指定便の縛りが強すぎて現場が動けなくなる構造

指定便の縛りが強すぎて現場が動けなくなる構造

はじめに：なぜ「指定便問題」が現場で噴出するのか

指定便とは、特定の納入業者や物流会社、あるいは車種・時間帯など、細かなルール設定がされた輸配送のことを意味します。

これは購入先や取引先の要望を受けて設定されることが主ですが、昨今の調達現場や製造業の工程管理現場では、「指定便」の縛りが現場運用の大きなボトルネックとなる事例が目立っています。

一見すると、取引の安定化や品質保証のために導入される指定便ですが、これが労働力の流動性の低下や、働き方改革への逆行、ひいては物流費の高騰を招くという悪循環に陥ることも少なくありません。

本稿では、指定便に縛られる現場のリアルな悩みに加え、その歴史的背景や業界独自の力学、課題解決に向けた方向性も踏まえ、深掘りしていきます。

昭和から根強く続く「指定文化」―業界独自のパワーゲーム

製造業の現場で強く根付いている風習の一つに「取引慣行」があります。

昭和時代から伝わるこの商習慣は、「お付き合いや義理人情」が取引の根にあったため、長年続くサプライヤーや協力会社との関係が商品やサービスの安定供給と同義でした。

その中で「うちはA社指定ですよ」「A便を使わないと受け取りしません」のような“指定”が自然発生的に生まれてきた背景があります。

現在でもコア製品や量産品に関しては「品質を守るため」「トラブル時の責任を明確にしたい」「自社グループ内への利益循環」などが理由とされ、サプライチェーンの現場ではこうした「指定縛り」が温存されています。

この歴史的な背景には、現場担当者が「前例踏襲」や「波風を立てたくない」「余計なトラブルを呼び込みたくない」といった心理が強く、現状維持が無難とされてきたことも関係しています。

そのため、形式的には「選択肢の幅」が存在しても、実質的には“唯一解”として指定ルートが運用される傾向が強いのです。

現場の混乱を招く運用例：指定便が生む無駄と非効率

では現在、現場でどのような問題が顕在化しているのでしょうか。

具体的な実例を挙げます。

1）突発的な変更や遅延対応ができない
たとえば、製造ラインで突発的なトラブルが発生し追加部品が急遽必要となった場合でも、「指定便が明日しか来ない」「今日は指定業者がもう配送できない」といった状況に陥ります。

こうなると、本来融通の利くはずの部品調達が、一つのルートに縛られることでフレキシビリティを失い、最悪の場合は生産ラインの停止を招きかねません。

2）在庫負担の増大
部分的に指定便が週に数回しかない場合、必要以上の在庫を持つ必要が生じます。

これは、現場にとって倉庫スペースの圧迫や保管コストの増加につながるため、リードタイム短縮や在庫最適化といった昨今の生産管理方針と真逆の結果を招いてしまいます。

3）物流費の高騰と荷主依存
指定便はしばしば相見積もりや競争が働きづらいため、必然的に物流コストが高止まりします。

また、取引先側の立場が強い場合には「運賃改定」などで負担を一方的に転嫁されるリスクがあります。

結果として、現場担当者は「コストダウン指令」と「指定便運用」という命令に板挟みになり、精神的にも疲弊するのです。

なぜ改革が進まないのか―サプライチェーン上の“力学”

このような問題が現場で起きていながら、なぜ指定便文化が温存されてしまうのでしょうか。

その理由には複合的な「力学」が関係しています。

・大手完成品メーカーと下請けのパワーバランス
・品質保証や納品トレーサビリティの要求レベルの高まり
・物流会社のドライバー不足と自社便確保競争
・グループ企業間の利益調整や系列主義

こうした“力学”の上に、「もし変更してトラブルが起きたら、その責任は現場判断者にある」という重圧がかかります。

その結果、「本当は無駄だと分かっているが動かせない」「誰も文句は言わないが、不満は溜まる」―まさに構造的な硬直化が発生しているのです。

「指定便」の真のリスク：現場の自律性を奪うこと

最大の問題点は、「指定便」によって現場担当者が主体的に動けなくなることです。

かつては柔軟な現場対応能力がものづくり維持の要とされていましたが、いまや「ルールから外れないこと」が優先となり、本来あるべき現場力が損なわれています。

特にサプライチェーンが広域化・複雑化している今、「現場で気付き、機動的に手を打つ」スピードが失われることのリスクは顕著です。

たとえば
・ラインストップの回避
・代替部品サプライヤーの早期選定
・天候急変時の臨機応変な配送手配
など、本来迅速に対応できるアクションも、指定便の枠組みに阻害されてしまいます。

現場目線から見た、指定便縛りの緩和に向けたアクション

ここまで述べた「指定便の弊害」ですが、では現場の立場からどのような改善策を打ち出せるでしょうか。

1）現場と調達部門の連携強化
指定便の必要性や運用範囲、そもそもの導入目的を現場・調達の両方で定期的にレビューしましょう。

「本当に今も必要か？」
「現場運用に過度な負担が生じていないか？」
これを共通認識として明確化することで、不必要な部分から順次フレキシブルな運用へ切り替えることができます。

2）サプライヤーとのパートナーシップ意識の再構築
サプライヤー側は「買い手の言いなり」という固定観念を超えて「共存共栄」を提案する必要があります。

現場課題を共有し、「こうすればコストダウン・品質維持・納期確保と三方良しが実現できる」と双方納得できる運用ルールや、臨時便・代替便運用の選択肢を積極的に提案しましょう。

3）デジタル活用による運用最適化
昨今はIoT、AI、RPAなどの活用で、「現場からリアルタイムに必要荷量データを発信する」「複数便サービスを自動マッチングする」といった設計も現実的です。

アナログな受払台帳や連絡表だけで業務を回している場合、まずはシンプルな配送予約システムやチャットボット導入から始めると良いでしょう。

4）「試行→検証→本格導入」のサイクルで徐々に改革
指定便を一気に全廃することは現実的ではありません。

部分的な変更（週1便の自由化、時間指定の緩和など）→試行によるPDCA（現場の混乱や追加コスト要因の有無を都度確認）→現場と調達主導による本格導入といった段階的な進め方が、組織抵抗を抑制しつつ効果的に改革できます。

サプライヤー・購買バイヤー双方へのメッセージ

【バイヤーを目指す方へ】
「指定便文化」の歴史や現場の苦労を理解した上で、現状の維持がいつかリスクになることも想定してください。

現場の声を「改革案件」として経営層・上司に伝え、サプライヤーからの提案もきちんと受け止める姿勢が、真のバイヤー力です。

【サプライヤーの方へ】
「指定便を飲むしかない」と思い込まず、現場の悩みや運用課題を見える化し、『三方良し』の提案型営業を目指してください。

また、配送会社・現場担当者との本音コミュニケーションを習慣にすることで、理不尽なリスク要求や無理な依頼も回避しやすくなります。

まとめ：指定便を“勝ち筋”に変える視点の転換を

指定便という昔ながらの商習慣も、もはや“効率”や“安心”の象徴ではありません。

いま求められているのは、「現場の自律性」「柔軟な選択肢」「新しいコラボレーションモデル」です。

アナログな業界体質にメスを入れてこそ、サプライチェーン全体のレジリエンス（しなやかな強さ）が生まれます。

指定便のルールは本来「現場を守る」ためのものだったはずです。

その原点をもう一度見つめ直し、現場目線での最適解を探ることが、製造業の発展と持続可能性への第一歩になると確信しています。