投稿日:2025年10月11日

靴下の締め付け感を均一にする編機テンションと糸配列の設計

靴下の締め付け感を均一にする編機テンションと糸配列の設計

はじめに:締め付け感の均一性にこだわる理由

靴下は一見単純な製品に見えますが、保温性、フィット感、耐久性、デザイン性など多岐にわたる品質要求が求められます。

顧客の満足度を大きく左右する要素の一つが「締め付け感の均一性」です。

この要素は快適な履き心地に直結し、また長時間の着用時のむくみ対策や、血行促進を意識した製品にも密接に関係しています。

しかし、日本の製造業に根強いアナログ志向や属人化したノウハウの壁は、これらを科学的かつ再現性高く実現する上で多くの障害となってきました。

本記事では、靴下編機の「テンション管理」と「糸配列設計」にスポットを当て、現場の視点から課題解決のヒントを探ります。

サプライヤーの方にはバイヤー視点、バイヤーになりたい方には現場の実情も交えた実践的な内容です。

靴下製造の基礎知識:編機の種類と締め付けの原理

代表的な編機の種類とそれぞれの特徴

靴下を製造する主な編機には「シングルシリンダー」「ダブルシリンダー」の2タイプがあります。

シングルシリンダー編機は1本の円筒状シリンダーにニードルが配置されます。

直線的で伸縮性の少ない構造ですがコストが安く、一般的な靴下の大量生産によく使われます。

これに対して、ダブルシリンダー編機では外側と内側の2重構造。

より複雑な編み地のデザインや、一部を強く、一部を緩やかに編む仕様(部分テンション設計)が実現しやすく、ブランド品や機能性重視の製品、圧迫靴下などに使われています。

締め付け感が生まれる素朴なメカニズム

靴下が足に適度な圧力をかけるためには、使用する糸の太さ、種類、編み方、そして編機の設定する「編地テンション(糸のたるみ・引きしめ)」などが複雑に絡み合います。

編み目1つひとつの中で糸にどれだけ張力をかけるかによって、靴下全体の締め付け感・フィット感が決まります。

さらに、つま先、甲、土踏まず、足首といった部位ごとに求められる伸縮性や圧の強さも違うため、現場では仕様ごとに細かなテンションと糸配列の設計が不可欠です。

なぜ日本の製造現場でテンション管理が難しいのか

輸入編機・古い設備に頼らざるを得ない実態

日本の靴下製造業は、昭和~平成期に急速な自動化が進みましたが、依然としてイタリアや中国製の汎用機の導入比率が高いままです。

これらの編機は多機能な半面、テンション制御部は手動やアナログダイヤルによる微調整が主流です。

極端な例では「職人の手の感覚が一番正確だ」という声も根強く残り、電動テンションコントローラーやPLC制御化が遅れてきました。

これが属人的な品質ばらつきと、再現性の低さという現場課題の温床となっています。

原糸の品質変動が与える影響

また、実際の生産現場では「同じ番手・同じ染色」の糸でも、ロット差による品質変動が締め付け感のばらつきにつながることがあります。

特に高付加価値靴下や医療用途の着圧ソックスの場合、この僅かな差が顧客クレームに直結することも少なくありません。

このため、テンション管理は単に編機の設定だけでなく、仕入れる糸の品質管理ノウハウとも強く結びついています。

靴下の締め付け感に直結する「編機テンション」と「糸配列設計」のポイント

テンション=糸の「どれだけ引っ張るか」

編機テンションは「糸をどれだけ張った状態で編むか」という設定値です。

テンションが強すぎると編み地が硬くなり、履いた時の圧迫感が強くなります。

逆にテンションが弱ければフィット感が失われて「ズレ落ち」が起きやすくなります。

このバランスを図るために、現場では「編み目の密度」「仕上がり寸法」「伸縮性試験」など複数のデータを取り、最適化します。

現代では標準化された測定治具や電子テンションコントローラーが一部導入されていますが、まだ完全な自動化には至っていません。

「編機担当者の経験則」と「計測データ」を組み合わせて管理していることが現実なのです。

糸配列設計で履き心地コントロール

もう一つ重要なのは「糸配列設計」(ヤーンマッピング)です。

たとえば、土踏まず部分だけを強化したい場合、その部位だけに強伸縮性ポリウレタン糸を補強糸として加えます。

足首はやや強め、すね部分は柔らかめ、つま先は蒸れ防止のため通気性を重視、など部位ごとに異なる糸を重ねる「多層構造」も一般的です。

単一素材の時代から、異素材・異番手・異色の複数糸を同時投入する現代にあっては「どのスロットにどの糸を何本通すか」という糸配列の工夫が差別化のポイントとなります。

品質安定化のための段階的アプローチ

現場では以下のようなプロセスによる安定化が重要になります。

1. 原糸の入荷時品質検査(太さ、伸縮率、テンション試験、湿度・油脂分量まで厳密にチェック)
2. 編機のテンション制御部の事前校正
3. 編み目の密度試験と強度テスト
4. 実際に仕上げた靴下によるダミー着用試験
5. 異常値発生時のプロセス逆追いと再調整

特に要件の厳しいOEMや医療用途では、記録・データ管理・ロットごとのフィードバック体制が不可欠となります。

現場のトラブル事例に学ぶ:締め付け感ばらつきの要因とその対策

トラブル例1:編地テンションの「微妙なズレ」が1万足単位で大量不良に

ある現場では、ベテラン担当者が休んだたった1日、代わったオペレーターがテンション調整値を0.1だけずらしました。

見た目はほぼ同じでも、実際に着用すると「足首に変な段差が出る」「脱ぎにくい」との苦情が。

納入先からの全品検品要請に発展し、1万足単位で作り直す結果となりました。

ここからの教訓は「誰が担当しても正確なテンション値を複数名でダブルチェックする管理体制」と「定量検査の即時記録化」の重要性です。

トラブル例2:糸ロット混入による締め付け感の不均一化

仕入先から同一番手・色の糸が複数ロット納品されていたものの、1ロットだけ油脂分が高く、滑りやすい特性でした。

その結果、一部の靴下だけ明らかに締め付け感が弱く、市場からの大量返品につながったことも。

原糸の受入検査時に「伸縮性・滑り・油脂分」までチェックする工程を怠ったことが原因でした。

以後は糸メーカーとの連携を強め、物性変動が起きやすい季節変動・納品ルートの分析と対応を強化しています。

アナログ現場からの脱却とラテラルシンキングによる改善提案

1. デジタル化によるテンション管理の標準化

今後は各編機のテンション値、糸の物性、工程試験値、クレーム情報をすべてデジタルデータで紐付け、リアルタイムでグラフ化・共有することが重要です。

設備投資を最小限に抑えつつ、既存機にも後付けできる「テンションセンサー」を実装することで、誰が操作しても同一品質を狙えます。

現場の勘と経験は貴重な財産ですが、それをデータとして見える化し自動制御に反映させることが、今後のグローバル競争に勝つ鍵となります。

2. AI・IoTで「仕様最適化サイクル」を強化

AIやIoTの技術を活用して、季節別・原糸ロット別・エンドユーザーの履き心地レビューまでをビッグデータ化し分析します。

例えば、「気温が高い夏場は締め付け感が強いレビューが増える」などの傾向がつかめれば、リアルタイムでスループットや糸の選定を自動調整し、歩留まりや顧客満足度の向上につなげられます。

工場と営業・開発が一体化した生産体制が、アナログからデジタルへの脱却を加速させます。

まとめ:靴下製造の未来とバイヤー・サプライヤーへのメッセージ

締め付け感の均一性は、編機テンションと糸配列設計、さらには原糸の品質と現場の組織力に大きく左右されます。

アナログ手法にこだわる時代からデータドリブンの新しい品質管理へ。

ラテラルシンキングで新たな視点を取り入れながら、顧客満足と工場現場の効率改善は両立できます。

バイヤーには「なぜその仕様か」「どこが難しいのか」を現場の声で深掘りし、サプライヤーには「一歩先を行く工夫」の導入を期待します。

靴下というシンプルな製品にも、ひと手間の積み重ねと創造力が未来を拓きます。

皆様の現場で、一歩先の革新をぜひ実践してみてください。

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