投稿日:2025年12月11日

単価交渉ばかりを求められ品質要件が後回しになるジレンマ

はじめに 〜なぜ単価交渉が優先されるのか〜

製造業の現場に長く身を置いていると、調達現場での「単価交渉」が常に最優先されがちな状況に何度も直面します。
本来、ものづくり産業の根幹は「品質」に他なりません。
しかし現実は、コスト至上主義とも言えるバイヤーの価値観や、経営層からのコストダウンプレッシャーが絶えず要請されているため、どうしても価格交渉にリソースが割かれ、品質や工程管理が後手に回るジレンマが発生しています。
この状況を打開し、製造業全体の競争力、ひいては日本の産業力向上につなげるにはどうすればよいのでしょうか。
本記事では、その現状と背景、現場で良くある実例、現実的な対応策、そして未来へ向けて私たちが考えるべきことを、20年以上現場で奮闘してきた目線で深掘りします。

製造現場における単価交渉の実態

「最低の価格で、最高の品質で」は幻想か

サプライヤーとしてバイヤーとの商談席に着いたとき、まず最初に問われるのは「いくらでできるか」です。
もちろん購買担当者は品質要求も資料等で明示してはいますが、
実質の現場運用では、品質合否の判断が最終段階になっていることが少なくありません。
特に昭和から続く多重下請け構造の中では、この傾向が根強く残っています。
「同等品でもっと安く作れる会社がある」といった言葉が商談の口火を切ることも多く、品質よりも価格交渉が取引の出発点になりがちです。

「見積もり競争」の弊害

複数のサプライヤーに対して見積もりをリクエストし、単純に価格のみで順位付けをする「見積もりコンペ」は今も各地の事業所で続く風習です。
品質要求に見合った適正コスト、適正利潤を維持できているか。
いや、それ以前にスペック通りの安定供給ができるか否かまで深く見抜く時間が無いまま、「最安値」に目がいってしまう現実がまん延しています。
現場担当が「あそこなら前例があるから」という理由だけで発注を決め、その後、品質トラブルが発生してから後追いで部門を跨いだ問題解決に追われるケースも後を絶ちません。

価格だけを攻めすぎる弊害

コスト削減一点張りの調達戦略にはリスクも潜んでいます。
例えば、見積もり金額を極限まで下げれば、サプライヤーは「削るしかない」コストの中身として、原材料のグレード、作業者レベル、検査工数などを真っ先に調整せざるを得ません。
不良率や納期遅延のリスク、長期的な製品寿命に跳ね返ってくる隠れコストが増大することは、製造現場にいると身をもって理解できますが、目の前の単価競争に圧迫されると、なかなか中長期を見通した判断がしづらいのが実態です。

アナログ体質が残る製造業の背景

属人化しやすい業務フロー

昭和から続く製造業の現場は、高度経済成長期からの「成功体験」に根ざしていることが多いです。
「昔からこうやっている」「ここの担当者はベテランだから安心」という属人的な判断基準が、今でもサプライヤー評価・選定の現場で優先されがちです。
この慣習が、科学的な品質マネジメント、真のサプライチェーン最適化へのブレーキになっています。

電子化・デジタル化の遅れ

たとえば、調達購買や品質管理の現場では、今なおFAXや紙ベースでのやりとりが根強く残っています。
見積もりや仕様変更の履歴、クレーム対応の記録管理も、紙の伝票やメールの山の中に埋もれがちです。
データのオープン化やナレッジの標準化が遅れるため、「個人の勘と経験」だけで価格や品質を決める習慣が解消しにくい状況になっています。

品質要件が後回しになると起きること

目先のコストダウンがもたらす品質不良

単価交渉を優先した結果としてありがちなのが、「当初のスペック通りに収まらない」「設計変更が頻発する」「検査コストが増える」といった問題です。
特に樹脂成形品や板金など外注比率の高い部品では、「安かろう悪かろう」状態に陥ることが少なくありません。
ひどい場合には、そのツケが市場クレームとして顧客やユーザーに跳ね返り、莫大なリカバリーコストや信用失墜につながることさえあります。

サプライヤーも疲弊し、技術継承が途絶える

目先の受注獲得のために値下げ競争を続けると、サプライヤー側も十分な利益を確保できず、熟練の技術者を確保したり、次世代への技術伝承のための人材育成に投資ができなくなります。
結果として業界全体が慢性的な人材不足や技術停滞に陥り、生産性が上がらない→価格で勝てない、という悪循環に陥った業界を数多く目の当たりにしてきました。

バイヤーの考え方・本音を知ろう

バイヤーは何を見ているのか

調達購買を担当するバイヤーは、しばしば経営層から「コストダウンのKPI」を課されています。
「前年より2%のコストダウン」はどのメーカーでも日常的な目標ですが、当然ながら安全・品質確保との両立は大前提です。
サプライヤーへの単価交渉はそのための手段であり、目的ではありません。
バイヤーは「本当に品質を担保できるか」「納期の遅れや突発クレームが無いか」を、価格以上に重視しているバイヤーも少なくありません。

コスト×品質×納期の最適解を探す

現在の潮流では、「QCD(品質、コスト、納期)」の三拍子揃ったパートナーこそが最終的に選ばれる傾向が強くなっています。
コストが安いだけ、納期が速いだけの提案では、長期的な信頼関係は築けません。
バイヤーは、「適正コストで安定した品質、トラブル時の対応スピード、情報開示の透明性」まで総合的に評価しています。
この「見えざる評価基準」を理解し、それに応えることで、価格勝負だけに消耗しない健全な付き合いが生まれます。

現場で実践できる市井の知恵と対策

品質要件を「先に落とし込む」工夫

現場主導で品質要件を最初に「見える化」し、バイヤーとサプライヤーの認識を徹底的にすり合わせておくことは極めて有効です。
例えば、設計図面と一緒に品質検査基準書や「現物サンプル」を早めに共有し、必要なコスト計算の根拠を見積もり時から提示します。
「この品質を実現するには、これだけの工程・コストがかかります」という合理的な説明と裏付けデータを持つことで、感情論や値引き要求だけに巻き込まれにくくなります。

工程FMEAやVE提案の活用

単なる価格表の提示ではなく、サプライヤー側から能動的に「工程FMEA(故障モード影響解析)」や「VE(Value Engineering)提案」を発信します。
「あらかじめどこにリスクがあり、どう管理しているか」「品質維持に必要な工程を可視化した場合、どこならコスト削減が可能か」を示すことで、単価交渉が「単なる値引き交渉」から「プロセス改善を絡めた適正価格議論」へと進化します。

取引後の「現場環境フィードバック」も大事

実際の量産・納品現場で不具合や事故が起きた場合、バイヤーや調達担当とサプライヤーがオープンに「現場の一次情報」を共有する文化も重要です。
発生した不良の原因や現場作業の課題を一緒に洗い出し、次回以降の業務改善につなげることで、価格だけでなく品質や納期への信頼が生まれ、長期的な付き合いが可能になります。

ラテラルシンキングで考える、新しい「ものづくり調達」

「価格か品質か」から「価値創造」へ

単価交渉至上主義の呪縛から脱却し、「共に価値を創造する調達」へ転換するためには、全体最適視点のラテラルシンキング(水平思考)が求められます。
具体的には、バイヤー・サプライヤー・現場オペレーターが一体となって、「コスト構造の透明化」「工程標準化」「データ活用による品質保証」を実現するチームビルディングが重要です。
海外では、「パートナーシップ型サプライヤー選定」や「共同開発」を進めることで価格も品質も底上げできた事例が増えてきています。

デジタル化×ノウハウ継承が産業を変える

過去の見積もりデータやトラブル事例をAIやDXツールで分析し、適正原価や最適サプライチェーンを見える化する動きは、日本の製造業でも導入が進みつつあります。
同時に、ベテランの経験知を若手が体系的に学べる仕組み(映像教育、標準作業書、VRトレーニング等)を強化すれば、価格のみの“消耗戦”から価値づくりの“共創”へと進化できるはずです。

まとめ 〜日本の製造業が進むべき新しい地平〜

単価交渉を最優先し、品質要件が後回しになりやすいジレンマは、長年業界に根付いた構造的課題です。
しかし、現場目線で見れば、短期的な安値競争は品質問題の温床であり、業界全体の疲弊・衰退につながりかねません。
バイヤーもサプライヤーも、「目先の単価」だけでなく「品質、納期トラブル、オープンな現場連携」まですべてを加味し、中長期で総合的な価値創造を目指すことが不可欠です。
これからのものづくりは、デジタル化と水平思考による新たな地平線の開拓こそ、我々現場世代が次代へとつなげていくべき最大のミッションでしょう。

現場目線と管理職経験を持つ者だからこそ伝えられる“苦い教訓”と“現実的な処方箋”を、今後も積極的に共有し、日本の製造業の底力を一緒に高めていきたいと思います。

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