システムが複雑すぎて現場が使いこなせない課題

はじめに：現場を悩ませる「複雑すぎるシステム問題」

近年、多くの製造業がDX（デジタルトランスフォーメーション）の波に乗り、業務効率化や品質向上を目的に様々なITシステムを導入しています。
調達購買、生産管理、品質管理、在庫や工程管理など、その適用範囲は年々広がっています。
しかし、その裏側では「システムが複雑すぎて現場が使いこなせない」という大きな課題に直面する企業が急増しています。

私は20年以上「ものづくり」の現場で、現場作業者から管理職まで様々な立場を経験してきました。
その中で繰り返し目の当たりにしたのは、高度化するITや自動化技術が本来の目的を果たせず、逆に「現場の足かせ」になってしまっている現実です。
この記事では、昭和から根強く残るアナログ文化と、急速に進化するデジタル技術のはざまで現場が抱えるジレンマに焦点をあて、どのように解決していくべきかを実践的な視点で考察します。

なぜシステムは複雑化するのか？業界特有の背景

属人化からの脱却と、標準化への過剰期待

製造業は伝統的に「人の経験値」に大きく依存してきた業界です。
工程の進め方、調達や検査のノウハウ、段取り替えの勘所など、多くが現場ベテラン個人に紐づいていました。
これが平成から令和にかけ、「属人依存では企業は生き残れない」という認識が急速に高まり、IT導入や業務標準化が推進され始めます。

しかしベテランの“流儀”や細かな判断基準を全てシステムに落とし込もうとした結果、膨大な選択肢や入力項目、無数の分岐フローを含んだ、極めて使い勝手の悪い「なんでも屋」的な業務システムが生まれてしまいました。
こうしたシステムは見た目にも複雑で、実際の現場作業速度や柔軟な判断を著しく阻害する元凶となります。

昭和的手作業志向と、デジタル移行の温度差

長年の「紙伝票」「電話・口頭連絡」「現場見回り」などの手作業文化が根強く残るのも製造業ならではの特徴です。
特に中小規模メーカーでは、昭和から続くやり方に安心感を覚える層が大勢います。
複雑なシステムは「手順が多すぎて直感的でない」「パソコンが苦手」「現場の動きに合わない」と、強い抵抗感が生まれがちです。

また大手製造業ですら、現場とIT部門の間で温度差が生じ、現場の声が十分に反映されないまま、システムが「一人歩き」してしまう例がたびたび見受けられます。

現場でよく起こる「システム使いこなせない問題」具体例

入力や操作が煩雑で、手間が急増する

在庫管理や検品、調達依頼システムなどでよく見られるのが、「ちょっとした作業にも多数の項目入力や承認フローが必要で時間がかかる」というトラブルです。

たとえば現場で原材料の入庫を登録する際、伝票番号・仕入先コード・分類・ロット番号・入庫担当者名など、多数の項目を正確に入力しなければなりません。
ひとつでもミスや漏れがあるとエラーが出て進めず、紙と併用した“ダブルワーク”になってしまい、逆に手間とストレスが増すケースも多発しています。

現場の実態と合致しない業務フロー

生産現場特有のイレギュラー対応、突発的なライン変更、臨時資材の手配、緊急クレーム処理など、「教科書通り」にいかない事態が日常茶飯事です。

ところが導入されたシステムはルールを厳格に定めているため、ちょっとでもケース外のことが発生すると現場は手詰まりに陥ります。
結局、“使いやすいアナログなやり方”に逆戻りしてしまい、システムは形骸化、投資は無駄になるという悪循環が繰り返されます。

属人化した操作方法、情報ブラックボックス化

本来は標準化のため導入したはずのシステムが、逆に“システム担当者だけが分かる特殊なノウハウ”となり、「この人がいないと業務が進まない」という新たな属人化を生みかねません。

また、現場現場で「裏技」や「ローカルルール」が横行するため、会社全体としての情報共有や業務可視化という当初目的が達成できない事態が発生しがちです。

複雑システムが現場にもたらす実害

品質・納期トラブルの温床に

操作ミスや入力遅れ、情報伝達の食い違いなどが多発し、結果として

・誤出荷や誤納入
・工程遅延
・品質データの誤登録

など、品質クレームや納期遅延のトラブルを招きやすくなります。
とくにグローバル取引や複数拠点間でのやり取りが多い大手メーカーでは、情報一元化の不徹底によるリスクが高まります。

現場作業者のモチベーション低下、熟練離れ

「せっかくのIT投資で現場の業務が逆に増えた」
「PC操作や新しいルールに馴染めず、働き甲斐を損なった」

といった声が高まり、特に昭和世代のベテラン層が現場を離れてしまうケースが散見されます。
技能伝承やチームワークにも悪影響を与え、事業継続にも大きな障害となってしまいます。

本来目的の「効率化」「標準化」が進まない

ツールが複雑すぎて現場が使いこなせなければ、書類の二重管理や“紙頼み”が残り続け、標準化・効率化・コストダウンの目標達成は難しくなります。
さらに経営層は「現場が非協力的」と判断し、現場は「経営が現状を分かっていない」と反発が深まる、深刻な組織分断にもつながりかねません。

解決のヒント：現場視点からアプローチする戦略

現場主導のシステム設計・導入を徹底する

もっとも重要なのは、「現場ユーザーが主役」となるシステム設計・導入プロセスです。
IT部門やベンダー任せにせず、現場作業者・管理職・システム担当が継続的に協働してシステム要件を詰め、現場での試験運用やフィードバックサイクルを重視しましょう。

また、「現場の誰でも直感的に使えるUI（ユーザーインターフェース）」を設計初期段階から追求し、複雑なフローや意図が分かりづらい箇所は徹底的にそぎ落とすことがカギとなります。

段階的導入とシンプルな業務フローの徹底

一気に大規模なシステム全体導入は避け、最初はごく基本的な機能だけに絞り、中核業務から少しずつ展開していく「スモールスタート方式」がおすすめです。

現場で本当に必要な最小限の入力項目や操作のみを反映し、「余計なものは後で追加」という引き算の考え方も重要です。
また、最初から“全てのイレギュラーケースに自動対応させよう”と夢を見るのではなく、「8割を効率化、残りは人が柔軟に補う」くらいのスタンスが、現実的かつ現場目線に合ったアプローチです。

「昭和」と「令和」の融合を意識した教育体制

アナログ主義のベテラン層も、デジタルネイティブの若手も“使いやすい、分かりやすい”を徹底したマニュアルや教育動画の用意、現場のロールモデルとなる「システムお助け隊」の育成も有効です。

また、「困ったとき、誰に聞けばいいのか分かる」ような社内ヘルプデスクの明確化や、定期的なユーザー交流会によるノウハウ共有も、現場の「システム慣れ」を後押しします。

立場ごとの「複雑すぎるシステム」との向き合い方

現場作業者・現場リーダーの場合

・分からないことは積極的にフィードバックとして上げる文化をつくりましょう。
・アナログ×デジタルの「併用期間」を設け、慣れる間は無理をしないことも大切です。

バイヤー・調達購買に携わる場合

・現場の困りごと（例：調達依頼が面倒、履歴が追えない等）を積極的に気づき、ベンダーに伝える。
・サプライヤーにも「新しいシステム導入後の影響」を必ず丁寧に共有し、取引先の実情に配慮する。

サプライヤーの営業や品質保証担当の場合

・納入先が新システムを導入する際は、自社での事前動作検証や情報取得を怠らない。
・使い方に現場で困っていることがあれば、遠慮なく提案・問い合わせを行う姿勢が双方の信用構築にも繋がります。

まとめ：最適解は「現場が主役になるDX」

製造業のデジタル化は待ったなしの流れですが、「現場を置き去りにした複雑すぎるシステム」では本当の目的は果たせません。
現場の知恵や感覚とIT技術のベストミックスこそが、業務効率化・品質管理・競争力強化につながります。

今後も“現場の声”を主軸に据えたシステム設計と、本質的な業務プロセスのシンプル化を追求し、昭和の良さと令和の強みをかけ合わせる新しい製造業の未来をともにつくっていきましょう。