投稿日:2025年10月7日

溶射皮膜の剥離を防止するための下地粗化処理とプライマー選定

はじめに〜溶射皮膜の品質向上は下地処理から

溶射(ようしゃ)皮膜の剥離防止は、多くの製造現場で永遠の課題です。

特に自動車部品や産業機械、航空機のようなアプリケーションでは、溶射皮膜の信頼性が製品全体の品質に直結します。

本記事では、「剥離しやすい皮膜」に悩む現場担当者の視点、そしてサプライヤー・バイヤー両方の意識を踏まえつつ、下地粗化処理とプライマー選定の最新動向と実践ノウハウを深掘りします。

昭和的なアナログ手法から、現代のデジタル品質管理まで押さえ、溶射分野の課題突破に役立つ知見をお届けします。

溶射皮膜剥離の根本原因

物理的要因と化学的要因

溶射皮膜の剥離には、主に以下2つの根本原因があります。

1. 物理的要因
母材と皮膜の接着が弱い・表面形状の不備・異物混入などが該当します。

2. 化学的要因
親和性の低い材料組み合わせ・表面酸化・水分残留などが影響します。

伝統的には「グリットブラストで適当に下地を荒らしておけばOK」とされてきましたが、現代の品質要求には、科学的根拠に基づいた処理が不可欠です。

バイヤーが求めるものは「数値」と「安定性」

サプライヤーの立場であれば、「現場でここまで丁寧にやってくれている」とバイヤーに理解してもらうことが重要です。

逆にバイヤーの視点では、「同じ条件の再現性」「強度・密着力の数値的証明」が最重要ポイントです。

現代の品質管理は曖昧な“職人の勘”から脱皮しつつあり、工程設計段階から“再現性のあるデータ”を示すことが要求されています。

下地粗化処理の実際

粗化処理の目的と主な方法

下地粗化処理には主に3つの目的があります。

– 表面積の増大による機械的結合力アップ
– 汚れや酸化被膜の除去
– 均一な凹凸の付与によるプライマー密着性向上

主流の方法としては、ショットブラスト(サンドブラスト)、グリットブラスト、化学的エッチングなどが用いられます。

ブラスト材は、アルミナ、ガーネット、シリカサンド、ステンレスショットなどがよく使われます。

選定基準は、「母材の硬さ」「形状」「溶射皮膜の種類」によって最適解が異なります。

現場でよくある失敗例と改善のヒント

・使用済みブラスト材をそのまま使用して粒度がバラバラになり、ムラが出る
→定期的なブラスト媒体の更新、粒度分布の記録が重要です。

・油分や加工クーラントの残りを除去せずに処理
→表面洗浄は溶剤や超音波洗浄とセットで行いましょう。

・表面温度・湿度管理の不足
→処理直前の母材温度、湿度計測は“可視化”が大事です。

昭和流“現場合わせ”を脱却し、データ化・見える化を推進することが品質アップの第一歩です。

最適なプライマー選定とは

プライマー導入の意義

プライマーは、溶射皮膜と母材間の“のり”の役割を果たします。

単なる糊付け以上に、下地との親和性向上、化学的反応による接着力強化、異種金属間の熱膨張率違い緩和など重要な意味があります。

「下地処理+適切なプライマー」の組み合わせは、単体で施工するよりも「1+1が3」になるとも言えます。

主なプライマーの種類と特徴

– ニッケルアルミ系プライマー:
耐食性と溶射皮膜の密着性を両立。幅広い金属母材に適する。

– 銅プライマー:
高導電性要求のある場合。熱伝導にも優れるが、腐食に注意。

– セラミック系プライマー:
耐熱性重視。厚膜形成時、熱サイクルが多い部品向け。

それぞれの相性や処理温度、溶射材との適合エビデンスを把握しておきましょう。

プライマー選定時に注意したい落とし穴

– 「なじみ」だけでプライマーを選びがちだが、材料メーカーの試験データや現場での実働データを必ず参照しましょう(思わぬ失敗を防げます)。

– 使用実績が少ない新規プライマー導入時は、パイロットロットで並行テストすることが大切です。

そして、バイヤーとサプライヤーは、「なぜそのプライマーを使うのか」「想定されるリスク・回避策」を明示的に共有しておくのが昨今のトレンドです。

溶射皮膜の密着性評価と管理手法

密着力試験の標準化と数値化

密着力の検証には、日本産業規格(JIS)やASTM準拠の“密着強さ試験”が活躍します。

最もポピュラーなのは、引張試験(タックテスト)、スクラッチテストなどです。

数値化されてはじめて、「合格・不合格」を第三者的に割り切れるようになります。

現場レベルでよくありがちなのが、「何グラムの重りまで耐えました」という曖昧な管理。

今後は「どの治具を使って、どのくらいの荷重で、どの程度の密着荷重を記録したか」というデジタルデータが契約・品質保証の根拠となっていきます。

現場での工程管理のコツ

・下地処理後は直ちにプライマー塗布/溶射へ
(時間の経過により表面が酸化、付着物が再付着するリスク)

・処理前後のサンプル採取→顕微鏡観察・デジタル画像記録
(曖昧な報告ではなく“証拠としての画像”を残す)

・外注作業の場合も、品質基準とサンプル比較を“明文化”する

現場改善で大切なのは、作業手順と実測データを結び付けて“見える化”することです。

昭和流アナログ現場とのすり合わせ

現場に残る「暗黙知」を形式知へ

“研磨は職人の勘”“これくらいが丁度よい”が通用していた昭和の現場は根強く残っています。

しかしかつてのベテラン職人たちの暗黙知を、一歩ずつルール化・データ化することが、これからの業界進化の本質です。

現場で「なぜこれが必要なのか」を説明し、今ある知恵と新しい手法をいかに調和させるか。

これこそが、現場力強化と業界発展のカギです。

バイヤーとサプライヤー、協調の勘所

密着不良は、工程不良か、設計不良か、プライマー不良か――。

バイヤーとサプライヤーの信頼関係に基づく「品質トラブルの因果関係整理」が、安定供給・品質アップの分岐点となります。

ベストは、製品ごとの「VA・VE活動」(現場に定期的に足を運び、実際の処理工程を見て対話すること)です。

これにより、「どのレベルまで品質保証すべきか」「トラブル時の迅速な再発防止策」へと発展させることができます。

まとめ〜溶射皮膜の進化は「現場と理論の調和」から

溶射皮膜の剥離防止は、下地粗化処理とプライマー選定の積み上げが基本です。

そして、昭和流アナログ手法のよさを活かしつつ、データと科学を用いた再現性・透明性の追求が今後の鍵となります。

現場の努力、理論に裏付けされた品質管理、現場・バイヤー・サプライヤー三位一体の協働が、ものづくり日本の底力を支えます。

「現場の知恵+データの科学」で、溶射技術の新たな地平線を切り拓いていきましょう。

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