤー目線のポイント

スラリー原料や受託加工サービスを選定する際は、書類上のスペックだけでなく、実際の分散安定性・粒径分布のばらつき・環境影響・廃水処理適性など現場ひとつひとつの要件を伝え、サプライヤーと密接に連携する必要があります。

短納期やコストダウンの発想だけでは、現場でトラブル多発、歩留まり悪化を招きます。

「試作段階から現場検証を何度も繰返し、理解度を深める」姿勢が失敗しないバイヤーの共通点です。

サプライヤーが知るべきバイヤーの本音

サプライヤー側は「分散安定性の保証」や「トラブル対応ノウハウ」を持っていると、現場でも非常に喜ばれます。

工程や最終用途による分散・凝集要求レベルを早めにヒアリングし、試作品の段階から「ベター」な提案をすることが重要です。

また、原材料ロットごとに微妙な差が生じる場合には、毎回入荷時の現場確認や、バイヤーに対する情報共有を徹底することで信頼感が高まります。

失敗を防ぐための現場コミュニケーション

スラリー分散・凝集の管理は、配合レシピのデータ共有やパラメータ管理だけで完結しません。

日ごとの気温・湿度変化、作業員ごとの混合時間のクセ、原料調達タイミングによる差異など、現場にしか分からない「リアルな変動要因」が多数あります。

管理職や工場長経験を踏まえると、現場担当者の違和感や職人芸とも呼べる経験知を軽視せず、データ連携+現場フィードバックの両輪を回し続けることが安定品質への最短ルートです。

おわりに:昭和からの“勘と経験”と、デジタル技術の融合

日本のものづくり現場では、今なお「伝統の職人技」や「経験則」を重んじる風土が根強くあります。

スラリー分散・凝集制御の分野も例外ではありません。

しかし、同時にIoT・AIなどのデジタルツールを柔軟に取り込み、分析・監視やトラブル時の迅速な原因解明、最適条件の蓄積といった現場課題の“見える化”が進んでいます。

分散・凝集トラブルの発生は、生産コストの増大、品質クレーム、歩留まり悪化など、多大なロスに直結します。

現場で使える評価法や安定化技術を深く理解し、「アナログとデジタル」をバランスよく活かした管理・運用が、これからの製造業の競争力向上のカギになるのです。

スラリー技術の深化は、現場で汗を流す担当者、技術部門、経営層、調達・購買担当、それぞれの連携と相互理解があってこそ実現します。

今後もこうしたノウハウ共有を重ね、日本の製造業の底力を共に築いていきましょう。

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