投稿日:2025年10月5日

取引先を試すような発注を繰り返す企業の裏事情

はじめに ~なぜ「試す発注」が繰り返されるのか~

近年、製造業界で顕著に見られる現象として、取引先を「試すような発注」を繰り返す企業の存在が挙げられます。

一見すると非効率で双方に無駄な負担を強いるこの取引スタイルは、なぜ今もなお根強く残っているのでしょうか。

本記事では、現場経験者の立場から、現代製造業界が抱える根本的な課題や、こうした行動の背景に潜む企業心理、業界特有の事情を多角的に掘り下げます。

特にバイヤー志望の方や、サプライヤーの立場としてバイヤーの考え方を知りたい方、そして現場で日々苦悩する業界関係者に向けて、実践的な対応策もご紹介します。

「試す発注」とは何か?

試す発注の典型的なパターン

「試す発注」にはさまざまなバリエーションがあります。

最も一般的なのは、新規取引先や既存サプライヤーに対して、小口の多品種発注を断続的に繰り返すパターンです。

初回はお試し発注を行い、「対応力」や「品質管理」をチェック、その納期やクレーム処理対応まで観察し、「合格」と評価されなければ本格的な取引に発展することはありません。

このやり方は形を変えて、イレギュラー品の突然の依頼や、理不尽ともとられかねない短納期希望、無理難題とも思える特殊な仕様でのサンプル依頼等にも表れます。

なぜ継続するのか?企業心理の奥底

「何度も同じようなお試し発注をされて疲弊した」「他にも候補先がいると暗に感じさせる対応でプレッシャーをかけられる」という声は、多くのサプライヤーから聞こえてきます。

こうした行動の背景には、多くの場合“安全志向”と“組織防衛本能”が潜んでいます。

日本の製造業は長年、品質至上主義・完璧主義とも言える文化を貫いてきました。

その結果、「一度でも選定ミスをすると責任を問われる」「複数社を競合させることで社内への説明責任を果たせる」といったバイヤー側の事情が強く働いています。

特に、リスク回避を最優先する大手企業では“とにかく慎重であれ”というスタンスが蔓延し、現場担当者に過剰な安全策(=何度も試す)が課せられることが珍しくありません。

昭和型アナログ業界に根付く「試す発注」文化

「現場を信用しない」文化の根深さ

日本の製造業はバブル期以降、「とにかく無難に」「トラブル厳禁」で現場を動かしてきました。

そのため、決裁権が曖昧で現場担当者の判断では取引先の選定に踏み切れないという状況が多々あります。

また、「過去に失敗したら評価が著しく下がる」という人事評価システムの影響もあり、取引先を一発で信用せず、何度も“テスト”し続ける傾向が根付いているのです。

マニュアル至上主義と属人化の板挟み

もう一つの大きな要因は、「マニュアル」と「属人的対応」が混在する場面の多さです。

現場のベテラン社員は過去の経験に従って判断しがちですが、取引実績がデジタルで一元管理されていないため、「何度も同じような内容で再発注」をしてしまいやすいのです。

こうした昭和から続くアナログ体質は、デジタル化が進む現代でも完全には拭いきれていません。

バイヤーが「試す発注」を繰り返す本当の理由

リスク分散・見極め願望

多くのバイヤーはリスク管理の一環として、「本当にこの会社に任せて大丈夫か」と繰り返し見極めようとします。

また、市場価格や納期、技術レベルのベンチマークとして、競合数社を常に意図的に泳がせておきます。

これは単なる取引判断だけでなく、将来の価格交渉や仕様変更時のカードとしても有効なのです。

会社の“ルール”や“慣習”に従わざるを得ない現実

根本的には、個人の裁量が大きく制限されている、大手製造業の組織的な意思決定プロセスが背景にあります。

「新人のうちは上司の指示どおり」「今までの前例に従うのが最善」という刷り込みが強く、マニュアル外の行動でリスクを取ることを忌避しやすい傾向があります。

新規開拓で失敗したとき、実害だけでなく「なぜもっとテスト発注しなかったのか」の追及を恐れているケースも多いのです。

サプライヤーはどう向き合うべきか?~現場からの実践アドバイス~

「試される」ことを逆手に取る発想

取引先に「何度も試される」ことを、単なる負担やストレスとして受け止めるだけでなく、自社の“ウリ”や“強み”をアピールするチャンスと捉えなおすことが重要です。

たとえば、同業他社では実現しにくい短納期対応や細かな仕様変更のノウハウ、トレーサビリティシステムなど、継続的なアピールで信頼を積み重ねましょう。

「ログを残す」デジタル活用の重要性

アナログ体質が残る業界こそ、デジタルツールを上手く使う余地があります。

小口多品種の発注履歴・サンプル対応履歴・クレーム履歴などを一元管理し、バイヤーが異動や交代した際も一目瞭然で「過去にこれだけ対応した。一度に大きな受注も問題なくこなせる実績がある」と示せる体制構築が効果的です。

誤解が生じやすい現場との“橋渡し役”を設ける

営業担当と現場、バイヤーと現場、それぞれの立場で食い違いが多くなりがちです。

そのため、自社側でも「調整役」「翻訳者」となるキーパーソンを配置すること、またバイヤー側の現場担当とも積極的に関係構築することが肝要です。

何度も同じテスト発注が来る場合、単に「前にもやりましたよ」と突っぱねるのではなく、その真意を探る対話の場を作ることも信頼関係構築の第一歩となります。

なぜこうした「試し癖」は今後も続くのか?~根本的な課題~

グローバルサプライチェーンの変化と調達リスク

コロナ禍や地政学リスクの影響で、サプライチェーンが複雑化・分断化しています。

従来の「長期一括取引モデル」から、「複数社・短サイクル発注型」へとシフトせざるを得ない流れです。

このためバイヤーは、取引先に“バックアップ”として複数社の実力を並行把握しておく必要が強まり、どうしても何度も「試す」行動が起きやすくなっています。

「ミスを許されない」昭和型メンタリティは健在

日本型経営の根底には「和を乱すな」「慎重であれ」「失敗したら即責任」というメンタリティが残ります。

実際のところ、AIやデジタル化が進んでも、最終的な意思決定や現場対応は人間――しかも経験の浅いバイヤーである場合に、より慎重さ・過剰防衛が働いてしまうのです。

まとめ:変わるべきは「信頼構築プロセス」

「試す発注」は、単なる不信や消極的姿勢の産物ではなく、長年の業界文化や企業体質、社会的背景から生まれたある種の“防衛行動”です。

サプライヤーにとっては負担やストレスでもあるウラの事情を理解したうえで、
・自社の強みを積極的に発信し、実績やデータで「安心感」を提供
・曖昧な依頼には背景意図を確認、より踏み込んだコミュニケーションで現場不安を解消
・アナログなやりとりにも「ロジック」と「記録」で対応
といった工夫が今後ますます求められます。

昭和時代から続く“信用社会”の変化に、サプライヤーもバイヤーも頭を柔らかくし、データと「現場の対話力」の双方で乗り越えていく。

その意識改革こそが、アナログ業界に新しい風を呼び込み、長期安定取引への橋渡しになるはずです。

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