投稿日:2025年9月11日

製造業が国際取引で取り組むべき持続可能性調達の基準

はじめに:製造業と「持続可能性調達」の現在地

世界の製造業は今、激動の時代を迎えています。

少子高齢化・カーボンニュートラル・デジタルシフト・資源高騰など、多様な「変化」が同時進行し、調達・購買部門にも今までにない大転換が求められています。

その中でも、国際取引における「持続可能性調達」(サステナブル調達)は喫緊の課題となっています。

これは単なる“地球環境配慮”の枠を超え、法規制や企業価値向上、リスクマネジメントの観点からも、決して避けては通れないテーマとなっているのです。

本記事では、20年以上製造業で現場経験を積んだ筆者が、「昭和」から続く日本のアナログ調達慣行とグローバルスタンダードのギャップ、そして徹底実践のための具体的なポイントを解説していきます。

持続可能性調達とは何か?

サプライチェーン全体での環境・社会面への責任

持続可能性調達(サステナブル調達)は、製造業の原材料・部品・サービスを「環境」「社会」「経済」の観点から最適な方法で調達し、サプライチェーン全体の持続可能性を高める取り組みです。

例としては、以下の事項が挙げられます。

– 調達品の生産過程で排出されるCO₂や廃棄物の削減
– 労働者の人権・労働安全衛生の保証
– レアメタルや制限物質の使用低減
– 取引先のガバナンスやCSRの確認

従来の「QCD(品質・コスト・納期)」重視から、ESG(環境・社会・ガバナンス)やコンプライアンス面も厳しく精査することが要求されています。

国際基準の動向:なぜ無視できなくなったか

欧州のCSR規制(CSRD/CS3D)や米国・中国のサプライチェーン法制強化を皮切りに、日本でも大手メーカーを中心に持続可能性調達の基準設定と実践が広がっています。

取引先が多国籍企業であれば、現地法に基づく「サプライヤー行動規範」「人権デューデリジェンス」に対応せざるを得ず、「日本流でOK」という時代は終わりつつあるのです。

日本の「アナログ調達」とグローバル基準のギャップ

なぜ日本の現場は遅れているのか?

長らく日本のものづくり企業では、帳票の紙運用、取引先との口約束、人脈偏重の発注など「昭和型」の調達購買が根強く残っています。

QC活動の歴史に見られるように「現場主義」は日本メーカーの強みですが、環境や社会への責任となると“形だけ”“建前だけ”の施策も少なくありません。

背景の一つに「買い手優位主義」があります。

すなわち「買ってやっている」「納入先が偉い」という商慣習が、サプライヤーとの対等で継続的な信頼関係を築く障壁となってきました。

しかし、サステナブル調達の世界では、サプライチェーン全体の環境・社会リスクが自社の経営リスクに直結します。

従来のアナログ慣行や一方通行のコミュニケーションでは、重大なトラブルを未然に回避できなくなっています。

現場目線の「ありがちな落とし穴」

例えば現場でよく起きるのは、

– グリーン調達アンケートをサプライヤーに一斉送信したが、ほとんどが“雛形”のコピペ回答で実態が把握できない。
– サプライヤーを一度認定すれば、更新チェックは表面だけで環境や人権リスクの発見に結びつかない。
– 海外調達先の現地工場で児童労働や強制労働が疑われても、「知らぬ存ぜぬ」で済まされている
といったケースです。

このような“形式主義”から脱却し、サプライチェーン全体の現場実態をリアルに把握することが求められています。

国際取引における持続可能性調達の基準と要点

1. グローバル調達基準の例:主要な規範・ガイドライン

国際的には、以下の基準が広く参照されています。

– OECD多国籍企業行動指針
– UNグローバルコンパクト
– ISO20400(持続可能な調達ガイダンス)
– 世界経済フォーラム(WEF)サステナブルバリューチェーン原則
– GRI(グローバル・レポーティング・イニシアティブ)
– RBA(Responsible Business Alliance)行動規範 など

これらは企業単体の努力だけでなく、サプライヤー管理、調査、改善指導、透明性報告など“チェーン全体”の統制を重視しています。

2. 「イエス・ノー」では済まない、実効性ある運用へ

持続可能性調達の評価は単なる「チェックリスト方式」ではありません。

たとえば、以下のような実地運用能力が問われます。

– サプライヤー評価:現地監査や自主申告、第三者認証を活用し、環境対応や人権侵害リスクを実態評価
– 教育・意識啓発:サプライヤーに対し明確な行動規範や教育プログラムを実施し、改善活動を促進
– 改善支援:問題発覚時にサプライヤーと協働で改善策を検討・フォローアップし、契約解除を最終手段にする
– デジタル化:調達情報をデジタル管理し、サプライヤーマッピングやリスクモニタリングを効率化
日本ではまだ紙やFAX文化が一部残りますが、これもデジタルシフトが急務となっています。

日本メーカーが優先すべき持続可能性調達のポイント

1. 経営層のコミットメント

現場レベルの単発施策ではなく、社内規定、人事評価、予算配分、経営トップからの明言が必須です。

「SDGsはお題目」では現場が真剣になりません。

2. サプライヤーとのパートナーシップ形成

サプライヤーを「使い捨て」の外注先としてではなく、「対等な事業パートナー」として位置づけましょう。

定期的な会合や現地訪問、改善意見の交換、サステナビリティ教育などを通じ、信頼関係と双方向コミュニケーションを深めます。

3. サプライチェーン全体の見える化

一次サプライヤー(直接仕入先)から二次・三次サプライヤー(下請け・孫請け)までのマッピング=どの企業・工場から何が調達されているか?をきめ細かく把握します。

これは調達現場の“泥臭い仕事”ですが、労働・環境問題の兆候は意外な下流で発覚することが多いため、地道な調査・交流が不可欠です。

4. デジタルツールのフル活用

アナログ管理から脱却するにはデジタル化の推進、すなわち

– サプライヤー評価システム
– CSRアンケートデータベース
– 監査記録の電子化
– CO₂排出量・環境負荷自動集計ツール
などを柔軟に取り入れ、スピード感とデータの信頼性を両立する必要があります。

5. 取引契約・規約の見直し

従来の「QCD重視契約」に加え、コンプライアンス遵守条項(グリーン購入、倫理規定、人権保護)も契約書や発注仕様に明記しましょう。

これは国際取引でのトラブル未然防止に極めて重要です。

サプライヤーから見た「持続可能バイヤー」の理想像

1. 一方的な“押しつけ”でなく「伴走」がカギ

バイヤーから持続可能性施策を求められる立場のサプライヤーにとって、「コスト負担や人的リソースが大きすぎる…」と苦慮する例は多いです。

そこで理想的なのは、
– バイヤーが自社方針や国際基準をわかりやすく説明し、サプライヤーの事情や準備状況にも配慮したロードマップを一緒に考える。
– 品質・納期だけでなく、CSRや環境配慮の実績も評価指標に織り込む。
– 改善が必要な項目には助言し、ときには教育機会や補助ツールも紹介する。
という“伴走型支援”です。

2. 取引先を増やすための「持続可能性アピール」

バイヤー側もサプライヤー側も、サステナブルな姿勢や実績は入札・新規案件受注の重要な「強み」になります。

小規模な企業ほど、「自社はまだ無理」と諦めず、できるところから実績を積み、客観的な評価(第三者認証など)を積極的に活用すれば、グローバルバイヤーからの注目度も確実に上がります。

まとめ:明日からできる、現場での一歩

持続可能性調達は、一朝一夕で完結するものではありません。

しかし、「現場は忙しい」「コストが上がる」からと旧態依然のやり方にとどまることは、これからの時代、「競争力低下」という大きなしっぺ返しを受けます。

まずはサプライヤーとの対話の場を増やし、行動規範やデジタルツールの活用から始めること。

現場目線で泥臭く、着実に「持続可能性調達」を自分たちの文化の一部にできれば、日本の製造業の競争力は必ず高まります。

ESG時代の新たな地平線は、現場の小さな実践の積み重ねから開けるのです。

製造バイヤー・サプライヤー双方が互いを“持続可能なパートナー”と位置付け、「日本流ものづくり」の強さを持続可能性という新たな次元で世界に誇りましょう。

You cannot copy content of this page