投稿日:2025年12月18日

売上があるほど不安が増える逆説

はじめに:売上増加がもたらす意外な不安

製造業に従事する多くの皆さんが、日々目指しているのは「売上の拡大」ではないでしょうか。

会社や現場のKPI、経営層のプレッシャー、そして社内での評価に至るまで、売上という数字が最も分かりやすいバロメーターとして根強く存在しています。

しかし長年、現場目線で調達・購買、生産管理、品質管理などを経験していると、「売上が増えれば増えるほど、不安も増える」という逆説的な現象に頻繁に直面します。

この記事では、売上増がなぜ不安要因になりうるのか、現場やバイヤー・サプライヤーの立場から掘り下げ、昭和から続くアナログ構造を脱却するヒントまでを、ラテラルシンキングで紐解きます。

売上増=成功とは限らない現実

数字の裏に潜む現場のプレッシャー

売上高が増えると、短期的には「事業が拡大している」「成果が出ている」という評価が先行します。

しかし現場の担当者や管理職にとっては、受注量の増加がそのまま仕事量やリスクの増加に直結します。

たとえば、年間売上が1億円増えたとしましょう。

この裏側で発生する部品や材料の調達量、生産工程の負荷、品質不良時のリカバリーコスト、納期トラブル時の対応など、「見えないコスト」が同時に膨らみます。

売上に伴うコスト増や残業の増加、現場メンバーの疲弊、ムリ・ムダ・ムラの発生、リソースのひっ迫など、むしろリスク管理に気をつけなければならなくなります。

アナログな工程と急成長のひずみ

日本の製造現場の多くはいまだに「昭和的な現場力」や「アナログな職人技」に支えられている部分が大きいのが現実です。

そこに急激な売上拡大や大型案件の受注が重なると、標準化されていない作業で現場がパンクすることも少なくありません。

現場日報がまだ紙で回っている製造業では、業務量の増加が、データ反映や集計作業量の増加=管理精度低下となりがちです。

こうしたアナログ的作業の増加は、やがて情報共有の遅延やミス、判断ミス、事故のリスクも倍増させます。

バイヤー・調達側の不安も増大

サプライヤーとの関係性が複雑化する

大量の発注や急な注文増は、サプライヤーをはじめとする取引先にも新たなプレッシャーを生みます。

これまで信頼関係でスムーズに調達できていたものが、生産能力の限界や納期不履行のリスクと直面しやすくなります。

原材料の不足や価格変動、市場全体の素材争奪戦といった外部環境の変化も、売上増加=調達量増と直接リンクします。

結果として、バイヤーの調達担当者には「自社の利益」と「サプライヤーの持続的供給」のバランスを取るためのストレスが大きくのしかかってきます。

品質と納期、どちらを優先するかの葛藤

売上増=納期タイト化や急ぎの生産に直結する場面が少なくありません。

納期遵守を優先すれば品質リスクが増し、品質優先を徹底すれば納期遅延や外部クレームのリスクが増えます。

バイヤーや現場管理者は、売上に喜ぶ裏で、こういった「ジレンマ」と常に向き合い続けなければなりません。

売上増による“不安”の具体例

現場で頻発する問題

数値としての受注は伸びているのに、こんな声をたくさん耳にします。

– 「現場の人手が全然足りない。新しい人を入れても教育の時間もなく、ヒヤリハットや事故が増えてきた」
– 「調達した部品の検品サイクルが回らず、不良品の混入リスクが高まった」
– 「生産ラインがぎりぎりで回っている。ちょっとしたトラブルで即ライン停止、納期遅延…」

これらは、多くの日本の製造現場で“日常茶飯事”のように発生しているリアルな現象です。

売上が伸びているから大丈夫、ではなく、売上が伸びているときこそ、内部現場の悲鳴やリスクを「無かったことにしない」マネジメントが必要です。

「作っているつもり」が落とし穴になることも

一時的な売上増に現場が振り回され、管理仕切れない在庫や過剰発注、流動的な工程、投げ込み的な対応が増えると「売上の積み上げ」と同時に「不良や隠れ赤字」も増幅します。

気がつけば“数字上の売上”は増えているのに、実際のキャッシュフローや利益、現場の余力は毎年目減りしているという矛盾にも直面します。

昭和型アナログ業界で強く根付く現象

「売上増は美徳」という業界文化

多くの製造業が長く「とにかく売上を伸ばせ」「大型受注を取れ」といった号令のもと、昭和期から組織文化を築いてきました。

ときには採算度外視のバーターや、無理な納期の受注、各現場の「根性頼み」でやりきるケースも少なくありません。

その「何とかする」という現場力が、裏を返せば“数字のためなら現場のリスクやマイナスを隠してしまう”風土をも温存してしまっています。

紙ベース・個人技能依存の限界

工場の現場では今も、紙の指示書、個人のノウハウ、アナログな管理手法が強く根付いています。

売上増加や急な業務量の変動時、こうした「昭和型のやり方」では限界が来やすく、属人化された技能・情報がボトルネックやトラブルの温床になりがちです。

その結果として、慢性的な人材不足、後継者難、事故や不正の隠蔽など、売上増=“ヒューマンリスク”増加という側面を抱えやすくなります。

ラテラルシンキング:新たな地平線を開く発想

「売上メイン指標」から「価値提供指標」へ

逆説的ですが、これからの日本の製造業が本質的に未来へ進化するためには、単なる売上至上主義から脱却し、「顧客価値」や「組織の健全性」「現場と取引先の共創」といった新たな指標に主眼を置くことが不可欠です。

たとえば、単純な売上ではなく
・取引先やサプライヤーとの共創度(相互発展力)
・現場の働きやすさや安全性(サステイナビリティ)
・技術伝承や人材育成の達成度
といった定性的なKPIを評価軸に据えることで、「不安を隠して踏みつける」マネジメントから、「リスクをオープンにし改善できる組織」へと進化させる土壌が築けます。

デジタル変革と小さな現場改善の両立

急激な生産量増や業務量の変化には、部分的なデジタル化や自動化、小さな業務改善サイクルが効果的です。

現場の高度な技能や“昭和型の現場力”をリスペクトしつつも、紙・電話・Excelから脱却したデータ連携、見える化、業務標準化などの施策と組み合わせることが、現場の「不安解消」にも直結します。

サプライヤーとのコミュニケーションも、単なる調達発注から「需要予測」「共同改善プロジェクト」などに広げていくと、お互いの不安やリスクも共有しやすい関係が生まれます。

売上増大に振り回されない、強い組織へ

現場とバイヤーの意識改革

現場担当、調達バイヤー、工場長など全ての人が、売上数値だけでなく「会社全体・取引先全体の最適」の視点を持つことが重要です。

「売上が増えれば未来が安泰」という幻想から、「売上が増えるときこそ、足元やリスクも冷静に見直す」組織的風土への転換が求められます。

不安を成長のエネルギーへ

売上増加にともなう不安やリスクから目をそらさず、現場の声や取引先の声と向き合うことで、真の成長サイクルが生まれます。

不満や隠れたリスクは現場改善のネタであり、その一つひとつを拾い上げて共有・分析・仕組み化できれば、単なる“売上至上主義”に終わらない、強い現場文化を築く土壌となります。

まとめ:逆説と向き合い、進化する製造業へ

「売上があるほど不安が増える」という逆説は、現代の製造業が抱える本質的な課題です。

売上=善という単純な方程式から脱皮し、現場や取引先とリスクや課題をオープンに語り合える「共創・改善」をキーワードに組織進化を目指すことこそ、これからの強い製造業への道となります。

バイヤー志望の方やサプライヤーにとっても、売上拡大の見栄えだけに踊らされず、そこにあるリスク・不安と徹底的に向き合う力がこれからの競争力となります。

ぜひ、「売上だけじゃない、本質的なものづくり経営」の視点を、現場から発信していきましょう。

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