水循環・農業用水・洪水調整池の研究成果を活かした持続可能な産業連携モデル

はじめに：製造業と水資源の新たな関係性

水は製造業にとって欠かせない資源です。

多くの工場では、洗浄、冷却、加熱といった工程で大量の水が使われています。

しかし、これまで水の利用方法について深く議論される機会は少なく、いまだに昭和の時代から抜け出せていない現場も多く存在します。

近年、激甚化する気候変動や人口の都市集中により、水循環の大切さや洪水リスク、農業用水の確保といった環境問題がよりクローズアップされるようになりました。

そこで近年、産官学で進められてきた「水循環」「農業用水」「洪水調整池」などの研究成果を活用し、製造業として持続可能な社会づくりに貢献できる産業連携モデルの必要性が高まっています。

本記事では、20年以上の製造業現場経験を持つ筆者が、現場目線で水をめぐる産業構造の新たな地平線を深掘りし、バイヤーやサプライヤー含むものづくり従事者が「水資源」の持続可能な共創にどう取り組むべきかを考察します。

なぜ今「水循環」が製造業に不可欠なのか

製造業と水の切っても切れない相関関係

製造業の多くの工程では、直接的にも間接的にも水が必須です。

たとえば食品・飲料工場では原料加工のほか、洗浄や滅菌、最終製品の品質保持にも水が深く関与しています。

自動車や電子部品工場でも、切削加工、冷却、溶接後の洗浄水や純水の確保など、水の質と安定供給が生産性と品質を左右するケースは枚挙にいとまがありません。

一方で、排出される廃水や冷却水は、水質汚濁や生態系破壊といった環境問題を引き起こす要素にもなり得ます。

こうしたリスクと向き合うなか、世界中で水資源を「循環」させながら有効活用することが製造業に求められているのです。

昭和から抜け出せない現場と現実

筆者が現場を見てきて感じたのは、水に対するコスト意識の薄さです。

「水は出るもの、ただのインフラ」という感覚がいまだに根強く、一度使ったら排水し、必要になったら新たに補給する─これが昔ながらの現場オペレーションでした。

しかし近年は、水道料金や下水処理コストの上昇、行政からの排水規制なども厳しくなっています。

また、大雨による河川氾濫で操業停止や原材料調達の混乱も現実化しており、水リスクは工場経営のアキレス腱に変わりつつあります。

注目される農業用水・洪水調整池の研究進展

農業用水のスマート利用と産業応用

従来、水利用の分野で農業用水と工業用水は切り離されてきました。

しかし近年、IoTやAIシステムを活用した「農業用水の最適制御」や、用水の自給率向上、雨水・生活排水のリサイクル利用など、スマートアグリ技術が一気に進化しています。

農業分野の知見を製造業に応用することで、「工場用水のリサイクル率向上」「排水調整の最適化」「災害時の用水共有」といった新発想が生まれる可能性があります。

たとえば、農閑期に施設園芸と工場を連携させて用水の融通を図る、災害復旧時の緊急補給ルートを共同整備するといったアイデアも検討されています。

洪水調整池：リスク低減と副産物の活用

日本全国で頻発するゲリラ豪雨や台風への備えとして、「洪水調整池」（調節池）の設置は自治体や企業にとって身近な課題です。

この調整池に溜まる水は、洪水リスクを緩和するだけではなく、雨水の再利用や生態系保全などの副作用をもたらします。

たとえば工場敷地内や近隣エリアの調整池から生活用水や清掃用水を供給し、水道使用量の一定割合を削減する動きが始まっています。

また、調整池を地域住民や他業種と共同管理することで、予算面・技術面・環境面の「三方よし」を実現可能にする新しい産業連携の芽生えがみられます。

持続可能な産業連携モデルとは何か

水循環を軸にした異業種連携の事例

たとえば、精密部品メーカーA社は、近隣自治体・農業生産法人・廃水処理事業者と共同で「近隣水資源ネットワーク」を構築しました。

工場から発生する廃熱と比較的きれいな排水を、近郊農家の温室育苗や灌漑向けに二次利用し、農業から排出される未利用水はA社の洗浄工程の補助水として再利用しています。

さらに調整池を市民公園として管理し、災害時には緊急給水拠点へと切り替える計画もあり、地域全体の“水循環”効率が飛躍的に向上しました。

このようなモデルは海外先進事例でも見受けられ、デンマークやオランダの都市型工業団地では工場・農業・自治体が「水エネルギー・マネジメント協議会」を形成し、産業活動の環境負荷を統合的に低減しています。

調達購買目線で考える課題と期待

バイヤーにとって「水利用のスマート化」は、原材料コストや安定調達リスクの低減だけでなく、サステナブル調達方針に応じた新たな評価指標となっています。

たとえば、サプライヤー選定時に「節水・再利用の具体的な取り組み」「地域水資源との連携強化」などを加点項目とすると、現場レベルで着実な行動変容を促せるでしょう。

また、工場建設時から調整池との共用や水系インフラの共同開発を計画に織り込むことで、長期的な運営費削減やレジリエンス強化にもつながります。

サプライヤーの立場からすれば、これら持続可能な取り組みが取引拡大や新規参入の差別化要素となるため、積極的にアピールポイントとすべきです。

現場での実践アプローチと注意点

水循環管理を仕組み化するポイント

現場目線で考えると、「とりあえず排水処理設備を増設」や「地下水を掘る」といった発想では本質的な課題解決になりません。

重要なのは「水の流れを見える化」し、インプット（取水源）からアウトプット（排水・リサイクル）までトレーサビリティを確保することです。

現場では、流量計の設置や水質センサーの導入、IoT連携による遠隔監視—こうした小さなデジタル化の積み重ねが劇的なコスト削減や生産効率化につながります。

また、定常運転時だけでなく「設備の立上げ」「洗浄時」など一時的な水使用量の変動管理も忘れてはなりません。

標準作業書と連動させる形で、「水利用計画」を生産管理システムの中に組み込むと、管理負荷を低減しつつ現場オペレーションの改善が図れます。

アナログ現場でのハードルと乗り越え方

いまだ根強く残る“昭和的”現場文化では、水循環やサスティナブル経営の価値が浸透しにくいケースも目立ちます。

こうした現場では、最初は小さな成功事例を作ることが肝要です。

たとえば、「工場ごみの削減」や「エネルギー支出の低減」と同じノリで、「節水で○○万円コスト削減できた！」という数値データを現場掲示板で可視化し、小さな達成感を共有することから始めます。

そのうえで、「水の見える化」から「社内・地域との連携」につなげるサイクルを地道に回していくことで、次世代型の産業連携モデルへの土壌が育ちます。

今後に向けて：製造業にできる水資源共創のロードマップ

水循環・農業用水・洪水調整池の研究成果は、製造現場の省資源化やレジリエンス強化だけでなく、地域社会と共創する持続可能な「産業連携モデル」の強力な武器になります。

今後求められるのは、製造業単独での対応ではなく、農業、自治体、インフラ事業者、さらには環境ベンチャーや研究機関など多様なセクターとの垣根を超えた連携です。

バイヤーやサプライヤーにとっては、水利用の合理化とサステナブルな取り組みが取引の評価軸になる一方、現場実装のための現実的な「仕組み化」「現場浸透施策」「価値の可視化」が重要な課題となります。

製造業現場での「水資源革命」はいまだ序盤戦。

昭和的アナログ現場からラテラルに発想を広げ、地域社会と共に持続可能な価値創出を図ることが、次代のものづくり強化の扉をひらくはずです。