投稿日:2025年9月22日

「技術は盗んで覚えろ」とする文化が若手育成を妨げる現実

はじめに:「技術は盗んで覚えろ」の呪縛

製造業における人材育成の現場では、「技術は盗んで覚えろ」という言葉が今なお根強く残っています。

これは昭和の高度成長期、熟練工が現場で暗黙の技を伝え、それを後輩が観察して身につけるという、日本独特の職人気質に根ざす文化です。

熟練者の背中を見て技術を盗み、やがて自分ならではの工夫を加えていく。

対話が少なくても、見取り稽古のように現場で育った人には馴染み深い言葉かもしれません。

しかし、果たして令和の今、このやり方が本当に若手育成や現場力の強化に繋がっているのか、深く考える必要があります。

現代社会の変化、ものづくりに求められるスピード・多様性、コスト意識や品質管理の厳格化――こうした変化と、アナログな教育文化のギャップが、現場にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。

本記事では、20年以上の製造業経験を持つ筆者の視点から、「技術は盗んで覚えろ」という文化が若手育成に与える弊害、業界全体の課題、そして今後求められる人材育成のアプローチまでを掘り下げて解説します。

昭和から続く「現場で学べ」の実態

1. 熟練工の知識はブラックボックス

多くの日本企業の工場現場では、「説明しなくても見て覚えろ」という暗黙のルールがあり、一人前と認められるまでは先輩の作業をひたすら観察します。

たしかに、作業の流れやちょっとしたコツ、トラブルシューティングの方法は実地でしか学べないものも多いです。

しかし、このやり方は熟練者の「勘と経験」に頼りがちで、ノウハウは属人化します。

結果、「この作業は●●さんにしかできない」「原因がわからない不良が出ると▲▲さん頼み」など、ブラックボックス化が進みやすくなります。

これは世代交代や定年による熟練者の抜けで突然大きなリスクとなり、実際に大手メーカーでもそうした問題が表面化しています。

2. 分からないと自分が悪い? 若手の萎縮

「盗んで覚えろ」文化の最大の弊害は、分からないことがあっても聞けない雰囲気ができてしまうことです。

「何度も同じことを聞いちゃ悪い」「基本は自分で考えろ」「先輩は忙しそうだし」と、若手が萎縮し受け身になってしまう。

結果、「できる人」と「できない人」の差が広がり、離職率の上昇や生産効率の低下に繋がります。

多様な人材が集まり流動性も高まる今、昭和的な「根性論」「我慢」のマインドセットだけでは組織は維持できません。

業界全体に及ぼす「アナログ教育」の影響

1. 効率化・自動化が進まない隠れた原因

工場の自動化やデジタル化が叫ばれる中で、日本の製造業が世界に比べて遅れている要因の一つに「教育ノウハウの属人化」があります。

システム化や標準化を進めようとしても、現場で「これはマニュアルには書けない」「うちのやり方は特別だ」という声が根強く、結局熟練者に頼らざるを得ない。

新しい機械・システムを導入しても、教える人がいない、使える人が限られる、という状況が繰り返され、結果的に「一部の人しか分からない」まま現場が回るという非効率を生んでいます。

2. 取引構造やサプライチェーンにも波及

こうした教育文化は、社内だけでなく取引先やサプライヤーにも波及しています。

バイヤーとサプライヤーの関係で「阿吽の呼吸」「現場感覚」が尊重される一方、仕様・品質・コストへの厳しい要求は高まるばかりです。

双方がギリギリまで本音やノウハウを見せず、「分かる人にしかわからない」状態が、取引の効率や品質安定を妨げることも少なくありません。

昭和の「現場主義」と、世界基準のオープンな協業姿勢とのギャップは、いまや競争力の大きな分かれ目となっています。

「盗む」時代から「共有・習得」へ

1. マニュアル化・見える化の取り組み

最近では、実際の工場現場でも「ノウハウの見える化」「作業の標準化」への取り組みが活発になっています。

たとえば作業手順を動画で記録する、画像・図解付きのデジタル手順書を作成するといった方法は、言葉の壁や個人差を乗り越えてスピーディな教育に効果をあげています。

現場の声を集めてFAQを蓄積したり、重要なコツやヒヤリ・ハット事例をデータベース化したりすることで、「わかる人にだけわかる」から「誰でも学べる」状況へシフトしています。

2. OJT+OFF-JT=個々の成長を促す

従来のOJT(On the Job Training)だけでなく、eラーニングや集合研修(OFF-JT)を組み合わせ、一人ひとりの習熟度や特性に合わせてトレーニングプランを設計する企業も増えています。

また、現場にベテラン職人がいても、「教える人が教える技術を持つ」ことも重視されるようになり、社内トレーナーの育成や教育者の評価制度など仕組み作りが急務です。

「現場で盗め」ではなく、「現場で自ら学び、周囲と共有し、学びを言語化できる」ことが新時代の現場力となるでしょう。

サプライヤー・バイヤーが意識したい教育の視点

1. バイヤーの「要求の言語化」と現場力

バイヤーとしては、サプライヤーに対して「うちの現場感覚なら分かるはず」「空気を読んで合わせてくれ」ではなく、言葉やデータで明確に要件や価値観・狙いを伝える力が求められます。

逆に、サプライヤー側も「この仕様の背景には何があるか」「どこまでが相手のこだわりか」など、本音の意図や暗黙知をヒアリングし、知識を共有できる姿勢が重要です。

お互いが「見て覚えてくれ」と言い合う時代は終わりつつあり、Win-winな関係のためにはノウハウや知見のオープンな交換がますます大事になります。

2. 新たな若手育成像とキャリア設計

「教えなくても見て盗め」という文化は、もはや少数精鋭の特別な現場でのみ通用する特殊解です。

今や多くの現場で世代交代が進み、積極的な知識共有と教育機会の提供によって、多様な人材が多様な強みを発揮する流れが強く求められています。

製造現場では、ロボットやAI技術を現場判断で活用しながら、ベテランの知恵や工夫を翻訳・再構築し、新しいルールや標準に組み込める人材こそが重宝される時代です。

若手の側も、「受け身で待つ」のではなく、自主的に学ぶ努力、周囲に質問し、フィードバックを受け止める力を持つことが、飛躍的な成長とキャリアアップにつながります。

まとめ:「盗む」から「共有し納得して身につける」へ

「技術は盗んで覚えろ」ということばは、時代遅れの根性論というだけでなく、人材育成の再現性・持続性、企業競争力にまで深く関わる課題です。

属人的な“暗黙知”に頼るやり方の限界、“見れば分かる”“言わなくても通じる”という幻想は手放し、誰もが納得できるプロセスと仕組みづくりにシフトしなければなりません。

バイヤー・サプライヤーの立場を問わず、教育・情報共有の新たな地平に挑戦することが、業界全体の底上げと生産性革命につながると確信しています。

“分かる人がいる”から“みんな分かる”現場へ――いまここから、共に学び共に成長するものづくりの時代をつくりましょう。

You cannot copy content of this page