投稿日:2025年12月3日

専門外の仕様を無理に背負い込み設計の質が落ちる構造的負荷

はじめに:製造業の設計部門が抱える見えない負荷

製造業の現場で設計者としてキャリアを積まれている方、あるいはこれから設計の現場を目指す方の中には、「どうして設計図面や仕様が増えるたびに無駄が多くなり、不具合が多発するのだろう?」と疑問に感じた経験があるのではないでしょうか。

特に、専門外の分野の仕様や要求事項を無理に背負い込むことで、設計部門の負荷が増大し、最終的に「設計の質」が著しく低下する構造的な問題が、今なお昭和的な体質が色濃く残る製造業では強く根付いています。

この記事では、現場目線でこうした問題の本質を捉え、なぜそのような負荷が生まれるのか、どのようにすれば設計本来の付加価値を最大限引き出せるのか、またバイヤーやサプライヤー側の立場から見た調達購買との関係もふまえ、実践的な解決策について深堀りしていきます。

なぜ「専門外の仕様」が設計に降りかかるのか

日本の製造業に根付く「何でも設計任せ」体質

日本の製造業現場では、多くの場合、設計部門が「責任の受け皿」として見られがちです。

本来なら他部署、時には調達や生産、品質部門が検討すべき仕様や制約を、曖昧なまま設計部門へと丸投げする文化が依然として残っています。

その背景には「設計が一番わかっているはず」という一種の思考停止があり、これが部門間の役割分担の曖昧化や責任の所在不明確という深刻な構造的不備を生み出します。

バイヤー・調達部門と設計部の「すれ違い」

調達購買部門やバイヤーは、市場・コスト・納期などの観点から材料や部品を選定しますが、現場に日々精通しているわけではありません。

そのため「この材料はいいものだから使ってほしい」「この工程で作れるはずだ」といった要望が設計に持ち込まれます。

しかし、そうした要求が設計の専門性、特に構造・機構・安全性などの観点から見て根本的にミスマッチなことも多いのです。

結局、その齟齬を丸ごと設計側で処理する羽目になり、設計者自身が「専門外」の分野の調査や試験、追加設計に忙殺されることとなります。

サプライヤー側の事情——「言いなり構造」からの脱却

サプライヤーの立場では、顧客であるバイヤーや設計部門からの仕様要求・変更依頼はなかなか断れません。

「無理難題だが関係悪化を恐れて受けてしまう」「本来は提案や反論をすべきだが、伝える術や勇気がない」というケースも現場で頻発しています。

こうして現場のプロ同士が意見を交わすべき本質的対話が抜け落ち、最終的に設計担当者ひとりに複数分野の要件調整=構造的な負荷が課されるのです。

「設計の質」が落ちるメカニズムを分解する

単なる「要求の焼き増し」から起きる設計ミス

専門外の仕様や曖昧な要求を無理に設計に盛り込もうとすると、設計図や仕様書がただの「他部門の要望の寄せ集め」になってしまいます。

この結果、コストや納期の増大はもとより、設計の根幹にかかわる不整合や、安全基準を満たさない設計ミスが頻発するのです。

私自身、製造現場で「なぜこんな部品になってしまったのか?」と工程不良を洗い出していたとき、その根本原因の多くが上流設計段階における“専門外”の要求追加にあったことを何度も経験しています。

「何でも屋設計者」化による本来業務の質的低下

設計者が本来精通すべき領域—たとえば力学設計、制御設計、筐体設計といった領域—に集中できなくなり、付け焼き刃的に他分野知識のキャッチアップや他部門との調整作業に従事する時間が増えざるを得ません。

結果として、本来自分が出すべき創造性や高度な知見を十分に発揮できず、誰でもできる凡庸な設計、あるいは手戻り頻発の属人設計に陥ります。

こうなれば現場全体の技術力が向上せず、長期的競争力喪失にもつながりかねません。

問題の核心—「属人化」と「ブラックボックス化」

こうした状況では、設計者の知識や交渉力、さらには部署横断的な調整能力に負担が集中します。

設計プロセス自体が“ブラックボックス”化し、後進への技術継承や標準化もままなりません。

これこそが、昭和体質から進化できない日本の製造業の本質的な問題点のひとつと言えるでしょう。

他部門・バイヤー・サプライヤーそれぞれの「思惑」とリスク

バイヤーの本音:コスト・納期・リスク分散

バイヤーや調達購買部門の最大関心事は、「如何にして安心できる価格と納期で安定供給できるか」にあります。

設計から“専門外の要求”を吸い上げることで、バイヤー自身の業務リスクは低減できるかもしれません。

しかし、そのリスクが実際には設計部門に押し付けられている現状に自覚的とは言い難いのが現実です。

設計部門の苦悩:矛盾に満ちた交渉・板挟み

設計本来の専門性を活かして「質の高い設計」を目指したい反面、他部署からの丸投げやトップダウンの一方的な要求に苦しめられる設計担当者。

自部門の論理や工程の都合を主張しても、調達、品質、そしてサプライヤー間の溝を埋めることは容易ではありません。

この「部門間コミュニケーションの不全」は文化や組織風土とも絡まり、解決が困難な根深さを持っています。

サプライヤー視点:不当な負担と消耗戦の連続

サプライヤーとしては、大手顧客の“ご要望”には応えざるを得ません。

曖昧な仕様や相反する要求、度重なる内容変更は現場に混乱と負担を生み、結局はコストダウンや品質不良、納期遅延に跳ね返ってきます。

これに対して声を上げられる力や、そもそも構造問題に気づく“対話の場”さえなければ、消耗戦が日常化してしまうのです。

課題解決のための実践的アプローチ

仕様明確化と「仕様責任」の明文化

何が「設計部門の責任範囲」で、何が「調達」「生産」「品質」など他部門やバイヤー、サプライヤーの責任範囲なのか。

きわめて当たり前のようですが、海外の先進メーカーではこの“仕様の切り分け・明文化”を徹底しています。

例えば設計仕様書を他部門と共に緻密にレビューし、「ここから先はどちらの責任範囲」といった分岐点を見える化するのがセオリーです。

これができれば、設計部門の負荷を最小限にしつつ、品質基準やコスト・納期リスクも明確化できます。

「設計標準」の確立と部門横断ナレッジの共有

昭和からの属人的・ブラックボックス化状態に歯止めをかけるには、「設計標準=部門をまたいだ共通基準」の整備・運用が不可欠です。

要求纏めや妥当性評価を定量的かつ標準化するチェックリスト、設計変更申請時の情報フローなど、ナレッジを見える化し、業務標準として定着させましょう。

これにより経験値依存を減らし、現場での属人化・属部署化も防ぐことができます。

バイヤー・サプライヤーとの「本音対話」カルチャーの醸成

単に業務プロセスを決めるだけでなく、調達・設計・生産・サプライヤーの担当者同士が本音で「何が大事で、どこが無理なのか」を開示し合える対話の場を定期的に設けること。

技術仕様の背景や設計意図、切実な納期・コスト要件、現場の製造限界などを率直にやり取りできなければ、結局“丸投げ”と“押し付け合い”が続くだけです。

近年はオンライン会議も含め、部門横断型ワークショップや定例ミーティングなど現場発の実践が始まりつつあります。

構造改革がもたらす製造業の新しい地平

「設計の力」を最大限引き出す鍵は役割分担と共創

ものづくり現場の改革は、デジタル化や自動化だけでは達成できません。

設計部門が専門性に集中できる環境を整え、それぞれの部署が責任を果たし、本音で補完し合える「共創」のカルチャーが必要です。

個人の能力や気合い頼みの属人化から一歩先へ進み、組織全体の知見を結集できる仕組み化に舵を切りましょう。

昭和的な限界をラテラルシンキングで超える

例えば「設計変更=設計者だけの仕事」と捉えるのではなく、「調達やサプライヤー・現場と一体で、最適解を探す共同作業」と発想の枠組みを広げてはいかがでしょうか。

従来の業務システムや視点をラテラルシンキング、つまり“斜め”の視点で捉え直すことで、現場の知恵から新たな価値創造の突破口が見えてきます。

まとめ:製造業の未来を支える「正しい負荷配分」と共創思考

専門外や責任範囲外の仕様をいたずらに背負い込む体質は、設計の質、しいては現場全体のものづくり力を甚だしく損ねます。

「誰のための、何のための仕様か」を常に問い直し、それぞれの専門性と役割を尊重した負荷配分・共創の仕組みづくりを推進すること。

その意識こそが、昭和的閉塞から躍動的な未来への突破口となります。

現場で働く設計者、バイヤー、サプライヤー、そして現場を支えるすべての方が「自分ごと」としてこの構造的課題を考えることこそ、製造業進化の原動力となるはずです。

これからのものづくり現場が、より創造的・協働的な価値を生み出せるフィールドとなることを切に願っています。

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