投稿日:2025年8月29日

段階的EMC技術作り込み対策手順技術向上勘所フィルタ設計手法事例から学ぶ対策技術向上ポイント

はじめに:製造業におけるEMC技術の重要性

製造業の現場では、製品の品質や安全性を維持するために、ノイズ対策・電磁両立性(EMC:Electromagnetic Compatibility)の技術が年々重要性を増しています。

現代の製造業は、グローバル化・IoT化が進展し、製品や部品が多様化しています。

その中で、「EMC不適合」が原因で市場クレームにつながったり、認証機関の検査で基準不適合となったりする事例が後を絶ちません。

ノイズによる誤動作や異常停止は、万が一量産後に発覚すれば事業そのものに甚大な影響を与えます。

このため、EMC設計は設計初期から段階的に “作り込み” で進める必要があります。

本記事では、EMC対策の本道ともいえる段階的技術作り込みの考え方、品質・コスト・納期を満たすフィルタ設計の押さえるべきポイント、アナログ業界に根付く課題や発想転換について、長年の現場経験から踏み込んで解説します。

これからバイヤーを目指す方、サプライヤーとしてバイヤーの視点を知りたい方、現場で悩む製造業従事者の皆様にとって、実践に役立つ知識をお届けします。

EMC対策の現場事情と“アナログ的業界動向”

昭和から引き継がれるアナログの壁と現場のリアリティ

多くのメーカー現場では、未だに「EMC=ノイズ対策の場当たり対応」と捉えがちな傾向が残存しています。

設計段階でのEMC考慮が十分でなく、量産試作段階や認証前段階で慌てて対策部品追加・ケーブルシールド追加・アース工事など、付け焼き刃的な“ツギハギ”対応が横行する現実があります。

一方、「EMCスペシャリスト」がいないため、設計部と生産部、品質部が独立して動き、ノウハウ共有や対策事例の蓄積が不十分な現場も多いです。

工場現場ゆえの「とりあえず手を動かして鎮火させる」文化が根強く、長期的視点で“設計からEMC品質を作り込む”という意識が浸透しづらい事情も見逃せません。

また、昨今の部品調達難やコスト削減圧力を受け、「後付けのフィルタ追加」や「安価部品のバラツキ」により、かえって問題を深刻化させる例も少なくありません。

業界動向:EMC対策はなぜ遅れがちなのか

アナログ的現場でEMC対策が遅れる背景には、いくつかの構造的要因があります。

1. UN意識(Undesirable-Noncompliance意識)の不足
 市場クレームとして表面化しない限り、“見えにくいリスク”として軽視されやすい
2. 投資効果の即時性の乏しさ
 EMC対策は「問題がない時は評価されず、コストだけが見える」ため、経営的優先順位が低い
3. 縄張り意識
 設計/生産/品質の部門間で“自分ゴト化”が進まない
4. 上流工程への組み込み不足
 要件定義や仕様作成時点でEMC技術の要求が曖昧
このような課題は、「昭和の成功体験」「現場の職人技への依存」が根強い業界ほど現れやすいです。

段階的EMC作り込み手順の本質

EMC対策の最も大切な本質は「初期段階でリスクを抽出し、段階的に技術検討と対策を積み上げる」ことです。

ステップ1. 初期設計段階でのEMC要件定義

開発初期から「市場側のEMC基準・法規制・用途シナリオ」を仕様書に明記し、回路設計・筐体設計に反映します。

– 具体的には
 ● 誰がどの規格(例:CISPR、FCC、VCCI、IEC61000-4-x他)に準拠するのか
 ● どの周波数帯域・ノイズ種別への耐性が必要か(伝導・放射・帯域)
 ● どのレベルの安全(絶縁、筐体接地、一次/二次間距離)が要るのか

規格未対応で試験不合格となれば、開発後期でのリカバリーは莫大なコストにつながります。

ステップ2. 部品・基板・レイアウト設計時の“作り込み”

EMC不具合の7割は「不適切な基板パターン、GND設計、部品選定」で発生します。

– 部品配置では
 ● ノイズ発生源(クロック、スイッチングIC等)と受動素子を距離を取る
 ● 可能な限り“短いパス”、“太いパターン幅”で大電流グラウンドを流す
 ● デカップリングコンデンサを“電源ピン直近に配置”

– シールド・アースのルール化
 ● 金属筐体や筐体アースは“1点接地”で迷走電流の経路を制限
 ● ケーブルシールドは“360度接触”を意識

標準化フォーマットや“理想モデル回路”のテンプレートを共有し、全プロジェクトでベース化することがポイントです。

ステップ3. 試作品段階での実機検査・早期フィードバック

サンプル基板やモックアップ段階で「EMC測定(伝導・放射)」を計画し、現象を可視化して早期是正します。

– オシロスコープ、スペクトラムアナライザによる波形取得
– ギガ帯、メガ帯それぞれでのバラツキデータ取得
改善効果は「数値化」し、部門横断チームで共通言語化することが肝要です。

フィルタ設計の技術向上ポイント

ケーススタディ:現場でよくある対応例と失敗例

例えば、スイッチング電源のノイズ対策。

●失敗パターン
– 問題発生時にだけ“高容量コンデンサー”や“フェライトビーズ”を闇雲に追加
– 結果的に他の部品の発熱問題や、伝送特性低下を招く
– 原理理解せず“勘と経験”で選定

●成功パターン
– 発生ノイズ周波数(例:150kHz/1MHz/10MHz帯など)を特定し、スペクトラム解析
– 必要帯域“だけ”減衰可能なLCフィルタ設計(共振点への注意)
– ノイズの流れる経路整理=「どこで生み、どこへ逃がせばよいか?」明確にする

フィルタ設計のツボ1:パスパス回路の具体的最適化

最も効果的なのは、「源流と終端」を意識し、GND間へのバイパス“だけ”で完結させないことです。

– 部品実装点の寄生インダクタンス/キャパシタンスの考慮
– データシート記載の「減衰特性」に惑わされず、実機での周波数特性評価

また、少数部品で済ませる方がコストメリットがありますが、安易な“多段化”は逆効果になる場合も。

現場での実測+理論両立を徹底しましょう。

フィルタ設計のツボ2:EMCシミュレーションの活用

昨今は、EMCシミュレーション(SPICE、EMPro、CST等)を活用するメーカーも増えています。

– 基板レイアウト設計時点で「ノイズの流れ」を“可視化”し、フィルタ効率のシミュレートを実施
– “追加が効く”設計の工夫=DNP(Do Not Populate)部品枠の事前配置

試作とシミュレーションを繰り返すことで、無駄なやり直しや加工費アップ回避につながります。

サプライヤー・バイヤー観点で押さえるべきポイント

バイヤー視点:EMC対策に強いサプライヤーとは

バイヤー(購買担当)は、調達価格だけでなく“開発段階からのEMC対応力”をサプライヤー選定軸に考える必要があります。

以下のような資質を備えるサプライヤーが、結果的に「市場リスク・品質変動」を最小化し、トータル調達コストを下げられます。

– EMC技術者・解析エンジニアのプロパー在籍
– 自主EMCラボ環境やEMC測定実績の保有
– 量産向けの「EMC検証プロセス標準書」の開示が可能
– 設計レビュー・FMEA(故障モード影響解析)への参画体制

安易な「コストセーブ」やカタログスペック偏重の調達は、結果として莫大な“損失コスト”につながることを熟知すべきです。

サプライヤー視点:“バイヤーの本音”に応える工夫

サプライヤーとして差別化を図るには、“バイヤーが本当に求めていること”を先回りして打ち出すことが武器となります。

– 設計段階での「技術課題抽出・改善提案」の迅速さ
– ノイズ測定データ+改善提案書の事前提供
– 過去不良事例(失敗例も含む)・対策パターンの社内知見化
また、フィルタやケーブル部品でなら「設計支援付きセット提案」や、「カスタムフィルタ短納期試作」等は、バイヤーやエンジニアから非常に高い評価を受けます。

ラテラルシンキングで未来のEMC対策へ

既存枠を超えた“新たなアプローチ”の必要性

古典的EMC対策の枠を越え、これからの製造業では「設計者・生産技術者・品質・調達・サプライヤー」が一つのチームになった、“段階的EMC作り込み”文化醸成が必須です。

AIやビッグデータを活用したノイズ解析や、ネットワーク通じた遠隔EMC測定、設計自動化といった新潮流も進展しています。

問題を「起きてから潰す」のではなく、「起きる前に未然に潰す」ための投資=“攻めのEMC品質経営”へとステージを変える局面です。

個人の知識経験の“組織資産化”へ

現場で培った職人技頼みの時代から、ノウハウや設計事例を可視化・仕組み化する「組織知見」への転換。

たとえば、社内EMC道場や技術共有会を定期運用し、EMC“失敗学”を全員で学ぶ習慣、サプライヤー横断のEMCコミュニティなど、ラテラルに新たな発想を生み出す場を積極的に設けましょう。

まとめ:EMC技術向上で競争優位を掴む

製造業は今、大きな転換点にあります。

EMC技術対策は、コストダウンや短納期要求だけではなく、安全・品質・信頼性の“根幹部分”です。

昭和のアナログ的対応から一歩抜け出し、設計初期段階から製品ライフサイクル全体を見据えたEMC作り込みが、結果的に大きな競争力を生む時代になっています。

現場での実戦事例と最新技術潮流を踏まえて、自らの現場・サプライチェーンを問い直し、“段階的EMC対策の高度化”と“バイヤー・サプライヤー間の協力的進化”を目指しましょう。

これからも皆様とともに、“攻めの技術経営”で、より安全で競争力のある製造現場を作っていけることを願います。

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