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人的資本経営を進めるほど評価の不公平感が出る理由

目次
はじめに:人的資本経営が注目される背景
人的資本経営とは、従業員一人ひとりを企業の資本として捉え、その能力や知識、経験を組織の成長に結びつける経営手法です。
デジタル化やグローバル化が進む製造業においては、技術や設備への投資だけでなく、人そのものの価値最大化が求められる時代となりました。
しかし、実際に人的資本経営を進めれば進めるほど、現場レベルでは評価の不公平感や納得感の欠如という課題が浮き彫りになります。
なぜ、人的資本経営が企業の未来を担う戦略でありながら、不公平感が強まりやすいのか。
本稿では、製造業の現場で長年培った実体験も交えながら、表面的な解説だけでなく、現場で根強く残る昭和的な価値観や慣習、組織構造にも切り込みつつ、問題の本質と将来的な処方箋を探ります。
人的資本経営と従来の評価制度とのギャップ
比較:年功序列と成果主義の緩やかな移行の現実
これまで多くの製造業では、年功序列や所属年数、ごく一部のリーダー素養の「見える化」された成果により評価が決まっていました。
昭和・平成の製造業現場では、昇進や賃金アップは「何年いれば誰でも上がれる」といった雰囲気が強く、個人差をつけること自体が組織風土として根付いていたのです。
人的資本経営が謳われる現代においては、何ができるか・どんな価値を会社にもたらすかという「成果」や「スキル」が評価の主軸になります。
ですが、長年続いた慣習や評価の仕組みをいきなり180度変えることは難しく、現場では「一部の人だけが突如評価されている」「自分たちの努力が見えにくい」といった声が噴出するのです。
評価指標の曖昧さと現場の相対感覚
人事評価制度を刷新しようとしても、「貢献度」「エンゲージメント」「スキルの見える化」といった抽象度の高い指標が並びます。
工場現場では日々ラインやマシンを直しているメンバーと、新規分野のDX推進や教育企画を担当するメンバーが混在します。
「自分の働き方・価値の出し方」でどう評価されるのか、その基準が見えにくいため、結局“上が好きなこと”“声が大きい人”ばかりが優遇されているような不公平感が高まる傾向があります。
このギャップを埋めるストーリーやコミュニケーションこそ、人的資本経営推進のカギとなるのです。
なぜ人的資本経営が不公平感に繋がりやすいのか
1. 業務の可視化・定量化の難しさ(アナログ業界特有の問題)
製造業では、特定のライン担当者や現場管理者の“異常”への気付き、“目配り・気配り”など、いわゆる「阿吽の呼吸」に支えられている業務が多く存在します。
こうした属人的・暗黙知に支えられた実践や安全・品質の維持は、定量評価しにくい一方で、現場では欠かせない大切な価値です。
一方で、人的資本経営では目に見えるデータやスキル証明、研修受講履歴等が評価指標となるため、「実際は自分の方がラインを守っているのに、ExcelやPowerPointが得意な人のほうが評価されている」といった納得感のズレが生まれやすくなります。
2. プロジェクト型人材優遇に対する不満
最近では、新工場立ち上げプロジェクトや現場DX推進のプロジェクトに起用された社員が人事評価で高評価となる事例が増えています。
ところが、その裏で地道に日常の品質維持や突発トラブル対応を続ける「現場のプロ」にはスポットが当たりにくいのが実情です。
この構造は「派手なプロジェクト型の働き方を選ばない方が損だ」という空気を生み、長年にわたり現場を守ってきたベテラン層のモチベーション低下や離職につながるリスクを孕んでいます。
3. サプライチェーン上のサプライヤーでも生じる評価誤認
人的資本経営の流れは大手メーカーだけでなく、サプライヤーレイヤーにも波及しています。
親会社の人的資本戦略や評価基準に合わせるよう強いられる一方で、そもそも工場規模や体制、業務分散度が異なるため「本当に自社の現場流で評価して良いのか」という迷いが生じやすいのです。
また、バイヤー目線では「人的投資が進んでいるか」「属人化を防ぐためにどんなスキル訓練/継承機会を与えているか」がサプライヤー選定の材料として用いられるため、一律のフォーマットで数字を“盛る”動きも見られ、リアルな人材価値が届きにくくなります。
評価の不公平感を放置する具体的なリスク
1. 現場のモチベーション低下・生産性の長期ダウン
「どうせ頑張っても評価されないのでは」という認知が広まれば、人件費上昇コスト以上に現場力の低下という深刻なリスクへ直結します。
日本型ものづくりの現場力は、正社員・パート・契約といった雇用形態を問わず、現場ひとり一人の「職人意識」「気づき」「使命感」に支えられてきた経緯があります。
このエネルギーの源泉が失われると、いくらデジタル機器や新技術を投入しても真の競争力は生まれません。
2. タレント流出・新卒採用力の低下
評価に納得がいかず、「自分のキャリアアップは他社のほうが実現できる」と判断した人材が流出するケースも頻発しています。
特に若手や中堅層は市場価値をシビアに見極め、企業風土や評価制度も転職先選定の大きな材料にしています。
結果として、採用競争力・定着力の低下がじわじわと進行します。
デジタルとアナログ、両者の価値を混ぜ合わせる新しい評価軸
1. データで見える化しきれない部分の尊重
例えば現場オペレーターの「異常の早期発見」や「ヒヤリ・ハットを未然に防ぐ行動」は既存のKPIに落とし込みにくい価値です。
この領域はベテラン職人の知見や場の雰囲気作りなど、「昭和型の現場力」が色濃く残っています。
今後は、こうしたアナログ的・情緒的印象値を無視するのではなく、360度評価や現場リーダーによる定性フィードバックとして正式な評価指標に織り込むことが不可欠となります。
2. 目の前の結果だけでなく、学びや改善行動も評価
プロジェクト型人材だけではなく、現場のメンバー一人ひとりが日々どのように環境改善や学び、後進育成、チームワークに取り組んだのか、という“成長プロセス”にも目を向ける必要があります。
エラー撲滅提案数などのイベント参加型指標や、社内報告活動、品質改善サークルへの参画も評価対象にすることで、多様な働き方を認め合う器づくりができます。
3. バイヤー・サプライヤー間での評価のすり合わせ
バイヤーとしては、「人的投資」をどのように捉えているか、サプライヤーとしては「自社の現場流でいかに人を活かすか」をすり合わせ続ける地道な対話の時間が大切です。
過度なスキル試験や資格取得“だけ”を推奨すると、現場の実力主義や長年の知見が埋もれる副作用も起こります。
自社の評価制度が親会社や得意先の求める「人的資本経営」とどう補完関係を持てるか、現場同士の相互理解が根幹になりつつあります。
おわりに:公平な評価とは何か、現場目線で再考しよう
人的資本経営は本来、働く人が「成長できる」「認められる」「自分のやりがいを実感できる」企業づくりのためのキーワードです。
しかし実際の現場では、過去の慣習や業務プロセスの見える化難易度、評価軸設定の未成熟さから、不公平感や閉塞感が高まる場面も少なくありません。
公平な評価制度とは、単に“平等”に扱うことではなく、それぞれの成果・貢献・成長プロセスの多様さをバランス良く拾い上げ続けることです。
データやITスキルだけを重視するのではなく、その人らしい価値を見つけ、育てる制度づくりがこれからの人的資本経営の最大の使命と言えるでしょう。
複雑でアナログな現場があってこそものづくり大国・日本の土台が生きてきました。
今こそ、現場偏重でもデジタル偏重でもない、真の“フェアネス”を現場目線で再構築していく時代です。
一人ひとりが評価に納得できる環境づくりのため、今いる現場から小さな改革を始めてみませんか。