投稿日:2025年12月17日

調達課長が感じる若手が育ちにくい構造的問題

はじめに:なぜ調達部門の若手は育ちにくいのか

長年製造業の現場で調達・購買の現場に身を置いてきた実感として、昨今「若手が調達畑でなかなか育たない」と感じる声を多く耳にします。
技術革新が進みDXの波が押し寄せる一方で、昭和から令和へと時代が移ろう今なお、調達の現場には独特の慣習や“見えにくい壁”が色濃く残っています。
本記事では、現場で実際に直面してきた課題と、その背景にある構造、そして今求められる変革について、ラテラルシンキング(水平思考)を駆使して掘り下げ、これからの製造業に携わる全ての方にヒントをお届けしたいと思います。

調達部門に横たわる“見えない壁”

属人化・職人気質が生むブラックボックス

調達部門は、しばしば「誰がやってもうまくいく」と思われがちですが、実際は長年の経験の積み重ねで成り立つ“職人芸”の世界です。
基幹部品のサプライヤー選定や値決め、納期交渉には、社内外との細かな調整力や折衝力、さらには相手の腹を読む勘所が不可欠です。

しかし、こうしたノウハウは定型化しづらく、ベテランから若手へ形式的にマニュアルで伝えるだけではなかなか身につきません。
結果として、「あの人しかできない業務範囲」が広がりブラックボックス化します。
若手に任せると、万が一のトラブル時に現場へ甚大な影響が出かねない、という心理的な不安から、結局ベテランが手放さない“温床”が生まれやすいのです。

転職市場や雇用流動性とのギャップ

一方、調達・バイヤー職に転身したいと考える若手や、キャリアアップを志している人が増えている事実も見逃せません。
ところが、実際には「調達経験者3年以上必須」「大手取引先との交渉経験必須」など、求人要件も“愛想の良い即戦力”一本槍になりがちです。

育成機会を与えられない→経験を積めない→ますます若手が応募しなくなる、というマイナスのループから抜け出せず、サプライヤー視点では「次世代のバイヤーは何を考えているのか?」と実態が掴めないわけです。

昭和的アナログ組織がもたらす4つの構造的問題

1. 体育会系文化と上下意識の強さ

工場や調達現場には、どの時代でも“体育会系”の価値観が根強く残っています。
失敗を恐れるあまり、若手が率先してリーダーシップを発揮しづらい土壌があり、「まずは余計なことをせず空気を読む」のが最適解になってしまいます。
意見や提案は年功序列で伝えなければならず、イノベーションが生まれにくいのが現状です。

2. OJT偏重・ローテーションの形骸化

調達・購買部門に限らず、製造業の現場では「仕事は見て盗め」「背中を見て育て」というOJTが今も主流です。
一見、合理的で教育コストが掛からないように見えますが、個人差が大きく出るため業務の幅が広がり辛くなります。
また、ローテーション人事も形だけの運用が多く「経験を積ませる目的」が本質的に果たされていません。

3. マニュアル至上主義と業務の硬直化

品質・リスクマネジメントの観点から、調達業務の標準化やマニュアル化は今や必須です。
ですが、実態は「全部マニュアル化すれば誰でもできる」という誤解も生みやすく、肝心な交渉や異常対応など“本当に現場で必要なスキル”が若手には伝わらなくなっています。

4. DX・IT活用の遅れ

他業界に比べ、製造業の調達部門はIT化やデジタルツールの導入が遅れています。
SAPやERPは導入されていても、それが現場ノウハウと直結する仕組みになっていないため、数字や情報は見れるが現場の空気を知らない“デジタル若手”が増え、結局「勘と経験」のギャップが埋まりません。

バイヤー観点で見る「育つ現場」と「育たない現場」の違い

1. 育つ現場:任せて失敗させる“安全な失敗”の意識

失敗を恐れずチャレンジできる「心理的安全性」が高い現場では、若手バイヤーの成長スピードが段違いです。
たとえば、少額部品や消耗品の調達、または納期リカバリーの調整など、“現場へのインパクトが限定的な案件”を意図的に若手へ任せて、結果ではなくプロセスにフィードバックする文化があります。

2. 育たない現場:尻拭い型の丸投げ&スケープゴート

逆に「やってみろ」と言いながらいざ失敗すると“指導と称して”責任を押し付け、結局ベテランが対応する現場では、若手にとってリスクしかありません。
一度でも現場から「若手がやるとトラブルになるからNG」という雰囲気が出来上がると、その後はもう育てるチャンスさえ失われます。

サプライヤーから見た“これからの若手バイヤー像”

1. マニュアルどおりでは通用しない現場対応力

サプライヤーからみれば、誠実さは前提として「本音で話せる・聞けるバイヤー」ほど信頼されます。
価格交渉だけでなく、納入遅延や規格外品発生時の相談、技術的な仕様変更に対応する動きの速さなど、“現場に寄り添う”姿勢が問われます。

2. 共通言語としての資料化・説明力

若手のうちから限られた経験でも、自分なりに「交渉履歴」や「サプライヤー協議内容」を簡潔にまとめ残す力は必ず求められます。
ベテランバイヤーの補助につく段階から、議事録・QCDレポートをマメに作成し、社内外の関係者と共通認識を持つことが組織力強化につながります。

育成と組織変革のために現場ができること

1. ペアワーク&相互メンター制度の導入

特定のベテランに業務を集約せず、若手とベテランがペアで案件にあたる体制づくりが有効です。
単なる引継ぎではなく、一定期間一緒に対応したのちで、独り立ちさせる「段階的な育成プロセス」を設けましょう。

2. ルールと余白のバランスを再設計する

すべてをマニュアル化し切らず、「ここは自己判断でやる」といった余白をあえて残すことで、若手の思考力や交渉力が培われます。
もちろん、重大な問題には上司が即フォローに入るルールを徹底し、安心して“育つ現場”の土台を作ることが重要です。

3. DX推進はあくまで“育成の補助”として活用する

単にシステムを入れて終わり、ではなく、若手が“デジタル情報をリアルな現場知と結び付けられる”ような活用方針やOJTを工夫しましょう。
たとえば、工程異常時やコスト変動事案のログをチームで振り返る場を定期的に設け、実体験に基づく気付きや問題解決につなげることが効果的です。

まとめ:未来型バイヤー育成は「組織カルチャーの刷新」から

調達課長として、若手が伸び悩む原因を深く深く掘り下げると、結局は“現場の空気・カルチャーそのもの”に行き着きます。
属人化や失敗回避といった昭和的な慣習が残る限り、せっかくの変革意欲や若手の多様な発想力は発揮されません。

「なぜ今このやり方なのか?」と問い直し、現場全体で新しい組織文化を育てることが、結果的にサプライヤーや顧客、ひいては日本の製造業全体の発展にもつながるはずです。

現場で見えたリアルな課題と、それを乗り越えるための一歩を、一人でも多くの関係者と共有できれば幸いです。

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