スマートセンシングが社会インフラの“老朽化対策”を変える

はじめに：社会インフラの老朽化と製造業の役割

日本の社会インフラは高度経済成長期に一斉に整備され、道路、橋梁、上下水道、電力網など多岐にわたります。

しかし、50年以上経過して老朽化が深刻な社会問題となっています。

たとえば、国土交通省の調査によれば、今後20年で多くのインフラ構造物が耐用年数を超えていきます。

その保守・点検コストや事故予防の課題が年々膨らんでいるのは現場で働く方なら痛感していることでしょう。

そのような背景のもと、製造業が蓄積してきた生産技術やスマートセンシング技術が、社会インフラの「持続可能な維持管理」の鍵を握っています。

本記事では、スマートセンシングの実態や、それが社会インフラの老朽化対策にどのような変革をもたらすのか、現場目線で深掘りします。

また、これからのバイヤー、サプライヤーが何を考え、どのような視点で関わっていけばよいのかについても提言します。

製造現場で培われたスマートセンシングの真価

スマートセンシングの定義と目的

スマートセンシングとは、多様なセンサーとICT技術（IoT、AI、クラウド等）を連携し、計測データをリアルタイムで収集・解析・制御する仕組みです。

製造現場で利用される場合には、「設備異常の早期検知」「製品の品質トレース」「作業効率の最適化」など、多様な目的で導入されています。

従来型の「点検員が目視」または「定期メンテナンスでの予防」だけでは見落とされがちな些細な変化も、スマートセンシングなら定量的かつタイムリーに把握できます。

工場現場の変化と応用事例

私が経験した大手製造業でも、「予知保全」を目的としたスマートセンシングの導入が進みました。

たとえば振動センサーや温度センサーを使い、ベアリングやモーターの異常兆候をAIで判定。

この仕組みによって、突発的なライン停止率を従来比半減させることができました。

このような「現場力とデータ活用の融合」は、今まさに社会インフラ分野にも広がっています。

社会インフラ点検の現状と課題

昭和的“目視点検”の限界

かつての社会インフラ点検は、経験豊かな技術者の目視や打音検査、紙ベースの記録簿が中心でした。

現場主義の精神で支えられてきましたが、点検人材の高齢化や技術継承の断絶、膨大な対象と頻度の増加によって限界が明白になっています。

現代のインフラ管理現場では、巨大な橋梁やトンネル内部での狭隘空間点検など、ヒューマンエラーや安全面の問題も深刻です。

また、定期点検の間隔では、破損や劣化の兆候を見逃し数年後に事故や早期補修を招くケースも後を絶ちません。

維持管理コストと予算制約

自治体やインフラ事業者の多くは、老朽化対応の予算獲得に苦慮しています。

補修・更新対象が増える一方で、点検コストや修繕人員の確保が追いつかない。

「壊れる前に見極めて対処できないか」が地道な現場の本音です。

本質的な課題解決へ、社会全体で知恵を結集する時代へと突入しています。

スマートセンシングがもたらす社会インフラ管理の革新

“常時監視”がもたらす価値

スマートセンシングでは、対象インフラに貼付けたセンサーから常時データを取得し、異常兆候を自動検知できます。

たとえば橋梁のひび割れや鋼材腐食、下水管の漏水、送電線の導通異常などを「見逃さずリアルタイムで把握」することが可能です。

これは、現場作業者の限界を技術でカバーする画期的な一歩です。

AI・ビッグデータ活用で“予兆保全”

膨大なデータをAIが解析することで「劣化傾向の予測」や「最適な修繕タイミングの提案」が実現します。

AIの学習が進むほど、見落としや誤検知が減り企業全体のコスト最適化にもつながります。

実例として、橋梁のたわみや応力センサーのデータをクラウドで集約し、異常検知時にアラートを出すシステムが各地で稼働しています。

「データ×現場主義」の融合こそが、令和時代のインフラ管理イノベーションです。

“昭和の常識”から“最新常識”へのパラダイムシフト

保守的な業界に根付く壁と突破口

インフラメンテナンス業界は長年の人間中心主義ゆえ、テクノロジー導入のハードルが高い側面があります。

現場の熟練者からは「センサーの数値だけでは現状の全てはわからない」という指摘もあり、スマート化の啓蒙は一筋縄では進みません。

しかし、AIやIoTが進化しても「最終的な現場判断」「経験値に基づいた勘どころ」の重要性は変わりません。

最新技術と現場ノウハウのハイブリッドこそが「安全・安心な社会インフラ」を実現する近道です。

点検人材の高齢化対策にも、データ分析結果の“裏付け”としてベテラン技術者の知見が大いに活用できます。

アナログからデジタルへ：今できる現実的アプローチ

デジタル化へ一足飛びで移行するのではなく、「点検記録のデジタル化」「経年変化をデータ履歴で追う」「スマートセンサーによる輪番監視を一部導入」といった段階的な改革が有効です。

最初は限定箇所でパイロット導入し、“数字で説得力を持たせた”改善事例を積み上げていくのが現実的です。

このプロセスなら、現場の理解や協力を得やすく、リスク分散もしやすいでしょう。

調達購買・サプライヤー視点で考えるスマートセンシング

調達購買担当者が押さえるべきポイント

調達部門においては、従来の価格・納期・安定供給といった判断軸に加え、「将来的な拡張性」「データ連携の容易さ」「他インフラ設備との互換性」などを重視することが肝要です。

たとえば「センサーごとにデータフォーマットがバラバラ」「クラウドサービスとの相性が悪い」といった現場の悩みを事前に解消する視点が求められます。

また、「アナログ現場への導入障壁を下げるサポート体制」「労務負担を増やさない施工性や保守性」も、サプライヤー選定ポイントになります。

サプライヤーがバイヤーの思考を読み解く

サプライヤー側は、バイヤー（発注者）が「本当に困っている課題」と「データ運用のゴール像」を徹底的にヒアリングできるかが生命線です。

製品や技術を押し売りするのではなく、「現場でどの作業がネックか」「どんなアラート基準が最適か」など、一歩踏み込んだ対話を重ねる姿勢が他社との差別化につながります。

さらには、「データの見える化ダッシュボード」や「異常発生時の対応フロー」「現場教育ツール」など、バリューチェーン全体で付加価値を提供する余地があります。

これからの製造業が描くべき未来像

スマートセンシングによる社会インフラ変革は、決して一部のIT企業やベンチャーだけの専売特許ではありません。

ものづくり現場で培われた堅牢な技術・経験・現場目線こそが、社会課題解決の原動力になる時代です。

30年先、50年先にも社会インフラが安心・安全であり続けるため――

「データ活用×現場知恵」「未知なる課題への枠組みを超えた協働」「ものづくりの底力と創造力」が余すことなく発揮されることを、心から期待しています。

まとめ：現場から社会を変える、スマートセンシングの力

製造業で20年以上働いた私の実感として、「目の前の現場改善」が「日本全体の社会インフラ維持」にダイレクトに貢献するフェーズへと進化しています。

スマートセンシングは、単なる設備IoT化の枠を超え、“未来の社会の基盤”そのものを支える重要技術です。

作り手も、使い手も、そして次の世代へバトンをつなぐ人も。

ぜひ、現場での試行錯誤、現物現場のリアルな課題意識、そして未来を見据えたラテラルシンキングを大切に、スマートセンシングの可能性を育てていきましょう。

これが、私たち製造業界に息づく“現場力”と“未来への責任”だと信じています。