投稿日:2025年12月19日

調達の現場感と経営判断のズレに悩む日々

はじめに:調達の現場で感じる“ギャップ”とは何か

製造業の調達部門に長年携わっていると、現場のリアルと経営層の考え方の間に、確かな“ズレ”を感じることが多々あります。

日々自分たちが向き合う調達業務は、商品を安く、早く、安定的に仕入れるだけが使命ではありません。

社会情勢や原材料価格の高騰、サプライチェーンの混乱、グローバル調達の難しさ、そして何より現場ならではの細かい課題が山積しています。

経営層は数値やKPIで判断しがちですが、現場には現場の事情と知恵があるのです。

本記事では、調達購買の現場目線から見た実践的な課題やアイデア、そして昭和型アナログ体質が今なお根強い業界の“本音”を、私自身の経験も交えながら深掘りしていきます。

調達の実態:現場が抱えるジレンマ

コストダウンとリスク分散の板挟み

調達現場には常に「コストダウン」と「安定調達」という二律背反のプレッシャーがあります。

経営層からは「もっと値下げを」「リードタイムを短縮せよ」「在庫は減らせ」と要請が飛んできます。

しかし、調達現場が取引先と長年築いた信頼関係や、現地ローカルの慣習、部材の安定供給に不可欠な深い情報網を軽視してトップダウンで判断した結果、期待したコストダウンが品質不良や安定供給の崩壊を招く場合もあるのが事実です。

アナログ込みの“現場力”がまだまだ不可欠

AIやIoTが工場に導入されても、調達先の選定やトラブル時の火消し、突然の仕様変更など、現場のバイタリティや人脈、属人的な“経験知”がモノを言う局面が多々あります。

昭和型と思われがちな電話やFAX、現場に足を運んでの“顔出しコミュニケーション”も、重要なリスクマネジメントの一部なのです。

この“肌感覚”を、一律の経営数値やKPIだけで切って捨てると、痛い目を見ることがよくあります。

調達現場の“昭和的アナログ魂”はなぜ生き残るのか

成熟市場・成熟供給網だからこそ残る“どぶ板調達”

戦後の日本の製造業を支えてきたサプライヤーネットワークは、現場同士の泥臭い付き合いや無数の電話確認、帳票回付での進捗監督が脈々と受け継がれてきました。

なぜ今も昭和的アナログが重視されるか。

それは、「現場と現場の人間関係」「言外の情報キャッチ」「トラブル時の柔軟対応」など、デジタルで置き換えにくい、絶妙なニュアンスのやり取りがあるからです。

失注の責任や仕様変更の急要請など、AIに即座に委ねられない部分で「顔が利く」「貸しがある」「腹を割って話せる」関係性が“仕入れの命綱”となることが、製造業では日常茶飯事です。

取引先との相互信頼構築は“ノウハウ”そのもの

バイヤーがサプライヤーに対し「数量は少ないが毎月発注を約束する」「設備投資は資金援助する」といった“暗黙の約束”で信頼を買い、逆にサプライヤーも「転売しない」「情報を漏らさない」などの仁義を通してくれる。

こうした“仕事道”は、データだけで判断する経営層には見えにくい現場の資産です。

経営判断と現場感のギャップ事例

グローバルソーシング(海外調達)の落とし穴

グローバル調達は経営視点で見れば圧倒的コストメリットがあるように映ります。

実際、一部の部材や消費財では海外調達が功を奏する例は多いです。

しかし、現場感覚では「品質トラブル時の対応スピード」「誤解が生まれるコミュニケーション」「カントリーリスク(政治・法規制変化・自然災害)」など、隠れたコストや危機管理の難しさが一気に噴出します。

海外サプライヤーと日本側現場担当の微妙な温度差を埋めるのは、デジタル化よりも“顔の見える付き合い”や“数回の現地詰め”による信頼構築でした。

数字だけに振り回される“効率化”の罠

在庫回転率、発注リードタイム、仕入れ単価……これらは経営層が重視する指標です。

ただ、現場では生産変動への柔軟対応、ライン切り替え時の微妙な部品仕様対応、小ロット多品種の混在管理など、非定型な業務が多く発生します。

単なる数字削減だけを強調する施策は、現場のモチベーション低下や、最前線で培った“目利き力”の減衰につながります。

数字改善が本当に現場の付加価値向上なのか、現場の声をくみ取った見直しが欠かせません。

バイヤーがサプライヤーの立場を理解するために

“調達の現場力”を磨くコツ

サプライヤー側がバイヤーの意図を正確に汲み取るには、バイヤー自身がサプライヤーの現場をよく理解することが重要です。

製造現場の見学や作業体験、現場リーダーとの腹を割った懇談会などを通じ、どのような課題や制約があるのかを肌感覚でつかむべきです。

また、サプライヤー側もバイヤーに対し、単なる値引きや“価格競争”だけでなく、安心・安全・品質・納期への工夫や課題をオープンに伝えることで、相互理解が深まります。

プロのバイヤーが現場で問われる“真の価値”

現場で評価されるバイヤーは、以下のような力を備えた人物です。

・取引先とWin-Winの信頼関係を築く力
・仕入れリスクを未然に見抜き、先手先手で手を打つ洞察力
・コスト競争力とともに、付加価値の高いサプライヤー開拓力
・部品・材料の設計にも踏み込み、生産現場と仕様改善を進める提案力

数値目標だけでなく、現場の安心・安全、サプライチェーンの持続性という“会社の未来”にも目を配るバイヤーこそ、時代が求める存在です。

これからの調達を考える:脱・昭和と現場力の融合へ

アナログとデジタルの“良いとこ取り”が課題解決のカギ

VUCA時代と言われる現代、調達をめぐる環境は日々激変しています。

AIやERP、調達SaaSなどの効率化ツールの導入は不可避ですが、現場に根付く“アナログ力”との融合が新たな付加価値を生む時代です。

例えば「標準化できる発注プロセス」「情報共有プラットフォーム」「品質異常兆候の早期検知」はデジタル化で加速する部分。

一方、「取引先新規開拓」「現場トラブルの火消し」「多様な仕様変更」では、バイヤーやサプライヤーの“駆け引き力”“現場感覚”が不可欠です。

現場からの提案型調達へ:昭和を超えた現代型サプライチェーンへ

調達購買業務は、単なる“消費”や“物の出し入れ”ではなく、会社の競争力を根幹から支える“攻めの武器”です。

現場力を武器に、サステナブルなサプライチェーン構築や、共創型のものづくり、リーダブルなDXの推進、新規材料開発へのパートナーシップ提案など、次の時代の調達像へと一人ひとりがアップデートしていく必要があります。

まとめ:現場感覚と経営判断、両者の“対話”が未来を切り開く

製造業の調達では、現場の経験知と経営層の俯瞰的なKPIが常にぶつかり合っています。

大切なのは「現場感覚だけ」「経営数値だけ」に固執せず、両者の知恵を融合させて、最善の解決策を探し続ける対話的な組織文化を醸成することです。

調達ベストプラクティスの本質は、数値成果だけでなく、現場の安心・安全を守り、取引先とのパートナーシップを紡ぎ、新たな付加価値の源泉を見出す“現場知の継承”と“イノベーション”の融合にあります。

現場バイヤーも経営層も、時にはアナログもデジタルも活かしあう“知恵比べ”こそ、これからの製造業を強くする原動力になるはずです。

You cannot copy content of this page