投稿日:2025年7月10日

システム同定を用いた制御対象モデリングと高性能制御系設計

はじめに

現代の製造業において、高品質かつ効率的な生産プロセスの構築は必須です。
特に工場の自動化や省人化が加速する中で、より精密な制御技術への需要が高まっています。
しかしながら、多くの現場では「経験と勘」や、昭和時代から続くアナログ的な手法が根強く残っており、データ駆動型や科学的アプローチへの転換が一筋縄ではいかない現実があります。
この記事では、製造業の現場経験を踏まえながら、システム同定を用いた制御対象モデリングと、それによる高性能制御系設計について、実践的かつ現場目線で解説します。

システム同定とは何か?

制御系設計の基盤となる「見える化」

製造現場で機械やラインを自動で動かすためには、まずその対象がどのような性質を持っているか、すなわち「制御対象」の正確な把握が必要です。
システム同定とは、実際の装置やプロセスに入力と出力を与え、その挙動データから数学的なモデル(数式や方程式)を構築するプロセスを指します。
これにより、ブラックボックスだった現場の設備や現象を「見える化」することが可能となります。

なぜ、現場でシステム同定が必要か

製造業の多くの現場では、熟練したオペレーターの経験に頼った制御や調整が行われてきました。
しかし、世代交代や人手不足、製品の高付加価値化への対応が求められる現在、勘と経験に頼るだけでは安定した生産が難しくなっています。
システム同定は、現場の「暗黙知」を「形式知」へと変換し、誰でも高い再現性で品質を安定させるための武器となるのです。

実践!システム同定のプロセス

1. データ収集 ― アナログ現場でも始められる

モデリングの第一歩は、対象となるプロセスや装置に対して入力(操作量)を変化させ、そのときの出力(応答)を記録することです。
たとえば、加熱炉であればヒーター出力を変えて温度の推移を記録する、搬送ラインであればモータの回転数変化と搬送速度を計測する、といった具合です。
最近はIoT化が進み、センサー類も安価かつ高性能になっていますが、既存のアナログ設備でもデータロガーや簡易的な記録装置で工夫してデータ取得することは十分可能です。

2. モデリング ― 最小限の数式で本質を掴む

得られたデータを基に、プロセスの入力と出力の関係を表す数学モデル(伝達関数や状態空間モデル)を導出します。
現場では「とにかく複雑なモデルを作ればよい」という誤解が生まれがちですが、最初はできるだけ簡単な一次遅れや二次システムで始めることをおすすめします。
なぜなら、現場での制御系設計にとっては“本質的な変動要素”を見逃さず、過剰にパラメータを増やさないことが安定性や運用のしやすさに直結するからです。

3. モデルの検証 ― 現場実装前の「リアル感覚」

構築した数式モデルがどの程度現実の装置を再現しているかを確かめるために、新たな入力パターンを与えて実機・シミュレーション間の応答を比較します。
この時、不整合が見られる場合は、ノイズや非線形性など“現場独自のクセ”が反映されているかをチェックし、再度モデル化を見直します。
この“試行錯誤”こそが、デジタル知識とアナログ現場感覚をつなぐ橋渡しとなります。

高性能制御系設計への展開

モデルベース制御設計の重要性

モデリングが完成したら、そのモデルを活用して最適な制御パラメータを設計します。
従来のPID制御も、数式モデルを利用してゲインや時定数を合理的に調整できるため、「職人の勘」頼みから脱却しやすくなります。
また、近年ではモデル予測制御(MPC)や適応制御といった高度なアルゴリズムも、現場に合わせてカスタマイズできるようになりました。

現場実装時の落とし穴 ― 理論だけでは語れない苦労

高性能な制御設計を現場へ導入する際、しばしば“理論通りにいかない”壁にぶつかります。
例えば、
– モデル化しきれない摩耗や経時劣化
– オペレーターによるイレギュラーな介入
– センサー類の信頼性やメンテナンス性
といった、マニュアルや数式では表現しきれない“現場の現実”です。

このため、制御系設計者は現場担当者と密接にコミュニケーションを取り、実装・運用プロセスに柔軟性を持たせる必要があります。
また、シミュレーションと現地検証を繰り返すことで、「現場に根付く制御技術」として定着させていくことが重要です。

アナログ体質の製造業界と、システム同定導入のギャップ

現場では何が壁になるのか?

製造現場では、これまでのノウハウや慣習が強固に根付き、新技術導入には保守的な面も多く残っています。
特に「数字やモデルよりも、現場の声の方が信頼できる」といった心理的障壁や、「そもそもデータ収集に工数を割けない」などの物理的制限も存在します。

ここで大切なのは、いきなり全工程をデジタル化・自動化するのではなく、「まずは一部工程や設備から、現場担当者と一緒に“小さな成功事例”を積み上げる」アプローチです。
これにより、現場の納得感・自信の醸成、業務改善の具体的イメージが広がり、スムーズな変革が実現できます。

調達・バイヤー視点でのシステム同定と制御設計の意義

バイヤーが知っておきたいこと

サプライヤーを選定し、プロセス改善や自動化設備を導入するバイヤー・調達担当は、「どのような制御対応力を備えたサプライヤーを選ぶべきか」を見極めることが、長期的な品質保証・コスト低減につながります。
例えば、
– 独自の現場データを生かしてシステム同定に注力しているか
– 現場とのコミュニケーション力を持ち、単なる商品提供でなくプロセス全体を理解しているか
などが、真のパートナー選定のポイントです。

また、設備更新や新規設備導入時には、サプライヤーに「制御対象モデリングやテストベンチでの事前検証」にどれほど取り組んでいるかを必ず確認しましょう。
これが後々のトラブル回避や、よりスムーズな現場立ち上げ、追加費用の抑制にもつながります。

サプライヤー・工事業者への期待

サプライヤー側も、単なる装置納入にとどまらず、「現場データを基にしたシステム同定・最適制御設計までワンストップで提案」することが、差別化ポイントとなります。
アナログ現場の課題にデジタル技術で挑むことで、“共創型の製造現場づくり”を実現できます。

今後の製造業におけるシステム同定活用の展望

今後、AIやビッグデータによるさらなる自動化、スマートファクトリー化が加速度的に進むことは間違いありません。
その基盤には、システム同定による精密なモデリングと、それを活用した高機能な制御系設計の成熟化があります。
“最前線の現場力”と“先進テクノロジー”をいかに効果的に融合させるか― これが、昭和の手法を超えた「令和型ものづくり」の成功に直結するのです。

まとめ

システム同定を用いた制御対象モデリングは、従来の勘や経験則だけでは実現できなかった“生産現場の科学化”を一気に加速させます。
高性能制御系設計や自動化導入の際に、「なぜ数式モデルが必要か」「どのように現場で運用するか」を理解し、小さな成功事例から全体最適へとステップアップしましょう。
調達・バイヤー、サプライヤー双方の立場で、こうした科学的アプローチの重要性と実践ノウハウを共有することが、これからの製造業発展に不可欠な視点となります。

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