投稿日:2025年12月17日

現場を理解しているつもりでも距離が生まれてしまう怖さ

はじめに:現場を理解している「つもり」がもたらす危うさ

製造業の世界では、「現場力」が現場の競争力そのものとよく言われます。
実際、現場を知らない管理職やバイヤーが陥りやすい落とし穴の一つに、「自分は現場を理解している」という過信があります。
しかし、頭では分かっているつもりでも、いつの間にか現場と気持ちや視点のギャップが生まれてしまうことは珍しくありません。

製造業のアナログな伝統や、昭和から続く習慣の根強さも相まって、現場と管理者・バイヤーとの距離感は、思いのほか解消が難しい課題です。
今回は「現場を理解しているつもりでも距離が生まれてしまう怖さ」をテーマに、現場経験豊富な視点から、具体的なケーススタディも交えて掘り下げていきます。
バイヤーを目指す方や、サプライヤー側でバイヤーの心理を知りたい方にも役立つ内容となっています。

なぜ、現場と管理者・バイヤーの距離が生まれるのか

現場を「知っていること」と「理解していること」の違い

多くの製造現場では、「現場をよく知っている」「自分は現場出身だから」と自負する管理者やバイヤーがいます。
しかし、「知っている」ことと「理解している」こと、さらには「実際に動かしている現場感覚」は大きく異なります。

例えば、最新の生産管理システムを導入し、KPIをモニタリングして一見スマートな管理をしていても、ラインに立つ作業者の心理や、ちょっとした職人技のような勘所までは見えていない場合があります。
現場目線で見れば、データ上の改善と、実際の作業のやりやすさや品質は必ずしも一致しません。
この「すき間」が現場と管理・バイヤーとの距離を生み出しています。

昭和のアナログ文化と現場の空気感

製造業は、良くも悪くも「昭和のアナログ文化」が根強く残っています。
QCサークルの伝統や、現場独自の帳票・連絡ノート、ベテラン作業者の口伝えノウハウなど、現場の“空気”を理解して初めて分かることが多いのです。

ところがこの空気感は、会議室やデータ上ではなかなか共有できません。
「さらに工数を削減できないか」
「在庫圧縮できるだろう」
「現場が時代についてきていないのでは」
など、現場の事情を十分に咀嚼せずに机上で施策が決まり、現場で反発を生む。
「現場を分かっているつもり」の人ほど、こうした溝に気づきにくくなっています。

実際の現場で起きている「理解しているつもり」の落とし穴

ケース1:調達部門のコストカット至上主義が現場を混乱させる

大手メーカーの調達部門では、部材や外注先の選定でコストダウン活動が常に求められます。
例えば「年間で10%コスト削減」という目標が掲げられ、バイヤーはコスト競争の激しいサプライヤーに切り替えます。

当初は「現場とすり合わせました」と報告されるものの、いざ量産が始まると、
・新たなサプライヤーの品質が安定しない
・微妙な仕様違いで前工程に手間が増える
・現場作業者の調整業務が増加
といった予期せぬトラブルが発生します。

「コストダウン=正義」という視点にとらわれ、「なぜ現場が混乱しているのか」を本質的に理解しないまま、「現場が頑張ればいい」「前回もこうだった」と思考停止。
この結果、「理解しているつもり」の溝が現場の士気を下げることに繋がります。

ケース2:現場の自動化プロジェクトのすれ違い

近年、DXやIoT、ロボット導入によるスマートファクトリー化が進んでいます。
経営層や本社部門では、導入効果の試算やROI(投資回収)ばかりが議論されがちですが、いざ現場に投入されると、
・現場の作業フローとロボット動線の微妙な不整合
・ちょっとした段取り替えや加工条件の変更が現場工夫で回らない
・システムメンテナンスやトラブル発生時の即応ノウハウが不足
と、やはり「現場感覚」との齟齬が顕在化します。

現場側からすれば「こんなものを導入して…」という不信感すら生まれ、「上の人は現場を分かっていない」と評価されかねません。

ケース3:品質管理現場の温度差

品質管理部門が中心になり「ゼロディフェクト」「不良品撲滅運動」を推進するケース。
一方で現場は日々の出荷や納期に追われ、現実解として「ここまでは現場流儀でOK」という暗黙の運用になっていることも多いです。

会議資料上の数値や不良事例だけ見て対策を議論すると、現場が納得しないまま、「現実が追いつかない」施策だけが並ぶことになります。
「現場を理解してます」とアピールしても、現実に寄り添う姿勢がなければ溝は深まる一方です。

距離を埋めるには何が必要か?現場と管理者・バイヤーの本質的コミュニケーション

現場観察と現場体験の“解像度”を上げる

「現場を理解しているつもり」を脱するためには、現場作業のリアリティを肌で感じることが不可欠です。
現場に立ち、作業者と一緒に手を動かし、五感で“現場の違和感”を発見する。
データや書類、定例会議だけでは擦り合わない課題やヒントこそが、現場改善とバイヤー視点の成功に直結します。

現場の“工夫”に光を当てる

多くの現場には、マニュアルに記載されない“現場の工夫”や“気づき”が隠れています。
こうした現場発のナレッジ・ノウハウを積極的に拾い、改善活動や工程設計、購買先の見直しなどに生かしていく。
「なぜ現場ではこのやり方が根付いているのか」を問い続け、現場の知恵と現状維持に安住しない工夫力へのリスペクトが、距離を縮める第一歩です。

質問力・傾聴力を鍛える

現場との対話では、「なぜ?」「困っていることは?」と一つ一つ掘り下げる“質問力”と、現場メンバーの声をしっかり受け止める“傾聴力”が欠かせません。
技術者目線・バイヤー目線の持論や正解探しに走るのではなく、「今何が現場で起きているか」をフラットな気持ちでヒアリングする姿勢こそが、真の現場理解を促します。

時代が変わっても現場理解の本質は変わらない

昭和のモノづくりと、最新のデジタルファクトリー。
見た目は大きく進化しましたが、「現場を理解し、現場と共に歩む姿勢」の本質は変わっていません。
むしろIT化・自動化が進むほど、現場目線を持ったバイヤーや管理職、サプライヤーとの絆が組織の強みに直結します。

現場との距離が開くことで起きる“すれ違い”や、数字や論理の世界だけでは解決できない“アナログな課題”。
これらの解消こそが、サプライチェーン全体の競争力強化やモノづくり力向上につながるのです。

まとめ:現場に「敬意」と「謙虚さ」を

現場を熟知しているつもりでも、それは本当に現場のリアルな声に寄り添えているのでしょうか。
変化の激しい時代、製造現場ほど現実が重く、奥深い現場はありません。

バイヤーや管理職、サプライヤーの立場であっても、「現場から教わる姿勢」を持ち続ける。
そして伝統と工夫が混ざり合う現場の“空気”や“矛盾”に目を向け、人も仕組みも一緒に歩みを進めていく。

それが、現場を理解しているつもりにならず、確かなモノづくりの現場力・購買力を磨いていく王道なのです。

現場を大切にする。
この原点が、全ての製造業に関わる人の礎であり、未来でも変わらない普遍の価値であると、私は確信しています。

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