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仕事量が多いほど経営が不安定になる逆説

目次
はじめに:仕事量と経営の関係を見直す時代
昭和から続く製造業の現場では、「仕事量=安定=成長」という単純な公式が根強く信じられてきました。仕事が増えるたび、工場は活気を増し、人手が足りなくなれば急いで応援を呼んだり外注に出したり、ひたすら対応に追われてきました。
しかし時代は変わり、令和の今、仕事量が増えるほど経営が不安定化するという一見逆説的な現象が多く見られるようになっています。この記事では、なぜこのような事態が起こるのか。現場目線から考察しつつ、調達・購買や生産管理、品質管理、工場の自動化など各領域の知見も取り入れ、製造業の新たな地平線を切り拓くヒントを提案します。
受注増=安心の幻想がもたらす罠
設備・人員のひっ迫から始まる品質・納期リスク
「仕事がたくさんあるのは良いことだ」と表面上は喜ばしく聞こえます。しかし、製造現場で本当に大切なのは“受注が増えても高品質で安定した生産体制を維持できるか”に他なりません。
急激に受注量が増えると、現場リーダーや作業員は連日の残業、機械はオーバーワーク、場合によっては慣れていない応援要員による作業が増えます。その結果、作業ミスや不良品の発生、納期遅延といったリスクが高まります。
また、定常業務に追われるあまり、段取り改善や設備保全、教育訓練など成長のための時間が削られてしまい、現場全体が疲弊していくのです。
増えすぎた外注先、管理コストの急増
キャパシティオーバーを補うため、やむなく外注比率が上がります。経験上、設備・工程・材料・品質基準が異なる外注先が増えると、工程のコントロールや情報伝達、問題発生時の対応コストは想像以上に膨らみます。
個々の注文単価が下がる一方で、管理・調整の間接コストが跳ね上がり、結果として利益率が悪化。帳簿上は売上が上がっても、実質的な利益改善に結びつかない要因となります。
調達購買目線:仕事量増大が生むサプライチェーンの歪み
部品・材料調達の綱渡り状態
受注が急増すると、必要な材料や部品の発注量も急に増加します。サプライヤーとのコミュニケーションロスや、納期の混乱、原材料価格の高騰リスクも加速します。
本来、調達購買は余裕を持った発注スケジューリングやリスク分散、サプライヤーとの信頼構築が重要です。しかし、目先の仕事に追われすぎると、急な手配や短納期要請が常態化し、調達先からの信頼低下や品質トラブル、下請法違反リスクにつながりやすくなります。
サプライヤーとのパートナーシップの崩壊
購買担当を長年やって痛感したのは、「急激な波動をサプライヤーに押し付けると必ずしっぺ返しが来る」という現実です。忙しいときだけ大量注文、暇な時は発注ゼロ。この繰り返しはサプライヤーの経営リスクとなり、長期的な良好関係を築く上で大きな障害となります。
逆に、ある程度仕事量の安定化と予見可能性をサプライヤーに与えることで、値決め交渉や品質改善活動などで好循環を生み出すことができるのです。
生産管理・品質管理目線:コントロール不能になる“仕事量”
生産計画の乱れと改善・標準化活動の停滞
現場では「手が空いたときに改善する」という言い訳がまことしやかに語られています。
業務が繁忙になると、とたんに計画的な改善活動や標準化、5S活動などが後回しになり、“火消し”が常態化。目の前のトラブルに終始追われるあまり、日常業務の中に慢性的なムダやロスが蓄積され、将来の品質不良やコスト増大の火種を抱え込むことになります。
品質トラブルは、忙しい現場にこそ潜む
実際、多くの現場でトラブルが発生するのは「日常的に忙しいとき」に集中します。新規ラインの立ち上げ、工程の増設、設備トラブル対応――これらが重なることで、手順書に記載されたはずの工程を“すっ飛ばしてしまう”、未記入・未検査が発生する、など見えない異常が積み重なるのです。
本来であれば現場パトロールやなぜなぜ分析などやるべき活動に人手が回らず、「いつのまにか大きな問題になっていた」というパターンを幾度となく目にしてきました。
経営安定の本質:量よりも質のコントロール
安定的な生産体制の確立が利益の基盤
企業経営の安定化とは、“単純な仕事量の追求”ではなく、“誰がやっても高い品質で、同じリードタイムで、安定的に利益が出る生産フロー”の構築に尽きます。
例えば、自社工場の生産キャパシティに合わせて、一度に受注する数や受け入れる仕事の順番を戦略的にコントロールすること。たとえ短期的な売上拡大が見込めても、無理な受注や過剰なライン稼働を避け、現場リソースを守る判断こそが長期的な企業価値向上に繋がります。
顧客選別と取引先ポートフォリオの最適化
もう一つ重要なのは“すべての仕事を受ける必要はない”という意識改革です。無理な値引き要求、厳しい納期設定、クレーム対応の多い顧客との付き合いは、現場にとって負担でしかありません。
現場の安定稼働を優先し、戦略的に顧客や取り扱う案件を選別すること。リソースが限定されるなか、付加価値の高い案件や自社の強みが最大限生きるフィールドで勝負する方針転換が、最終的には高利益・高成長を実現しやすいのです。
自動化・デジタル化で開ける新たな活路
アナログな現場からの脱却が新経営モデルの鍵
今なお多くの製造業では、紙ベースや勘と経験で進めるアナログな現場運営が続いています。タクトタイム、在庫数、進捗の把握、歩留まり…情報が分断されており、全社的な意思決定のスピードが遅れがちです。
業務量が増えても現場力で乗り切ろうとする昭和的マネジメントから卒業し、IoTや自動化技術、MES(製造実行システム)、デジタルダッシュボードなどによる生産性・可視化の向上を図ることが、有効な打開策となるでしょう。
柔軟な働き方と“ゆとり”のある生産体制
最も大きな変化は、「現場にゆとりを持たせることで逆に強くなる」というパラダイムシフトです。残業前提の働き方、根性論で突き進むのではなく、誰もが標準作業で十分なクオリティを出せる現場を目指すべきです。
業務の波を自動化・デジタル化で平準化し、危機時にも最大限パフォーマンスを発揮できるレジリエンス(復元力)を備える。定常状態の“ちょっとした余裕”こそ、設備トラブルや突発不良への対応力、改善や教育への投資、そして長期的な人材定着や現場活力を生む土壌となるのです。
まとめ:真の経営安定を生む“質的成長”へ
「仕事量が多いほど経営が不安定になる」――この逆説的な現象は、昭和からの“成長=大量生産”神話からの脱却を私たちに迫っています。
量を冷静にコントロールし、納期・コスト・品質を同時に叶えるための現場力。サプライヤーや顧客との健全なパートナーシップ構築。自動化やデジタル技術の活用による平準化と効率化。これら質的成長こそが、これからの製造業に求められる「競争力の源泉」であり、真に安定した経営の土台です。
調達・生産・品質・現場マネジメントそれぞれの立場から見直し、旧来の発想に縛られない柔軟なあり方を模索していきましょう。
安定こそ真の成長――この新常識を、日本の現場から世界へ発信していけるよう、皆さまの挑戦を心から応援します。
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