投稿日:2025年6月9日

わかりやすい取扱説明書の制作技術とポイントおよび例

はじめに:ものづくり現場における取扱説明書の重要性

ものづくりの現場では取扱説明書こそが、お客様と製品、そして現場の技術者や調達担当者をつなぐ大切な架け橋です。

たとえば納品後の初期不良やトラブルの大半は、「説明書が分かりにくく機械の正しい使い方が分からなかった…」というケースが浮き彫りになっています。

近年、製造業もグローバル化・自動化の波の中で業務効率改善が求められ、取扱説明書も従来の“ただ作る”から“顧客体験価値を創出する”ための媒体へと位置付けが変わっています。

一方、多くの現場では昭和の時代から引き継がれた慣習が根強く残り、PDF化はしたものの内容や表現は旧態依然というケースも多く見受けられます。

そこで本記事では、誰もがわかりやすく、安全に製品を扱うための取扱説明書作成の具体的なポイントや工夫、現場ならではの失敗例や成功事例も交えて詳しく解説します。

バイヤーを目指す方、製造現場に関わる方、取引先サプライヤーとしてバイヤーの思考を知りたい方々にとっても有益な内容です。

取扱説明書制作の基本原則と現場の壁

「分かりやすさ」の本質はどこにあるのか

どんなに素晴らしい製品でも、ユーザーが正しく使えなければ価値は半減してしまいます。

業界での「分かりやすさ」とは何を指し、なぜ現場ではいまだ“読みにくいマニュアル”が量産されてしまうのでしょうか。

それは「知っている人が書く」ことと、「知らない人が読む」ことに大きなギャップが生じているからです。

現場で機械や工程を熟知した技術者は、往々にして自分の知見のレベルに合わせて説明を書きがちです。

たとえば“原点復帰をしてください”という指示一つとっても、現場によっては「原点復帰のやり方」が千差万別。

初心者には何から始めればいいのかが全く伝わりません。

このような思考の盲点=“エキスパートバイアス”こそ、説明書制作における最大の壁です。

昭和的アナログ思考から抜け出すには

長年昭和的な仕事文化の中で培われてきた「とりあえず形式だけ整えればOK」「失敗したら現場でリカバリーすればいい」という意識が、説明書の質を下げてきた遠因でもあります。

分かりやすさの追求には、徹底したユーザー目線――“そもそもこの作業の目的は何か”“操作や工程は誰でもできるか”“専門用語が多すぎないか”など、多面的な問いかけとアップデートが必要です。

急速な自動化やデジタル化のなか、取扱説明書さえ進化をし続けることが、これからの製造業に求められる「競争力強化」なのです。

わかりやすい取扱説明書を作るための7つのポイント

1. ユーザーストーリー起点の構成にする

説明書の作成では、最初に「具体的な利用者」を想定することが欠かせません。

– 顧客の業界知識や立場は?
– 製品を使い慣れているのか、初めて触るのか?
– 想定される作業環境や周りの設備は?

こうしたペルソナを明確にした上で、「最初のセットアップ」から「日常の使い方」「トラブル発生時の対処」→「メンテナンス」までの一連のストーリーとして構成することで、“迷いなく進める導線”ができます。

2. 具体的な言葉と、曖昧な言葉の排除

「適当に」「十分に」「しっかりと」といったあいまい表現は不可です。

より具体的に、「6mm幅の配線をコネクタ奥にカチッと音がするまで挿し込む」と工程ごとに“誰でも判断できる基準”を示しましょう。

また専門用語には必ず説明を添える、または別枠で用語集ページを用意することも大切です。

3. ビジュアル(イラスト・写真・図解)の有効活用

多くの現場では未だに「文章だけ」の説明書が少なくありません。

しかし、ちょっとした工程の違いや部品の形状も、写真や矢印つきイラストで示すだけで、グッと理解度が高まります。

このとき重要なのは

– モノクロではなくカラー
– “実際の現場の写真”(机上のパーツのみではなく、設置環境も見せる)
– ピクトグラムやチェックリストも活用する

といった工夫です。

最近では動画QRコードやARマニュアルの導入も広がっており、「困ったら動画を見る」シームレスな体験設計も増えています。

4. ステップバイステップとフローチャート

工程が複雑になりがちな製品ほど、一連の作業を「1工程ごと」に分け、手順番号をつけて時系列で並べます。

トラブル対応や分岐点に関しては、フローチャート形式で「Yes/No」分岐や、選択肢ごとに進み方を明示します。

これにより迷いなく作業を進められ、ヒューマンエラーの防止にもつながります。

5. “なぜこの作業が必要か”を明示

人は納得しない作業には手を抜きがちです。

例えば「必ずこのボルトを締めてください」だけでは響きません。

「ここを締め忘れると、機械内部で緩みが発生し、事故の危険があります」といった“背景理由”を添えることで、安全意識と作業精度が大きく変わります。

6. 現場検証とフィードバックループの仕組み化

完成した説明書は、必ず第三者(想定ユーザーに近い人)に“初見で試してもらう”ことが鉄則です。

– どこで手が止まったか
– どの表現が分かりづらかったか
– 写真や図は正しく伝わっているか

現場検証のフィードバックを設計書に反映し、定期的なアップデート体制=PDCAループを仕組みましょう。

紙とデジタルを併用し、バージョン管理を徹底することも重要です。

7. 多言語・バリアフリー対応も視野に

グローバル化・多様化が進む今、多言語対応やピクトグラム表示、ユニバーサルデザインの考え方も必須です。

英語だけでなく、中国語、スペイン語など、主要な取引国の言語での簡易説明や、色覚異常を意識した色使い、視認性の高いフォント選びなど細かな配慮が差別化につながります。

実践例:製造現場での改善事例と失敗事例

【成功例】最新の自動組立装置メーカーのケース

ある自動車部品工場では、新型組立装置の導入時に“現場オペレーターが使える説明書”をテーマに制作しました。

従来は、装置メーカーが独自様式で一方的に書いた専門用語だらけの厚いマニュアルのみ。

今回は工程ごとに現場で写真を撮影し、全作業者の「つまずく場所」を洗い出し、分かりやすいイラストとともに工程ごとの注意事項を追加。

また、テスト運用後に“現場ヒアリング会”を実施し、現場作業者の声や失敗体験から改善点を抽出。

結果として、作業ミスや初期トラブルが大幅に削減され、現場の満足度・導入までのリードタイム短縮を実現しました。

【失敗例】古い電気部品メーカーのマニュアル

一方、ある電気部品メーカーでは、他社との差別化のために“詳細すぎる厚み”をウリにした説明書を用意していました。

しかし現場では、「あまりに細かい工程まで指示があり長すぎて読む気を失う」「どの項目が重要かわかりづらい」という声が続出。

結果、本来伝えたかった「安全のための必須作業」すら現場に徹底されず、納入直後の事故が発生しました。

“全てを書けば安心”という固定観念は、逆にユーザーに情報過多のストレスを与え、失敗に結びつく代表的な例です。

バイヤーが求める説明書と、サプライヤーの役割

バイヤーは何を重視しているのか

バイヤーや調達担当者の多くは、「正しい使い方が徹底できる=クレームや保証対応の手間が減る」という視点から説明書の品質を重視しています。

また、説明書そのものが“技術サポート力”や“アフターサービス品質”の証とされ、サプライヤー選定の際にも評価ポイントになっています。

納品後に「使い方がわからない」「こんなはずじゃなかった」という問題が起きても、分かりやすい説明書があることでトラブルを最小限にでき、現場作業の立ち上げもスムーズになります。

サプライヤーが目指すべき姿勢と事前準備

サプライヤー側としては

– バイヤーやエンドユーザーの立場を徹底的に想像する
– 分かりやすさや安全性に責任を持つ
– 提案書や仕様書の段階から“マニュアル化工程”を想定し準備を始める

という姿勢が必要です。

バイヤー視点を学ぶことは、単なる納入物の一部としてではなく、「パートナー企業としての信頼」を勝ち取る武器にもなります。

まとめ:説明書のクオリティがブランド価値に

現場目線、ユーザー物語、具体性・視認性・専門用語のバランス、検証・アップデート体制…。

取扱説明書づくりは、決して“おまけ”でも“ルーチンワーク”でもありません。

最前線の現場から逆算し、分かりやすさへの飽くなき挑戦を繰り返すことが、製造業ブランドの信頼を支える力となります。

今後もデジタル化や事業のグローバル展開とともに、日本のものづくりは新たな地平線へと進んでいくでしょう。

その起点は、日々の取扱説明書一つ一つのクオリティにかかっています。

一歩先を見据えた説明書作成、ぜひ今日から取り組みを始めてみてください。

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